第31話 無自覚を自覚しろ
シェルターでは季節ごとの行事があった。桜は管理が大変だから植えられてはいないけれど、緑は多く、花壇は専門の業者が入って季節の彩りを添えている。季節ごとの行事は、シェルターから外出がままならないオメガのために行われる。許可のおりたアルファとの出会いの場でもあった。
だから、大人たちは着飾るし、職員たちは参加者の人選に神経を使う。どうしたってシェルターのオメガの数の方が少ないわけで、アルファの方が多くなる。未成年のオメガには手を出される訳にはいかないから、当日職員は全員参加だ。
「いーかい、高校生は間違ってもお酒を飲んだらいけません。飲み物はペットボトルだけだからね。わかった」
「「「はーい」」」
返事だけはみんなちゃんとして、それぞれ好き勝手に動いていく。高校生でも恋人がいれば今日の行事に参加できるように申請を上げている者もいる。本来はコテージの使用許可を得ているアルファしか参加が出来ないのだけれど、未成年でも安全に過ごせるからシェルターのオメガからの申請があれば特別に参加が許される。
「まぁ、高三にもなれば恋人ぐらいつくるよねぇ」
光汰が端の方で仲良くBBQを楽しむカップルを見て呟いた。大人たちは抑制剤を飲んでいるにも関わらず昼間からビールやワインをあけていた。
「光汰はいないの?」
香ばしい匂いのするトウモロコシをかじっている光汰に蒼也は聞く。色気より食い気なのか、光汰は椅子に座って本格的に食べていた。
「何が?」
「だから、ここに呼びたいアルファ」
「いないよぉ、この間話した宮城は同級生ってだけ、名家のとなんの繋がりもないアルファなんてそうそう居ないからね」
「 何の話?」
光汰との会話がなんだかおかしくて、蒼也は首を傾げる。
「 あ、もしかして、蒼也ってばそれも知らないわけ?」
「それ?」
「それ、 知らないんだ」
光汰は持っていたトウモロコシをさらに置いて、手を拭いた。そうして蒼也に顔を近づけて声を潜めて話し出した。
「名家って、財閥の流れを組んでるのは知ってるよね?」
「うん、社会科で習うし」
「そうだね。でね、その影って言うか、裏って言えばいいのかな?裏社会?みたいな」
「う、ん」
何となく、光汰の言いたいことが分かりかけて蒼也は頷いた。
「まぁ、ずい分と取り締まりとか厳しくなって解体されたりしてるんだけど、いるんだよね、そういう仕事をする人たちが」
「うん、何となく分かる」
「そう、昔から名家に楯突いたり睨まれたらおしまい、みたいなこと言われてるじゃない?だけどそれって直接名家が手を上げるわけじゃないことぐらい分かるよね?」
「分かる」
蒼也は頷いた。
「そう言う処理を昔は暴力団なんて呼ばれていた人たちがしていたらしいんだけど、最近は大っぴらに看板なんか出せないから、表向きは違う職業なわけ」
「例えば?」
「 弁護士」
光汰は無言で顎で示す。そこには軍手をして肉を焼く城崎の姿があった。隣の台では幸城が似たような格好でやきそばを作っていた。二人とも炭火が熱いのか額に汗が吹き出していて、それを缶ビール片手に大人のオメガがタオルで拭いていた。
「 は?」
思わす蒼也の口から低い声が出た。
「二人とも『城』がつく苗字してるだろ?シェルター専属の弁護士はだいたいそんな苗字のアルファだよ」
光汰が解説をするけれど、そんな言葉は蒼也の耳には届かない。初夏の日差しを直に頭に受けたからなのか、頭の中が熱くなる。
「ねぇ、蒼也」
一点を凝視してしまった蒼也の袖を光汰が引っ張る。
「行けばいいじゃない」
「 え?なに? 」
蒼也が慌てて光汰を見た。
「だからぁ、気になるなら行けばいいじゃん」
光汰はそう言ってトウモロコシでそちらを示した。
「僕そろそろお肉食べたいから、貰ってきてよ」
「あ、あぁ、うん」
光汰に言われて蒼也は歩き出した。初夏の日差しが眩しくて、サングラスをしている人もいる。けれど蒼也は襟のついた長袖シャツを着て下はジーンズを履いている。日焼け防止の服装で、別に暑いなんて思ってはいない。肉の焼ける匂いや焼きそばのソースが焦げる匂い、大人たちが飲むビールやワインの匂いが入り交じる中、ひとつの臭いが蒼也には感じられた。
その匂いにつられた訳では無いけれど、蒼也はその匂いの元へと真っ直ぐに進む。
「なに、してんの?」
たどり着いて口から出たのはそんな言葉だった。城崎の汗を拭いていた大人のオメガを一瞥する。
「蒼也くんも、肉食べる?」
城崎が塩をかけたばかりの串をひとつ蒼也の前に出してきた。
「光汰の分も」
「ああ、分かったよ」
差し出されたもう一本を手にすると、蒼也は城崎に背を向けて光汰の方へと歩き出した。
「びっくりぃ、私オメガから威嚇されたの初めてよ」
そう言って缶ビールを一口煽る。目線はおどけたように城崎に、むけて。
「きれーな子よねぇ ダメよォ先生、未成年に手なんかだしちゃあ」
そう言って笑いながら焼きたての串を一本持って去って行った。城崎は残りの焼けた肉を皿に乗せてテーブルへと運ぶ。そこには二階堂がいてアルコールのせいなのか日差しのせいなのか、頬が赤かった。
「変わりましょうか?」
「いや、大丈夫」
「ですよねぇ、オメガちゃん怒ってましたよねぇ」
二階堂が笑ってそう言うから、城崎も笑うしかない。
「城崎さん大変だぁ、後でご機嫌取らないと」
笑う二階堂に背を向けて、城崎は再び肉を焼く。まだ辺りには先程の匂いが漂っていた。
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