第28話 ひと昔とは言うものの
「光汰にお土産買わなくちゃ」
しばらく砂浜を城崎と歩いてから、不意に蒼也が口にした。この状態から逃げ出すための口実のように思えるけれど、実際、蒼也は何となくこの場から離れたかった。波打ち際を手を繋いで歩いているのが何となく嫌だった。別に城崎が嫌いだとか気持ち悪いとかそんなんじゃなく、ただ何となく嫌だったのだ。
「じゃあ、参道に行ってみようか?観光地だからお土産物屋が結構あるよ」
そう答えた城崎は、当たり前のように手は繋いだまま蒼也をエスコートする。一旦ホテルの中に戻り、それから正面出口へと向かう。さすがに昼時だからレストランには人が大勢入っていて、順番待ちも出ていた。蒼也と城崎が手を繋いで歩いているのに、誰も気にもとめない。
「すげー渋滞」
ホテルを出て道路に出ると、道には車が沢山止まっていた。観光客だからなのか、ナンバーの示す地域はバラバラで、蒼也の知らない地名もチラホラ目に入る。
「駐車場が限られているからね。この橋を渡った先に市営の駐車場があるんだけど、昼前には満車になるんだ」
信号待ちの時に城崎が説明してくれた。確かに、橋の向こうに車が沢山停まっている場所が見える。フロントガラスやドアミラーが太陽の光を反射してキラキラとしていて眩しく感じる。陽の光は暖かいのに、海風だからかなんだか肌寒くて、何となく蒼也はファスナーを少しあげた。
「ちょうどいい感じだね」
蒼也の上着のフードの辺りを触って城崎が言う。ほんの少しフードを動かしたのは、おそらくネックガードを隠したのだろう。大きいフードだから、後ろからの目線を遮るには確かにちょうど良かった。
「橋、渡ると風強い?」
海は海水浴でしか来たことがないから、こうして観光として街を歩いたことなんてない。まして、海に突き出す形の観光地なんて初めて見た。何となく歴史の教科書で見た出島に似ている気もする。
「そうだねぇ、建物もあるし人も多いからそんなに風は受けないんじゃないかな?」
城崎は蒼也の手を引いて横断歩道を渡り、橋の歩道をゆっくりと歩く。さりげなく蒼也のことを内側にしてくれるから、蒼也は橋の下の砂浜とかキラキラとした海を眺めながら歩いた。橋を渡っている間は風をまともに受けたけれど、渡りきってしまえば確かに風はほとんど感じなかった。
参道と呼ばれる道沿いには土産物屋や食堂が立ち並び、それに合わせて観光客も大勢いた。駐車場に入る車が列を作っていて、その間をすり抜けるように道を進むと、参道はちょっとした毎員電車並に人がひしめき合っていた。
「離れないでね」
城崎が蒼也の耳元でそう言って、繋いでいた手を強く握ってきた。体が自然とくっついて、蒼也は城崎の胸の辺りに顔がくっついた。これでは離れないのではなく、離してくれないの間違いだろう。文句を言ってやりたかったが、どうにも人が多すぎてこうしていないと安全に歩くことが出来なかった。
城崎はゆっくりと参道を歩くけれど、さすがはアルファ様だからなのか、大抵の女性たちは城崎の姿を見て何となく道を譲ってくれる。そうして隣を歩く蒼也のことを見て顔を逸らすのだ。
「神社までの階段が長いんだけど、大丈夫かな?」
「俺まだ十五ね」
何を心配されているのかは分からないけれど、まだ現役の高校生である蒼也に何を言っているのだろうか。中学は自転車通学をしていたのだから、脚力と持久力にはまだ自信がある。
「そうかぁ、十以上違うんだよなぁ。十年前なら俺もまだ高校生だったけど」
「十年前に高校生?うわっ、まじでおじさんじゃん」
蒼也が容赦なくそんなことを口にしたから、回りの目線がやってきた。どう見てもアルファにしか見えない城崎に向かって「おじさん」発言をする蒼也を驚きの目で見ているのだ。
「しかし、おじさんは酷いなぁ、まぁ、十年ひと昔って言うからなぁ」
「えぇ、十年ひと昔って、俺十年前五歳だよ?幼稚園の頃なんて覚えてないよ。せいぜい五年っしょ」
とどめを刺すような蒼也の言葉に城崎が軽く驚いたような顔をした。さすがに眉間に皺を寄せたりあからさまな態度は見せてこないが、十年前の年齢差には驚いたらしい。
「それを言われるとキツイなぁ」
そんなことを言いつつも、城崎の手は蒼也を離さなくて、それどころか蒼也から視線を外そうとはしなかった。怒るかと思ったのに、まるで意に介さない城崎の態度に蒼也は拍子抜けしてしまった。
なるほど確かに神社までの階段は長い上に急だった。海に突き出すような地形の上にちょっとした山みたいになっていて、手すりを掴んでいないとうっかり転げ落ちそうだった。
「こんなの御年寄には無理ゲーじゃん」
「そうだね」
まったく息が上がっていない城崎が、上から余裕の顔で蒼也を見ている。さすがに蒼也はムッとして階段を黙って登った。登りきってから振り返れば、なんとも急な階段で、テレビで見た事があるような気がしてきた。
「ここって、プロ野球の……」
「そう、国内合宿の時に使ってる階段だよ」
全くもって余裕の顔で城崎が答えるから、蒼也は思わず顔を逸らした。城崎をおじさん呼ばわりした手前、息が上がっているなんて見られたくは無い。
「なんでこんな高いところに 」
蒼也がそう呟くように口にすると、城崎が当たり前のように答えた。
「それは、海を守るためだよ。今で言う灯台の役目を果たしていたんだ」
城崎が指さす方に大きな石灯籠があり、それは海の方へと向いていた。
「へぇ、それじゃあここな神様って海の神様?」
「どちらかと言うと、交通安全とか、そっちの神様かな?」
「へぇ」
蒼也は思わず城崎の手からするりと抜け出した。神社の境内は参道とは違い人気がまばらで、割と自由に歩き回れる。砂利を踏みしめながら歩いて、社務所に向かい並んだお守りを眺めた。そんな蒼也を城崎は少し離れて見守っている。
「ねぇ、 おみくじ引いてみない?」
少し離れたところにいる城崎を蒼也は手招きした。一瞬おじさんと呼びそうになったけど、名前を呼ぶのも今更恥ずかしかった。
「いいね」
城崎がすかさず財布を出したが、蒼也も財布からすぐに小銭を出した。
「おみくじだからね。自分で払わなくちゃ」
古めかしい箱を振ると出てきた棒には数字と記号が書かれていて、棚からその箇所を探し出す。
「あった」
そこから一枚おみくじを取り出す。
「末吉 あ、でもいいこと書いてある」
蒼也はおみくじの内容を読むと、それを財布の中にしまいこんだ。
「結ばないの?」
「え?結ばないよ。だっていいこと書いてある。時々読み返さなくちゃ」
蒼也がそういうので、城崎も引いたおみくじを財布にしまった。引こうと言いながら、お互いの結果を気にしない蒼也の行動が不思議で、城崎は黙って微笑んだ。
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