第25話 事前準備は万端に


 あの時小林が、肯定とも否定とも取れないようなことを口にしたから、蒼也は明日の日曜日に城崎とお詫びと称したデートをすることになってしまった。


「ごめん、蒼也くん。所詮は公務員、上からの命令には逆らえないんだ」


 なんて小林が頭を下げてきた。曰くシェルター専属の弁護士様の機嫌を損ねるべからず。と言うことらしい。確かに、今回の事件はベータの亜希子が、引き起こしたことだけれども、そもそも亜希子は城崎の弁護士事務所のアシスタントだった。だからシェルターに入って来て蒼也と出会った。浅はかな亜希子は、シェルターのオメガに意地悪をされた。と演出したかったらしいが、シェルターのオメガの幸せを願っている城崎からすれば、亜希子がオメガを転ばせた。としか見えなかったわけで(実際そうだし)、当然差し出す手はオメガである蒼也にだった。それが気に入らないどころか、他のオメガ(光汰)に怒鳴られて、挙句仕事の邪魔だから帰れと言われ謹慎までさせられた。

 亜希子からすれば、親から捨てられたシェルター暮しのオメガのくせに図々しい。なぜ私の計画通りに動かないどころか、引き立て役も出来ないんだ。と言う身勝手な行動だったわけなのだが、亜希子の実家はソコソコ名の知れた会社を経営していて、蒼也のいるシェルターに少なからず出資をしていたのだ。だから素早く対応され、表立った騒ぎも起こらなかったという訳だ。つまり国の上層部からすれば例え少額であっても出資をしている企業の身内を犯罪者として訴えるのは避けたいから現場で穏便に処理するよう小林たちに通達が来ていたという訳だ。

 で、つまるところ穏便に処理することとなれば、アルファ様のご機嫌を取らなくてはならないというわけで、気の済むように対応をすることとなったわけだ。


「俺、何も悪くなくない?」

「うん。心配しないで、蒼也くん宛にお見舞金が振り込まれてるから」

「そうじゃなくね?」


 小林に言われたのでスマホで通帳アプリを開いてみれば、そこにはちょっとびっくりする額が振り込まれていた。


「     ぃっう」


 高校生の蒼也にしてみればとんでもない額だった。だが、あちらからすれば大した額ではないのだろう。


「もし、城崎さんがジャケット買い直す。とか言い出したらそのお金を使うんだよ。蒼也くん」

「う、うん。わかった」


 道理でカウンセリング室に引っ張りこまれたはずだ。着金は蒼也が発情期の間だった。と言うか事件の二日後には振り込まれていた。金で解決できることは金の力なんだろう。実際怪我もしていない蒼也からすれば、小一時間の拉致監禁で随分な金額が貰えたわけで、逆に怖いというものだ。


「言いたくは無いけど、よくあることだから」

「よくあるの?」


 そんな物騒なことをサラリと言うこの顔を蒼也は凝視した。


「シェルターの中は安全だよ。でもね、外に出たら誰も守ってくれないんだよ。大学とかは割と誰でも出入りできるし、会社とかだと年齢層も幅広いだろ?そうなってくるとさ、何処から誰が何してくるか分からないわけ。まぁ、一般家庭のベータが相手の場合は公に対処するんだけど、ねぇ」


 つまり、それなりの家柄が相手の場合は波風立てず穏便に処理されるということだ。それを声を大にして言えないのは、やはり出資されている側の弱いところなのだろう。


「ま、今回は蒼也くんに実害がなかったから穏便に済ましてくれたんだよね、城崎さんが」

「城崎さんが?」


 そんな権限があるとは驚きだ。


「シェルター専属の弁護士ってつまりそう言う事なんだよ。シェルターの絶対的な出資は五代名家からだからね。シェルターのオメガに何が被害があった場合はもれなく報告するんだよ。うちの場合は一之瀬家と二階堂家だね」


 突然知らされた事実に蒼也は目を瞬かせた。


「公にはしてないんだけど、各シェルター事に担当の名家がいるんだよ。隣接するショッピングモールの壁を見ると分かるんだけどね」

「壁?壁って外のお店の名前が書いてある?」

「そ、外壁がツートンカラーに塗られてるの覚えてる?」

「うん」

「五代名家って、すっごく古くからある家だから五行に習って家ごとに色が決まってるんだよ。で、その色で外壁を塗るの。シェルターの職員は覚えさせられるんだよ」

「うわ」

「高校で会ったでしょ?一之瀬家のご子息、それとコテージでは二階堂家の始さん」

「   うん」


 なるほどなるほど、つまりはエリアボスがいて、そちらの顔色を常に伺っているというわけだ。


「シェルターのオメガは国の管理下、なんて言ってるけどね。結局はアルファ様のお気に召すままってことなんだよ。ごめんね、蒼也くん。でもね、未成年には手は出せないから蒼也くんの貞操は守られるから安心して」


 いやいや、安心する要素は何処にある?いや、まぁ、逆に安心なのだろう。蒼也には城崎と言う名家と直結したアルファが着いたということになるのだから。


「うん。よくわかんないけど、分かった」


 明日城崎がちょっとはやく迎えに来ると言うから、上着を着た方がいい言うことになって、蒼也は光汰と一緒に服装を考えていた。


「どこに行くのか分からないから、なんとも言えないけど   城崎さんの車で移動だろうからね」

「え?車なの?」

「そりゃそうだよ。シェルターのオメガを公共の乗り物で連れ回すなんて、そんなことアルファ様がするわけないじゃん」

「そうなんだ」


 父親の運転する車にしか乗ったことがないから、なんだかドキドキしてしまう。


「当然助手席に座ることになるからね」

「えっ、助手席?」

「当たり前じゃん、お客様じゃないんだから、後ろに座ってどうするのさ」


 そう言いいながら光汰は明日の天気予報を確認している。


「やっぱり朝晩は冷え込むから上着があった方がいいかも」

「朝晩?朝だって九時だよ。夜だって  」

「夕飯までに帰ってくる?だとしても最大は八時までだよね?」

「八時……」

「夕飯の時間は八時までだよ。それまでに帰れなければ連絡するんだし、一応未成年の蒼也をそんな遅くまで連れ回すことはしないとは思うけどね」

「一応って、俺まだ十五歳だし」

「いかがわしいことはされないだろーけど」

「いっ、いかがわしいってっ!」


 光汰の言い方に蒼也は慌てた。いかがわしいとなんぞや。いかがわしいなんて、年頃の男子にはなかなかに刺激的だ。


「だってさ、城崎さん、蒼也のこと絶対気に入ってるよ。僕見ちゃったんだもん。蒼也がジャケットを洗濯したって言った時、残念そうな顔してた」

「見てたのかよ」


 確かに、城崎と面会室で会う時に、光汰が「僕が見守ってるからね」とは言っていたけれど、本当に見ていたとは恐れいる。


「だって、あの部屋ガラス張りじゃん。廊下の観葉植物の影に隠れて見てたんだぁ」

「観葉植物……」


 確かに廊下には観葉植物があったけれど、そう言う用途で置かれているわけではあるまい。


「そんなに残念な顔してたのか?」

「したよ。本当に一瞬だけど眉尻が下がってさ、ちょっと悲しそうな顔したもん」


 見ていたという光汰が、言うのならそうなのだろう。だが、蒼也からすれば洗濯しないまま返すなんてそんな選択肢はなかったのだ。


「僕は見てないけど、蒼也のことなかなか小林さんに渡してくれなかったって」


 そう言って光汰はニヤリと笑った。


「案外運命だったりして」


 蒼也の耳元でそう囁いた。


「ばっ、何言ってんだよ。そんなの都市伝説だろ」


 蒼也は慌てて否定する。運命の番なんて都市伝説だ。古くから語り継がれてきてはいるけれど、そんなドラマティックな出会いなんてあるわけが無い。ないからドラマや映画、小説や漫画等の題材になるのだろう。


「違うよ。あるんだよ。実際ねぇ、このシェルターの制度とかはね、一之瀬様ってアルファの人がね、後天性オメガだった運命の番のために作り出したんだから」

「マジかよ」

「本当だよ。なんならオメガ保護法の発案者って検索してみなよ。すっごいラブロマンスが語られてるんだから」


 言われて検索してみれば、確かに出てきた。映画のタイトルは見覚えがあった。何度もリメイクされている作品だった。


「ね?本当にあるんだよ。で、実際は出会った途端に発情するとかフェロモン止まらない。とかそんなのは無いわけ」


 光汰がバカにしたような言い方をするから、蒼也は検索した映画のあらすじを読んでみた。確かに運命の番と出会った時に衝撃的なことは起きなかったようだ。


「まぁ、二人だけが分かり合えるなにか特殊な匂いがあるんだと思うよ。僕は経験ないから知らないけど」

「俺だってないよ」



 蒼也はムスッとしてスマホの画面を閉じた。今はそんなことより明日のことだ。


「上着はこれでいいや」


 結局蒼也が選んだのフリース素材で少しモコモコしているちょっとデカ目の上着だった。ここ数年の流行りでダボダボ感がいいのだ。


「そうだね。今どきの高校生スタイルでいいと思う。で、カバンはそのボディバックなの?」

「だってこれしか持ってねぇもん。財布とスマホをポケットに入れては行けないだろ」

「まぁね。さすがに蒼也がトートバッグとか持ってたら似合わないもんなぁ」

「うるせぇ」


 ふざけながらも何とか明日の服が決まり、一安心だ。スニーカーも高校に入ってから父親にかってもらった。いわゆる入学祝いの品で気に入っている。


「明日頑張ってね、蒼也。あとさ、お土産忘れないでね」


 それだけ言うと、消灯時間だからと光汰は自室に帰って行った。未成年は原則夜九時過ぎには部屋から出てはいけないことになっている。だからといって本当に電気が消されるなんてことはないけれど。


「風呂入って寝よ」


 蒼也はスマホに充電ケーブルを挿して、風呂へと向かった。昨日まとめて洗濯したから今日は大した量がなかった。


「明日でいいや」


 蒼也はゆっくりと湯船につかり、髪もちゃんと乾かして明日のためにぐっすりと眠ったのだった。

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