第23話 対策を考えてみる


「思い切って捨てようか?」


 そう言い出したのは小林で、ふざけていっているのではなく、顔はものすごく真剣だ。


「さすがに捨てるのはヤバいよ」

「俺も、そう思う」


 どうしたらいいのか分からなかったから、とりあえずゴミ袋に入れてみた。半透明なゴミ袋の中身はもちろん、蒼也がぐちゃぐちゃにしてしまった高級ブランドのジャケットだ。

 蒼也の発情期が開けた後、シーツやらなんやら洗濯されたのだけれど、さすがに清掃係の人から蒼也に返却されたのだ。ゴミ袋に入れられて。袋にはマジックで書かれた【処理できません】との文言が貼られていた。

 それが自分の部屋に届けられていて、学校から帰ってきて蒼也は途方にくれたのだ。とりあえず光汰に相談したら、すぐに小林に話が飛んだ。そうして蒼也の部屋でこうして三人でない知恵を絞り出そうとしているわけだ。

 そもそも三人三様で、考えていることがまるで違うのが問題だった。小林は、心情的に蒼也を城崎に合わせたくないだけで、事実をそのまま伝えて燃やしてしまおうと考えている。そして、光汰はこんなになったジャケットを、城崎がどうするのか見てみたくて蒼也の事件の報告に来た時に渡してみればいいと言うのだ。蒼也からすれば、自分の恥ずかしいアレやらコレやらで、汚れたジャケットを返すのは嫌だし、こうなった経緯を話すのはもっと嫌だった。何より、まだ微かに匂う城崎のフェロモンが勿体ないと思っている。


「城崎弁護士は、明日来るんだよね」

「明日?」


 小林の口から出てきた言葉に蒼也は過剰に反応した。だって、まだ、心の準備が出来ていない。


「一応、蒼也くんは当事者だから、報告を聞く権利があるってことになってて、ね。   まぁ、その、発情期だったことは城崎弁護士には伝えてあるんだよ」

「えぇぇぇぇぇぇ」


 今度は盛大に声を出し、蒼也は頭を抱えた。小林から聞かされた話だと、蒼也が城崎のジャケットから手を離さなくて、奪われまいと駄々を捏ねていたらしい。記憶にないのが幸いではあるが、どうにも恥ずかしすぎる。


「と、とりあえず洗濯機で洗ってみる?」

「ダメだよ蒼也。コレ、ブランドものなんだろ?生地はきっとウールだよ。洗濯機では洗えないよ」

「あ、ほら、おしゃれ着洗い用の洗剤使ったら  」

「無理だよ。型崩れしちゃうよ」

「既に蒼也がぐちゃぐちゃにしてんじゃん」


 光汰にくらったダメ出しが地味にくる。そうだ、洗濯機で洗って型崩れの前に、蒼也がこの高級なジャケットをぐちゃぐちゃにしているのだ。


「もうぐちゃぐちゃになってんだから、洗濯機に入れてもいいんじゃないかな?」


 蒼也がそう提案してみると、以外にも小林が賛同してきた。


「そうだよ。どうせ弁償することになるんだから、こちらの誠意を見せるのもありだよ」

「えっ、弁償するの?」


 なんだかとんでもないことを小林に言われて、蒼也は顔が引きつった。いくらシェルター専属の弁護士とは言えど、アルファ様の着るスーツのジャケットは一体いかほどなのだろうか?蒼也でも知っていた高級ブランドだ。まだバイトはしていないけれど、一年間頑張っても足りない気がしてきた。


「あ、いや、それはシェルターの経費でするんだけど」

「経費なの?」


 シェルターの経費ということは、他のオメガに迷惑がかかる話だ。これはヤバイ。


「えー、とりあえずこのままで明日渡そうよ」


 本当に、ただ城崎の飯能が見てみたい光汰は正直だ。完全に顔が笑っているのだ。

 結局何も解決しないまま、小林は定時になったから帰ってしまい、光汰と蒼也は夕飯を食べるために食堂に行き、同じ学校のオメガ女子に相談をしてみた。こう言うことは女子の方が詳しそうだったから。


「えーっと」


 一応談話室で丸くなってはいるけれど、そこそこオープンスペースだから、シェルターに暮らす大人たちの姿も見える。それこそ大人たちは大人の話をしているわけで、週末だからコテージに行くとかそう言った話をしていた。

 まぁ一応、蒼也の話しもソコソコエグいわけだから、それなりに声を潜める。


「私だったら洗っちゃうけど」

「そーよねぇ、そのまま渡すのは   その、恥ずかしくない?」


 返ってきたのはやはり乙女の恥らいを含む内容で、そのままはやはり恥ずかしくて無理。と言う意見なのだ。


「ネットで調べればクリーニングに出すものでも手洗いできるとか、そんな動画があるんじゃないかな?」


 洗った方がいいというオメガ女子たちは、自分のスマホで検索した結果を蒼也に見せてきた。そこには【自宅でクリーニング】なんて、タイトルの動画が並んでいた。


「とりあえず、コレ見て試しに洗ってみたらいいんじゃないかな?   その、ほら、やっぱりぃ」

「汚れたままって、ほら、良くないと思うよ」

「だって恥ずかしいでしょ?蒼也くん」


 そんなふうに畳み掛けるように言われたら、これはもう洗うしかないわけで、おしゃれ着洗い用的なちょっとお高い洗剤をみんなで買いに行くことになった。食後とはいえ、それなりの普段着を着ていたから、みんな財布とスマホだけを持って職員さんに断りを入れてショッピングモールへと出かけた。

 やはり専用洗剤を探すのは光汰と蒼也二人だけでは難しかった。そもそも薬局なんて行ったことがなかったから、薬局に洗剤や化粧品がこんなに売られていること自体知らなかったのだ。


「これがいいんじゃないかなぁ」

「ちょっと高いけど、この匂い流行ってるんだよ」


 そう言って渡された洗剤を手にしても、蒼也は何が何だかよく分からない。


「もう、蒼也はオメガなのに匂いに鈍感」


 取り上げるように洗剤を手にした光汰が笑いながら言う。


「だって、どれもいい匂いだよ」


 フローラルとか、フローラルブーケなんて書かれてもどっちも花じゃん。と蒼也は思うのだ。


「もぉ、蒼也くんってば、あのジャケットについてたアルファの匂いは好きなんでしょ?」

「えっ、えぇ、えっ?」


 急にそんなことを言われてしまうと、蒼也の頬が思わず赤くなる。匂い、匂いなんて意識していなかったけれど、確かにあのジャケットから匂う香りを嗅ぐのは嫌ではなかった。いや、むしろ洗濯して無くしてしまうのが惜しいと思ってしまったのは事実だ。どうせ弁償するのなら、返さなくていいのなら、洗わなくてもいいのではないかと思った。


「蒼也くんってば無自覚ねぇ」


 呆れたように言われて、蒼也は思わずそっぽを向いてしまった。無自覚とか言われても、気になったのはあの匂いだけで、学校にいるアルファの生徒たちの匂いなんか興味もないのもまた事実だ。


「後は、百均でネット買おう」

「そーだねぇ、ネットは百均でいいと思う」

「ネット?」


 洗剤の会計を済ませると、今度は百均でネットだと言われて蒼也は首をかしげた。


「もう、洗剤のボトルに書いてあるでしょ?洗濯する時はネットに入れて。って」


 そう言われて蒼也は買ったばかりの洗剤のボトルを見る。裏面に書かれた洗濯の仕方には、確かにネットに入れて手洗いモードを使用とあった。


「手洗いモードっていうのがあるんだ」

「そうだよ。電源入れたらモード選択してね」

「分かった、やってみる」

「分からなかったらコンシェルジュさんに聞いてね」

「あ、うん」


 シェルターに入った時にサラッと説明されただけだってけれど、生活全般のちょっとしたことはコンシェルジュに聞くよう言われていたのだった。

 百均でネットを買い、フードコートでアイスを食べて、みんなでゆっくりシェルターに帰った。途中何回か声をかけられたけれど、全員がネックガードをしていたから、変に絡まれることも無く平穏無事だった。

 蒼也はコンシェルジュに聞いて、部屋の洗濯機で手洗いモードであのジャケットを洗ってみた。コンシェルジュも、困ったような顔をしていたけれど、それでも何とかなった。乾燥機を使わずに風呂場の乾燥機能で乾かすよう言われ、蒼也は初めて風呂場に洗濯物を干したのだった。

 そうしてあくる朝、吊るし干しをしたジャケットを蒼也は何とか頑張って畳んでみたのだった。

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