第19話 信じるか信じないかはあなた次第
「城崎弁護士事務所の幸城です」
緊急用の通用門の呼び鈴を鳴らし、声をかける。
『どうしましたか?』
中から返答があったので、幸城は一度車の中を見た。暗いからよくは見えないが、蒼也が起きた様子はない。
「こちらのシェルターの所属と思われるオメガの少年を保護しました」
『えっ す、すぐ行きます』
通話が切れないうちになにやら慌ただしい音が聞こえ、ブツリとした切断音が聞こえた。そうしているうちに塀の向こう側が明るくなって、電子キーが解除される音とともに扉が開いた。
「ど、どんな子ですか?」
慌てて出てきたのは小林だった。タブレット片手に息を切らしている様子から、相当な勢いで走ってきたのだろう。
「車の中で寝ています」
幸城はそう言って車の後部座席の扉を開けた。するとジャケットに包まれた蒼也を抱えて、城崎が出て行きたのだ。
ジャケットの隙間から、蒼也の染めた金髪が覗きみえた。小林は慌ててタブレットの画面を確認する。
「蒼也くん」
思わず口から名前がこぼれ落ちる。まだ預かって日の浅いオメガだから信頼関係とかそう言った面で不安があった。そもそも突発的にシェルターにやってきたから、また突発的にどこかに行こうとしたのではないかと危惧していたのだ。
「寝ているのでこのまま運んでも?」
城崎がそうたずねると、小林は一瞬チラと幸城の顔を伺ってから肯定した。
小林の案内でシェルター内の医務室に移動する。常勤の医師と看護師がいるから、万が一蒼也に何かあった場合は対処しやすいからだ。
小林が示したベッドに蒼也をゆっくりと下ろすと、抱え込んでいたカバンが取り出せた。だが、相変わらずジャケットは握りしめたままだ。
「追跡はしていたんです。 その、蒼也くん、ラブホテルにいましたよね?」
小林がハッキリと告げれば、幸城は肯定した。そうして、一枚の紙を小林に差し出した。
「ん? っ、差出人は え?」
文面を読み終わると小林は城崎の顔を見た。
「ええ、そうです。この間、この蒼也くんにぶつかったうちの事務所にいた佐々木亜希子ですよ」
城崎がそうハッキリと口にしたから、小林は怪訝な顔をした。
「シェルターから警告書をいただきましたからね、佐々木には自宅謹慎を命じたのですよ。ところが、佐々木は自分の非を認めないどころか蒼也くんに逆恨みをしてベータのチンピラを差し向けて襲わせたのです」
「どうしてわかったんですか?」
小林はすぐに聞き返す。
「個人情報の兼ね合いがありますからね、佐々木の自宅のパソコンにもこちらでセキュリティをつけておいたんですよ。そうしたら、こんな物騒なメールを送っていたものですからね、急いで対応したと言うわけですよ」
「それで、佐々木亜希子は?」
「自宅で謹慎していましたよ。でもね、パソコンを使ってネットから報酬を振り込んでいましたから、そこをお父上の協力のもと押さえ込みました」
「場所がわかったのは?」
「あのラブホテルは佐々木氏の所有する一つです。娘の亜希子が言えば部屋の一つぐらいすぐに用意できたんですよ」
「なるほど で?未遂なんですか?」
「ええ、逃げ遅れたチンピラを一人確保してあるんですがね、シェルターのネックガードを見て兄貴が逃げ出したから。と言っていましたよ」
「そぉなんですかぁ」
小林は顎のあたりを撫でながら城崎の様子を伺った。別段嘘をついているようにはみえないし、何より城崎はシェルター専属の弁護士だ。シェルターのオメガを守るために手段を選ばなかっただけだろう。
「今夜一晩ここで様子をみますよ。明日蒼也くんが起きたら話を聞きます。 それと、このジャケットですが……」
「ああ、私のものですが」
城崎がそう答えたから、小林は内心見ればわかる。と突っ込んでいたが、それでも笑顔を浮かべてこう言った。
「蒼也くんが離さないので、きちんとクリーニングに出してお返ししますね。シワだけじゃなくてヨダレも付いていそうですから」
「いえ、お気遣いなく。スーツは上下でクリーニングに出さないと仕上がりに差が出ますから」
そんなやりとりをしながら、城崎たちは帰っていった。雇われていたベータのチンピラはさっさと警察の事情聴取に応じているし、亜希子は自宅で証拠品を素直に提出しているという。亜希子の父親である佐々木氏が醜聞を恐れているからなのだろうが、あまりにも手際が良すぎて小林は少し懐疑的になっていた。
それでもまぁ、絶対に城崎のジャケットはクリーニングに出してやるのだと心に誓ったのだった。
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