第15話 塗りつぶされたのは


「まったく、余計なことをしてくれた」


 事務所に戻った時、ポストから覗く角2の封筒を見て城崎は直ぐにわかった。シェルターから警告が来たことを。

 一般的には知られてはいないシェルターからの郵便物は、クリーム色の封筒で届いてくる。

 そもそもシェルターに入る際、住人でなければ入口で届出をしなければならない。その際本人確認の身分証明書は必須で、保護を求めるオメガであれば免除されるが、そうでない場合審査が必須なのだ。それは例え専属の弁護士をしている城崎であってもだ。

 手続きをしている時、ふわりと香ってきたのは分かっていた。あの日嗅いだ匂いだ。吹き抜けの上階からでもハッキリとその姿を確認できた。それはアルファの視力が良いからではなく、間違いなくそこにいるそれが己のものだと認識できたのだ。相手が何も自覚などしていないことはその時から分かっていた。どうせシェルターにはいる際、アルファの自分は抑制剤を飲まなくてはいけない。受付で職員の目の前で飲むのだ。どんなに急ぎの案件であっても、そこだけは省略されないから、ベータの亜希子は見えないところで悪態をついていた。ただ、シェルターに見えないところはないから、送られてきた写真には顔を歪ませイラついている様子がハッキリと映し出されていたのだ。

 

 猫をかぶるのなら、最初から最後まできっちりと被り続けて貰わないとどうにも困る。この場合困ったのは城崎で、残された選択肢が非常に限られていた事だった。まぁもっとも「困りましたね」なんて口にしながらも、選択するのは一つだけだ。


「切ったんですか?」


 写真を眺めていたら、横から手が伸びてきた。


「そりゃあ、ね」


 城崎の答えは初めから決まっていて、シェルターから警告が来なくてもそのつもりはあった。だが、逆恨みされるのは困るので、タイミングを考えていたのに想像以上に素早いシェルターの対応には感謝した。


「馬鹿じゃねーのこの女、やっぱベータは使えないっすねぇ」


 ヘラヘラと笑いながら亜希子の一連の行動が映し出された写真を手に、弁護士見習いの幸城が言った。品行方正が求められる弁護士を目ざしていると言うのに、全くもって口汚いのは何故だろう。などど城崎は思うのだけれど、自分の下で修行して品行方正になどと程遠いことぐらいは自分自身がよく分かっていることだ。

 城崎も幸城も、五大名家の暗部を代々処理する家系なのだ。遡れば裏社会を牛耳るような家柄でもあった。それはすなわち表立って名家が処理出来ないことを請け負って来ていたということだ。時代が変わりあからさまな対応が時代にそぐわなくなってきたから、こうして世間的には信頼の厚い弁護士などという職業をしているわけだ。


「そこにいたんだ、電話の内容ぐらい把握しているんだろう?」

「把握してるって、城崎さん  スピーカーで通話しておいてよく言いますよね」


 幸城は相変わらずヘラヘラと笑いながら答えると、写真を一枚だけ残して他を雑に机へとおとした。


「こんな写真でも分かっちまうぐらい綺麗な子ですね。城崎さんのオメガ」


 そこに写っているのは丁度城崎が追い越したあと、次にくる佐々木の靴音に備えて、歩道の左端で立ち止まる蒼也の姿だった。ズームされたせいで蒼也の顔はだいぶ画質が粗くなっているが、耳についている二つのピアスはきちんと分かる。こうなったのは佐々木の姿に焦点を合わせた結果だ。


「当たりめぇだろうが」


 城崎はそう言って幸城の手から写真を取り上げた。わざわざ先方から下さったものだから、有難く頂戴しておくわけだ。だいぶ邪魔なものが写っているのは我慢しておくべきか、などど考えていたというのに、


「マジックありますよぉ」


 などと言って幸城がマジック片手に再び写真を手にして、そうして邪魔な佐々木を黒く塗りつぶしてしまった。


「おいおい、シェルターから届いた証拠品なんだぞ」

「他にもたくさんあるじゃないっすか」


  マジックに蓋をして、それで机の上に広げられた写真を示した。


「お前なぁ」


 城崎は呆れつつも幸城から写真を取り返した。油性のマジックの匂いがキツい。これでは己のオメガの匂いが思い出せないというものだ。

 

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