第14話 楽園を追放されたのは誰
「佐々木くん、君は自分のした事の意味がわかっているのかな?」
後部座席に座りゆったりと足を組み、それから両手の指を緩く絡める。バックミラー越しに運転席にいる佐々木に声をかけるけれど、別段返答を求めている訳では無い。
「シェルターはオメガのための施設だ。出資しているのは名家と呼ばれる家々だけれども、国営の施設なんだよ」
ハンドルを握る佐々木は返事をせずに真っ直ぐ前を見たままだ。それでも、バックミラー越しに来る視線は感じるのか、時折目線がチラチラと動いている。
「そこの専属の弁護士になるというのは非常に名誉なことなんだよ。間接的とはいえ名家との繋がりを持てるわけだからね。うちの事務所は祖父の代からその名誉ある肩書きを手に入れているんだよ。私の代で失う訳にはいなかいんだ。分かっているだろう?」
そう言いながら足を組みかえる。アルファらしい均整の取れた体躯だから、組んでいる足もまた長いようで組み替えた時にうっかり運転席のシートに当たってしまった。
「っ……」
「ああ、済まない」
全く済まなそうな顔はしないままバックミラーを見つめる。
「とにかく、今回の案件は非常に重大なんだよ。もしかすると闇医者が関わっているかもれないんのだからね」
「は、はい」
佐々木はようやく返事をすると、ゆっくりと事務所の前に車を停める。すぐさま降りると後部座席のドアを開けた。
「……ああ、荷物は、持っている?」
車から降りた途端そんな言葉を佐々木にかける。目線はまるで佐々木には向いてはいない。
「はい」
佐々木は咄嗟に助手席に置いてある自分のカバンを見た。
「なら、今日はもう遅い。車を車庫に停めたら帰るといい」
「っ は、い」
佐々木はそのままゆっくりと頭を下げ、靴音が聞こえなくなるまで頭を上げなかった。そうして、言われた通りに車を車庫に停めると帰路についた。無理に食い下がって心象を悪くするのは宜しくない。言われた通りに従順に、それがなにより求められるのだ。
「ただいま」
そう口にしながら靴を脱ぐ。アルファの隣に立つから、見劣りしない様に踵をだいぶ高くしている。そのせいでいつも帰宅する頃には足がパンパンに浮腫んでいるのだ。
「はぁ、足痛い 」
そんなことを言いながら自室に戻り、スーツをハンガーにかけ着替えてリビングに向かえば、そこには気難しげな顔をした父親がソファーに座っていた。手にはスマートフォンが握られていて、今しがた通話が終了したようだ。かすかに聞こえた電子音には気にもとめず帰宅の挨拶を父親にしようとしたところ、先に父親の顔がこちらに向いた。
「亜希子」
「はい」
急に名前を呼ばれ、亜希子こと佐々木亜希子は妙な胸騒ぎを覚えた。父親の前にあるローテーブルに角2の封筒が置かれている。宛先は父親宛で、差出人は不明だ。
「今、城崎様から連絡があった」
その言葉を聞いて亜希子の心臓が跳ね上がった。
「大切な案件なので、お前は明日から来なくていいそうだ」
「 は、え?」
咄嗟に何を言われたのか理解出来ず間抜けな声を発するしか出来なかった。
「まったく、お前は何をしているんだ。シェルターに出入りができる女ベータだからこそ、城崎様の事務所に押し込んだと言うのに」
そう言いながら角2の封筒を手に取り、中から写真を数枚テーブルの上に投げるように広げてきた。そこに写っているのは間違いなく亜希子だった。
「シェルターにオメガ以外が入れば監視カメラで追跡されることも知らなかったのか。それとも何か、設置されている監視カメラは単なる飾りだとでも思っていたのか?」
投げ出されるようにテーブルに広がった写真を見れば、亜希子がシェルターに入ってからあのオメガの少年にぶつかるまでが連続で映し出されていた。
「シェルターはオメガのためにある。そして、シェルターに居るオメガは全て国の管理下に置かれている。 お前は、そんな初歩的なことも分からんのかっ」
写真から目線を離せないまま立ち尽くす亜希子に、父親は更に言葉を投げる。
「監視カメラはオメガを監視するためのものだと思っていたのか?バカか、お前のような奴のために設置されているのだ」
父親から罵られていることも、目の前に広げられた写真も全て現実で、城崎から切り捨てられたことも現実なのに、亜希子はそれら全てを拒否したかった。いや、今までなら簡単に拒否することが許された。
「全く、これだからベータは困るんだ。分相応ということもわからんのだからな 亜希子、お前は当分謹慎しておけ」
「…………っ!」
慌てて首を左右に振るけれど、なんと答えれば良いのか分からず、亜希子は黙って父親を見た。
「部屋に連れて行け。食事は届けさせろ」
それを合図に父親の部下の男たちがやってきた。そうして亜希子の両脇を抱えると、そのまま二階の亜希子の部屋へと行ってしまった。
「まったく、要らん手間をかけさせおって」
イライラとしながらも届いた手紙にもう一度目を通す。その内容は先程城崎から電話で聞かされたのと同じことが書かれていた。
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