第13話 楽園の住人は誰
シェルター専属の弁護士とは言えど、アルファがシェルターの中にいるからできるだけ他の誰かと一緒にいるように指示があったらしい。そんなわけで学習室に集まっていたのだけれど、入学式で特に宿題がある訳でもないからみんなで楽しくおしゃべりをして、夕食の時間になったから食堂に移動して、やっぱり楽しくおしゃべりしながら食べたのだった。
登校に使えるバスの時間が一本しかなから、みんなで声掛けあってバス停に集合とか、帰りも出来るだけ集団で下校しようとか、高校生になったのにすることは小学生みたいな感じになっている。
蒼也だけ、今日の登校にバスを使っていなかったから、時刻表の写メを送ってもらい画面に貼り付けた。慣れるまではこうしておかないと乗り損ねてしまう。
男子は蒼也と光汰だけだから、二人で並んでゆっくりと部屋に帰っていると、前方に見知らぬ人影が立っていた。
「なんであんたまだ居るんだよ」
先に気づいた光汰が声を出す。そこには威嚇にも似た色が乗っていた。
「あ、ああ済まない」
振り返って明かりに照らされた顔は昼間見たアルファの弁護士だった。まだアルファと言う存在になれていない蒼也は、思わず光汰にしがみつく。強いオメガになりたいと宣言したのに、実際はまだまだだ。
「昼間ぶつかってしまっただろう?ちゃんと謝っていなかったから」
そう言って頭を下げようとしてくるものだから、蒼也は咄嗟に声が出た。
「ぶつかったのはあんたじゃない」
そう、ぶつかってきたのはこのアルファでは無い。
「そっちのベータの女だ」
そう言って隠れるように立っていたベータの女を指さした。
「ああ、確かにそうだったね。 佐々木くん」
促されてようやく、佐々木と呼ばれたベータの女は蒼也の前に出てきた。だがしかし、疲れているからなのか空腹だからなのか、なんだかとても不機嫌そうだ。
「っ、昼間は、ぶつかってしまってごめんなさい」
そう言って頭を下げたけれど、佐々木の行動の意味がわかってしまった蒼也は意地悪く笑うだけだ。
顔を上げた佐々木にしっかり目線を合わせると、蒼也は唇の片側だけをゆっくりと上げ、ヒールを履いているせいで蒼也より背の高い佐々木を嘲るように言い放った。
「ふざけんなよベータのくせに。どーせアルファ狙いなんだろ」
「っ、ぅ」
佐々木の口が何か言いかけて、そして固く閉じられた。
「ベータのあんたなんかが、アルファに相手にされるわけないだろ。ここはシェルター、オメガの領域なんだよ。二度と来んなブス」
蒼也はそう言い放ちさっさと佐々木に背を向けた。二人の顔をじっくりと眺めていた光汰もまた無言で佐々木に背を向ける。
「あ、きみ……」
弁護士のアルファが慌てて蒼也を呼び止めようとしたけれど、蒼也は振り返らずに片手を上げた。
「バイバイ、アルファさん。俺はあんたに興味はないよ」
蒼也はそのまま自動ドアの向こうへと行ってしまった。そのまま後を追う光汰も自動ドアをくぐると、ドアはピタリと閉まってしまった。当然住人ではない人物が立ったところで自動ドアは開くはずがない。
「先生?」
そんなアルファの背中に遠慮がちに佐々木が声をかけるが、振り返ったアルファの目線は夜の様に冷たかった。
「さっさと車を出してくれ、事務所に帰って資料を確認しなくてはならないからな」
「は、はい」
佐々木は大股で駐車場に向かって歩き出した。その顔は羞恥と憤りにまみれていた。背中を向けているからわからないとでも思っているのだろう、だが歩き方や声の感じで丸わかりなのだ。特に上位のアルファであればなおさらだ。フェロモンを持たないベータは代わりに感情がわかりやすい。特に好意と言ったものはわかりやすく、それを年中向けられることに慣れたアルファからすれば、今日の佐々木の行動はまったくもってマイナスにしか作用していなかった。
「ほんとに、ベータのくせに、だよなぁ」
佐々木の背中を見つめながら呟いた。
「しかし本当に、ありゃあなんだ」
喉の奥で低く笑う。
ここは楽園。
アルファにとっても、である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます