第11話 高校生になりました


「蒼也がグレた」


 シェルターに帰って、学習室にいる光汰を探した。相変わらずパソコン画面を眺めていた光汰は、蒼也を見て立ち上がってそう叫んだ。


「グレてない。せめて高校デビューと言って欲しい」

「まだ入学してないじゃん!」


 光汰は蒼也にぎゅうぎゅうと抱きついて、それからじっくりと蒼也のことを本当に頭のてっぺんからつま先までじっくりと眺めた。


「うわぁ、ピアス痛そう」


 蒼也は右耳だけにピアスを二個つけた。施設の医師からは難色を示されたけれど、痛くてもかまわないとお願いしたのだ。発情期明けの診察のとき、髪を染めたい。と伝えたら脱色剤が危ないから帰ってきたら開けてあげる。と言われたのだ。ファーストピアスに合うものを見繕って買ってきたけれど、施設の医師からダメ出しをされてしまった。だから今つけているのは蒼也が選んだものでは無い。


「ファーストピアスなんだってアレルギー反応が出にくいやつ」

「へぇぇぇ」


 光汰は蒼也の耳の裏側までじっくりと眺めていた。


「変?」

「ううん、いいと思う」


 そうしてじっくりと蒼也の髪の毛を眺めてひと房掴んで確認ひている。


「俺、強いオメガになりたいんだ」

「   いいんじゃない?」


 光汰がなんだか嬉しそうに笑うから、蒼也も笑った。光汰に言われたとおり、発情期が明けてから鏡を見たら確かに顔立ちに変化があった。ものすごく変わった訳では無いけれど、頬の肉が落ちて目元がスッキリとしていた。発情期中にあまり食べないから痩せたのかと思ったのだけど、医師に聞いたらそれは違うと言われたのだ。

 光汰じゃないけれど、施設のオメガだから名家に無条件で屈したりはしないと思う。ただ、父親の会社が気がかりだからあまり生意気なことは言わないようにはするつもりだ。

 一番の懸念材料はとにかく姉だ。


「この頭でさぁ、ショッピングモールをブラブラしたの。そしたら母親と姉がいたんだけど、俺に気づかないんだよね」


 いつ気づくだろうかと蒼也は、内心ソワソワしていたのに、結局母と姉は蒼也の前を素通りして行ったのだ。つまり母にとって蒼也の存在はその程度。髪の色が変わっただけで息子を認識することが出来ないのだ。姉もしかりである。確かに自分でも分かるぐらいに雰囲気が変わったとは思う。けれど、十五年間産み育てた息子が分からないだなんて思わなかった。きっとオメガの判定を受けた十二歳の時から蒼也の顔がお金に見えていたのだろう。

 そうなってくると、蒼也が同じ高校に入学しても姉は気づかないかもしれない。入学式の手伝いは生徒会役員だけらしく、オマケに蒼也はオメガクラスだから校舎の一番端で、保健室に近いところに教室があるのだ。他のクラス、まして他学年のフロアには入らないと言う暗黙のルールがある。顔を合わせるのは新入生歓迎会の時だと聞いている。はたして姉は蒼也に気づくことができるのだろうか?


「何それ、蒼也のこと忘れちゃった?」

「かもね」


 そうやって光汰と笑えばそんなことは些細なことにおもえるのだった。



――――――


「おはよう」


 ショッピングモールの入口で、蒼也を見た父親は目を細めて笑っていた。


「おはよう父さん、なんか変?」


 今日は天気もいいからコートは着ないで制服だけにした。光汰たちもそうすると言っていたから、シェルターのみんなに合わせた形だ。


「いや、蒼也ももう高校生なんだと思うと、な」


 まだショッピングモールの開店時間前だから車はすぐそこに停められていた。どこに乗ればいいのか戸惑ったけれど、さすがに後ろに乗るのは変だと思い助手席に乗り込む。シートベルトをすると車はゆっくりと走り出した。


「入学式の日だけ校内に車が停められるらしいんだ」


 入学式の案内は、父親の会社に郵送した。うっかり自宅に送って母に開けられると嫌だったからだ。


「去年と一緒?」

「去年は近くの空き地に停めて少し歩いたなぁ」

「そうなんだ」


 そんなたわいのない話をして、そうして学校に着くと、受付をして蒼也は新入生の席に着いた。父親は保護者席の方へと移動した。どこに座るのかしばらく見ていたけれど、似た様な服装の保護者が多くて直ぐに見失ってしまった。それはおそらく父親も同じだろう。


「ええ、光汰……それって」


 先に来ていた光汰を見て、蒼也は少なからずショックを受けた。


「ん?それって、これのこと?」


 わざとらしく光汰は制服をつまんだ。


「……うん」


 制服の採寸は、一人一人個別にカーテンで区切られた個室で行われた。そこでそのままオーダーをタブレットに入力していたから、体操着やワイシャツを何枚注文したのかをお互い見せあったりはしなかった。必要最低枚数を頼むことを事前に小林から言われていたからだ。オメガとは言え成長期ではあるから、夏物のワイシャツは季節が来たらショッピングモールで買えばいいとまで言われたぐらいだ。


「光汰の制服って   」


 そんなわけで、今初めて光汰の制服姿を見た蒼也は固まってしまった。今年の新入生にはオメガ男子は光汰と蒼也しかいなかった。あとは女子生徒なのだ。

 で、だから、クラスで男子は微妙に目立つ存在になる訳で、制服の採寸の際に蒼也は内心ドキドキしていたのだ。それなのに、光汰は蒼也に黙って裏切り行為をしたのだ。


「下はねぇ、ワイドパンツにしたんだ」


 そう言って光汰は両足の布を左右に引っ張る。足の太さの倍ぐらい布がある。立ち上がるとシルエットはロングスカートみたいだ。女子生徒でもそれを着用している率は高かった。


「なんだよ、それ    ずるい」


 蒼也は当たり前に制服はズボンにした。ストンとしたシルエットの制服としては定番の形だ。


「この学校、制服にユニセックスを採用しているからベータからも人気があるんだよ」


 そんなことを今更言われても、もう制服は着ているし、今日は入学式なのだ。


「ほら、蒼也座って」


 名前の順で青木の光汰の次は石川の蒼也だった。これは教師にも都合が良かったらしく、教室でも光汰と蒼也はくっついて座ることが出来た。人数が少ないから席替えはしないそうだ。自己紹介が終わった後、校内を一周した。オメガにとって一番大切な緊急避難用の隔離室がある保健室は一階の一番端にあった。つまりはオメガクラスの真下に位置しているというわけだ。

 保護者は保護者で説明を受けて、高校だと言うのに役員決めがあったそうだ。基本オメガの保護者は役員から外される。オメガの私生活の大変な所を考慮されている措置だそうだ。

 帰るのはシェルターなのだけど、父親は律儀に他の保護者と一緒に蒼也を待ってくれていた。光汰に手を振って駐車場まで歩き、父親と一緒に車に乗り込む。


「その……発情期が来た時なんだが」

「ああ、俺はシェルターにいるから小林さんでしょ?」


 蒼也がサラリと答えると父親は一瞬驚いたような顔をして、次に柔らかく微笑んだ。


「小林さんはいい人なんだね」


 オメガクラスの保護者が集まったところで、なぜだか小林は蒼也の髪色について謝ってきたらしい。逆に父親の方が迷惑をかけたと謝ったそうだ。なんとも日本人らしいやり取りだと思うけど、その原因は蒼也なのだ。


「なんか、ごめん」


 そう口にした途端、父親の大きな手が蒼也の髪をグシャリと撫でた。


「子どもが気にすることじゃない。今まで色々我慢させたのはお父さんのせいだ。だから、蒼也の好きにしなさい」

「うん」


 蒼也は少しだけ顔を動かして運転席の父親を見た。父親はまっすぐ前を向いていた。


「お金な、お父さんずっとお母さんに任せっきりで、蒼也の助成金がいくら振り込まれていたのか知らなかったんだ。ごめんな」

「うん……」


 ショッピングモールの駐車場につくと、全国的に入学式だったらしく真新しい制服を着ている生徒とその保護者らしい人が大勢いた。午後から入学式のところもあるようで、人の出入りは割と激しかった。

 蒼也は父親と一緒にランチを食べた。父親がお祝いだからとお寿司をご馳走してくれた。ショッピングモールの中なのに回っていないお寿司だ。


「去年は   」


 ふと思い出して口にすると父親が人差し指を口に当ててきた。

 なに、そのキザな態度。とか思ったけれど蒼也は笑って頷いた。

 入学式の看板の横で並んで写した写真を父親のスマホに送り、待ち受けに設定してやった。仕事でパソコンを使いこなしているくせに、父親は何故かスマホの操作が苦手だった。だから次に蒼也が会う時まで待ち受け画面はそのままだ。


「ゴールデンウィークに何処かに行きたいな」

「分かった」


  何となく駐車場の車まで一緒に歩いて、車に乗り込む父親の背中に話しかける。照れくさいのではないことぐらい分かってる。だからといって、この感情の名前を知る必要は無いのだ。

 父親の運転する車が見えなくなるまで眺めた後、蒼也はゆっくり歩き出した。ショッピングモールの中にあるシェルターの入口は木や花で隠されていて、ちょっとした隠れ家のような雰囲気があった。

 蒼也がゆっくりとゲートに近づくとネックガードが反応してゲートが開いた。受付とゲートは少し離れている。誰かの姿が見えたから、蒼也は少しだけ早足になった。見られたくないし見たくない。

 それなのに、幾何学模様の石畳をものすごい勢いで走る革靴の足音がした。春先に多いとは聞いていたけれど、シェルターの敷地に入ってまで走る人がいるとは思わなかった。振り返らないまま蒼也は道の端に避けた。体格のいいスーツの男性が蒼也をすごい勢いで追い越して行ったのに、その後から来たスーツの女性が何故だか蒼也にぶつかった。


「わぁっ」


 油断している背後からだったから、蒼也は派手に転んでしまった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る