第10話 俺の目指す処
蒼也の二回目の発情期は初めての時とは違い、比較的おぼろげながらも記憶を残すことができた。一般的な抑制剤と違い、医師が検査して蒼也の発情ホルモンに合わせたものを処方してくれたからだ。つまり、初めての発情期が辛いと言われるのは、自分に合った抑制剤が使われていないからである。
「おわ ったの、か 」
蒼也は説明のつかない爽快感を感じていた。体はとてもだるいのだけれど、頭はとてもスッキリしているのだ。
「風呂入ろ」
むくりと起き上がり、汚しまくったあれやらこれやらをまとめて洗濯機に突っ込んだ。実家では到底買えないような乾燥機付きだ。 洗剤も柔軟剤も自動投入だから蒼也のような初心者にも安心して使える。洗濯機のスイッチを押したら風呂場に行き、浴槽に湯を張った。
ミニキッチン付きのワンルームは、使い勝手が良くて高校に入ったらお弁当を作ってみようと蒼也は考えていた。
「アルファはスパダリって聞くけれど、コツをつかむのが早いてことだよな。人間食べなきゃ生きていけないんだから、俺だって料理ぐらいできるさ」
ほとんど火を使わないサンドイッチを試しに作ったら、なかなかうまくいった。ただ、光汰が「卵は厚焼きが良かった」などと言ってきたぐらいだ。蒼也はゆで卵派だから、今度は上手に半熟に仕上げるのが目標だ。
「お弁当箱買わなくちゃ」
そんなことを考えつつつ風呂に入り、さっぱりしたところでタブレットから連絡を入れた。
「蒼也でーす。発情期明けました」
『はーい、これからいきまーす』
施設の担当医とも打ち解けて、友だち感覚で話ができるようになった。父親と一緒に通っていた病院の医師はベータで男性だった。やはり同じオメガの医師の方が信頼できるし安心できる。
「買い物行っても平気かな?」
「うん、そこのショッピングモールならね」
診察しながら医師と話をする。実家にいた時はお金の管理をしていた母が、蒼也の助成金を姉に使っていたせいで自由が利かなかったけれど、ここでは金額に制限はあるものの目的さえきちんとしていれば許可は降りる。
「小林さんに言ってチャージしてもらいなさい」
「はーい」
蒼也は素直に返事をした。
――――――――――――
小林のところに行ったら高校の説明会の資料を見せられて、あれこれ説明を受けた。制服の採寸はオメガの生徒だけこのシェルター内で行われると言うことで、その日職員たちは忙しいそうだ。市内のもう一つのオメガ指定校も同日にするらしく、警備や受付があるから採寸はきちんと自分で決めるように言われてしまった。
「美容室も行きたいんだけど」
蒼也が言えば小林はチャージ金額を足してくれた。美容費は別枠らしい。
「春休みだから混んでると思うよ?ダメだったら予約してくるんだよ」
「はーい」
説明会の資料を片手に一旦自室に戻ると、蒼也は時間を確認して父親に連絡を入れた。多分昼休憩の時間だと思うのだが、なかなかでない。
『ああ、蒼也すまない。なかなか飲み込めなくて』
父親は食事中だったらしい。
「ごめん。急がせちゃった?あのね、入学式、こられそう?」
『ああ、大丈夫だよ。四月の八日だろう?もう申請してある』
「え、ほんと?父さん仕事が早いなぁ あの、それでね」
『当日は迎えに行くから心配しなくていい。去年亜弓も連れて行ったから』
「あ、そ、っか」
『言ってないんだろう?父さんも黙っているから安心しなさい』
「うん、ありがと」
『じゃあ、八日の朝にな』
父親との短いやり取りで気を使われているのがわかった。蒼也が家を飛び出したタイミングで自宅に父親はいなかった。それに、シェルターで小林から何らかの説明もあったのだろう。思春期だからと言う言葉で片付けられないことぐらい父親も分かっているから、ショッピングモールで面会する時は父親一人でやってくるのだ。
今月で蒼也の助成金はもう振り込まれない。そうなった時、母は一体どうするつもりなのだろう?
「俺の知ったことじゃないけどな」
蒼也がオメガの判定を確定させた十二歳の時、つまりは中学に入学してから、母はパートを辞めた。表向きは蒼也が発情期になった時に家に誰もいないと危ないから。なんで言っていたけど、結局は働かなくても手に入る蒼也の助成金の金額につられたのだろう。けれど、どう考えてもパートの収入の方が多いはずなのに、とは思う。面倒くさがりの母は役所に出す色々な手続きが嫌になったのだろうと思うのだ。だから蒼也の高校受験についても何も手配してくれなかったのだと結論づけた。
「蒼也、出かけるんだ」
「うん、美容室行きたくて」
学習室でパソコン画面を眺めていた光汰が気付いて声をかけてきた。光汰に言われたことがきっかけでは無いけれど、蒼也は蒼也の思うオメガを目指せばいいのだ。
「帰ってきたら見せてね」
「うん、分かった」
光汰に手を振って蒼也はショッピングモールをめざした。
春休み中だけど平日だから美容室は何とか予約が取れた。割と大きなショッピングモールだから、美容室が複数あって、前から気になっいた美容室に思い切って行ってみたのだ。
予約までの時間で高校で使うお弁当箱を買い、めぼしい物を探してみた。頭の中でだいたいの構図が出来上がって、蒼也は満足だ。
そうして予約した美容室で蒼也の目指すオメガのイメージを伝えると、担当についたスタッフはニコニコしながら頷いてくれた。
「うん、分かる。俺も一時期憧れたから」
「お兄さんもオメガなの?」
「そ、手に職つけてゆくゆくは地元に帰って店出したい」
「凄い、俺そーゆーの考えたことないなぁ」
「まだ学生じゃん。しかもこれから高校入るんでしょ?将来のことなんてこれから考えればいいんだよ。出会いも沢山あるんだし」
そんな話をしながらも、蒼也は考える。手に職つけるんならあっちの高校で簿記とかの資格を取れば良かったのではないだろうか?でもシェルターでオメガの自立支援で資格試験を受けさせてくれるとは聞いてはいた。
「ゆっくり高校行って、それから大学行くか専門行くか考えればいいんじゃないかな?」
不安がそのまま顔に出てしまっていたのか、美容師のお兄さんは笑って話してくれる。そうして「俺も同じ高校だよ。美容師って国家資格だから」なんて教えてくれたのだった。
それから随分と時間が経って、すっかり日が暮れた頃、蒼也の姿がショッピングモールにあった。吹き抜けに背中を向けて一人椅子に座っている。組んだ足に肘をついてどこか遠くを眺めている。その目線の先には楽しそうに買い物をする母娘の姿があった。
途切れがちに聞こえてくる会話に時折舌打ちをしたりする。だが、買い物に夢中な母娘は、蒼也の前を笑いながら通り過ぎて行った。その様子を目線だけで見送れば、蒼也は館内放送を聞いて立ち上がる。そろそろ帰らないと行けない時間だ。買い物袋を手にして蒼也は立ち上がる。
そうして、そんな蒼也のことを吹き抜けの上階から見つめる男が一人居た。
「ありゃあ、なんだ?」
そのつぶやきは蒼也の耳には届かない。
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