第9話 色々いっぱいです
「ほら、合格してたでしょ」
三月の高校の合格発表をみて光汰がドヤ顔で言ってきた。周りには他にもたくさんいるというのに、だ。
「光汰、声大きいよ」
蒼也は慌てて光汰を引っ張って事務室へと移動した。中には不合格で泣いている生徒もいたというのに。
「アルファ狙いで受験したベータのことなんか気にしてたらダメだよ。もう高校からは明確に僕たちオメガは区分けされるんだからさ」
光汰の言いたいことはわかる。オメガ枠で合格したから、高校三年間はずっとオメガクラスだ。成績順でクラス分けされるから、優秀なアルファたちはほとんど一組で、いわゆるオメガクラスは六組になる。ベータでも成績が良ければアルファより上のクラスになることもあるし、また逆もしかり。義務教育が終われば残酷な現実社会が用意されている。
「順番に受験票を出してください」
ちょっと遅めの時間に来たと言うのに、なかなか事務室はごった返していた。蒼也と光汰はシェルターからバスで来たから、登校用のバスより一本あえて遅らせただけだ。だが、自家用車で送られてきたらしいアルファたちがこの時間になぜいるのだろう?
「はい、受験票」
事務職員は本当に事務的に受験票を受け取って、番号を照らし合わせる。
「おめでとうございます。これが入学案内で説明会は春休み中に学校の体育館であります。制服や学用品の購入について説明されますから、保護者の方と来てください」
本当に事務的に同じことを繰り返しているだけなのだと分かる。きっと受験番号だけではオメガなのか分からないのだろう。二人揃って入学案内の封筒を受け取ると廊下の隅で封筒で顔を半分隠して写真をとった。
それを父親にだけ送信して顔を上げると、前に見知らぬ男子生徒が立っていた。
「君たちオメガだよね?」
コートを着て隠しているというのに、目ざとくやってくるのはやはりアルファだからなのだろうか。
「だったらなに?」
光汰が少し睨むように返事をすれば、相手のアルファは困ったように眉尻を下げた。
「そんな怖い顔しないで。二人とも美人だからさ、説明会の前に知り合いになりたかったんだ」
そう言って勝手に自己紹介されれば正体がわかった。学校案内の時のチャラい先輩アルファ四ノ宮の弟だった。
「残念だけど僕たちシェルターのオメガだから、名家のアルファ様だからってなびいたりしないからね」
「美人さんにそんなこと言われるとますます興味もっちゃうな」
ニコニコしながらスマホの画面を見せてくる四ノ宮弟の名前は颯斗。兄に劣らずアルファらしく整った顔立ちで、綺麗な二重に長い睫毛、薄い唇は嫌味じゃない程度に赤かった。蒼也はどうしていいのか分からずに光汰の後ろに隠れた。何しろ生アルファだ。しかも同級生で噂の名家のご子息だ。姉が狙っているのはもしかすると兄の方かも知れない。そう思うとあまりお近づきにはなりたくないかも知れない。
「なんだよ蒼也、僕の後ろじゃ隠れてことになんかならないよ」
「でも、俺ってやっぱり光汰のおまけじゃん」
蒼也は小声で光汰に耳打ちした。それなのに、さすがはアルファ様は耳ざとい。
「颯斗ってば美人オメガを独り占めしようってか」
颯斗の背後からひょっこり顔を出してきたのはやはりアルファらしく、颯斗と同じ制服を着ていた。
「可愛い系美人と清楚系美人じゃん。後ろの清楚系は控えめなのかな?」
そう言って颯斗を押しのけて蒼也のそばに顔を近付けてきた。
「ぎゃっ」
颯斗に負けないぐらいの整ったアルファらしい顔が急に近づいてきて、思わず蒼也は悲鳴をあげた。
「もう、怖がらせないでよ。蒼也は無自覚美人なんだから」
光汰がそう言って蒼也を抱きしめた。無自覚美人と言われて蒼也は困ってしまう。ちょっと前まで発情期もまだの出来損ないで、ベータの中で埋もれていたような存在だったのに、急にちやほやされて美人なんて言われてしまうと戸惑いは大きい。
「ねぇ、いいでしょ?俺たちと仲良くするの悪いことじゃないとおもうよ?」
そう言って、颯斗はスマホの画面をちらつかせる。トモダチ登録のコードが映し出されていた。
「どうするの光汰」
抱きつかれたままの蒼也は、目の前のアルファ二人の視線をまともに浴びて少々辛い。
「ちょっと待ってて」
光汰は蒼也のスマホを開いて設定を確認した。多分フィルタリングの確認と、蒼也のプロフィールの設定をしているのだ。その辺りの事情に疎い蒼也は光汰に丸投げで、とりあえず黙って光汰の手元を見ていた。
「これでよし」
光汰はそう言ってスマホの画面を開くと二人のアルファのスマホにかざした。
「僕は青木光汰、こっちは石川蒼也ね。シェルターに住んでるからそこんとこよろしく」
光汰がそう言えば、二人のアルファは顔を見合わせ笑った。
「俺は四ノ宮颯斗、こっちは一之瀬昴だよ。俺らと繋がってるて知れればアホなアルファは寄ってこないし、ベータからも嫌がらせされないっしょ」
颯斗がそんなことを言うから、蒼也は思わず光汰の腕をぎゅっと掴んでしまった。アルファ狙いでこの学校を受験したベータから、かえって睨まれるのではないかと思うのだ。
「蒼也、怖がらなくて大丈夫だよ。アルファ狙いのベータなら五代名家に睨まれるような馬鹿な真似はしないから」
「そ、なの?」
「まぁ、そうなるね。下手なことすりゃ親の職がなくなるからね」
それを聞いて安心するどころか、蒼也の心配はますます大きくなる。アルファ狙いのベータと聞いて、真っ先に姉の顔が浮かんだからだ。蒼也の知らないところで姉がおかしなことをしていなければいいのだが、姉はちゃんとわかっているのだろうか?同じ高校に入ることを教えていないから、校内でうっかり出会った時がやばそうだ。それに、一緒に行くと言っていたクリスマス会だって、蒼也はシェルターに入ったから行っていない。
「どうしよう……」
「ん。なになに?」
思わず不安な気持ちが蒼也の口からこぼれ落ちた。すかさず颯斗が反応する。
「姉ちゃん、この学校にいるんだけど、俺のことアルファの誰かに話てるらしいんだよね」
蒼也の話を聞いて颯斗が眉をひそめた。そうして少し間を開けて口を開いた。
「あ、石川……そうだ、石川ね。ベータの女か」
颯斗は蒼也の顔を見て頷いた。
「兄貴から聞いたことあるよ。ベータの女が馴れ馴れしく「私の弟がオメガなんです」とか言ってきては写真を見せてくる。って、蒼也くんのことかぁ って、シェルターに住んでる?」
颯斗が小首を傾げると、光汰がニヤリと笑った。
「まぁ、そーゆーことなんで、僕たちのことよろしくね。颯斗様」
光汰はそう言って蒼也のことをぎゅっと抱きしめてきた。話の展開についていけない蒼也は目線をキョロキョロ動かして周りの様子を伺った。遠くから複数の生徒がこちらの様子を伺っているのが見えた。だから必死で記憶を探る。
「あ、と 仲良くしてくだ、さい。颯斗、様。昴、様?」
これであっているのか不安になって思わず首をこテリと傾げれば、昴が満面笑みを浮かべた。
「控えめ美人蒼也くん、可愛いね。もちろん仲良くしちゃうよ」
入学前に二人のアルファ、しかも五代名家の二家だなんてすごいことだ。と光汰は大喜びだった。けれどまだこの手の関係性を理解できていない蒼也は不安でいっぱいだ。とにかく姉が何もしてこなければ。と祈るばかりである。
そんなことがあったせいなのか、シェルターの自室に帰ったあたりから蒼也はなんだか頭がぽやぽやしてきた。
「あれ?蒼也ってば、発情期?」
「そっ、かなぁ 」
まだ一回しか経験していない発情期だ。兆候なんて分からない。
「高校で上位アルファ二人に遭遇しちゃったもんね。誘発されたのかな?」
「そーゆーもんなの?」
「そーゆーもんだよ。いい、蒼也、よく聞きなよ。オメガはね、発情期を超える度にオメガらしくなっていくの。検査結果でオメガになるんじゃないんだよ。これは僕の経験だから間違いない。発情期を超える度に成熟していくの」
少しぼんやりしてきた蒼也の頭に、すんなりと光汰の話が入ってくる。初めての発情期、自分を抱き抱えて運んでくれたのはあの一之瀬始だと言われたが、全く分からなかった。けれど、今日あった二人はしっかりとアルファだと認識できた。匂いはまだだけど、気配というか雰囲気というか、そういったものを確かに感じた。
「蒼也鏡毎日見てる?蒼也の顔だいぶ変わってきたよ。整ってきたって言うか、肌質も随分違うんだから、きっとこの発情期が終わったらまた顔立ち変わってるよ」
「それって、凄くない?」
「凄いの、そうなの。蒼也の中のオメガの本能が今日あった二人のアルファに反応したんだよ。きっと」
光汰はそう力説するけれど、まだ蒼也は半信半疑だ。でも、なんとなくは分かる。昴の顔が近付いた時、思わず悲鳴を上げたのは腰の辺りがなにかビリッとしたからだった。
「あ、説明会行けないじゃん」
ふと、思い出したのは高校の説明会だ。三日後の土曜日だった。父親にはシェルターの小林と一緒に行くからと連絡を入れたけど、発情期に入ってしまったから蒼也は行けそうにない。
「心配するなよ。僕と小林さんでちゃんと聞いてくるからさ。制服の採寸に被らなくて良かったじゃない」
「そっか、そうだね」
蒼也が安心してベッドに横になると、勝手知ったるなんとやらで光汰がタブレットで連絡を入れる。
『蒼也くん?』
「あ、僕光汰です。蒼也発情期に入ったみたい」
『あらそうなのね。抑制剤もってそっちに行くから光汰くんはつられないように自分の部屋に戻ってね』
「はーい」
タブレットはベッドの枕元あたりの壁にはめ込まれている。発情期の際に安全に使えるようにだ。
「蒼也、連絡入たれからね。説明会は心配しないで。二回目の発情期楽しんでね」
「楽しむ、って なんだよ」
さすがに息が上がってきて、学ランの詰襟を解放する。専属の医師が来て抑制剤を処方してくれるのを待たないといけない。
「じゃあね」
光汰が自分の荷物をもって部屋を出ていくのと入れ違いにシェルターの医師が入ってきた。蒼也の二回目の発情期がはじまった。
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