第8話 学校見学はドキドキ
期末テストはいままで以上によくできた。やはり目標が定まったことが良かったのだと思う。蒼也が期末テスト明けに学校見学に行くことを職員室で話すと、蒼也の進路指導に消極的だった担任はものすごくホッとした顔をした。それがあまりにもあからさますぎて蒼也が怪訝な顔をしたら、すぐに学年主任がフォローに入ってきた。
「石川はうちの学校で唯一のオメガだから、先生たち正直どうしたらいいのかわからなかったんだよ。お前のお母さん何も聞いてこないからさ、その、なんだ、婚約者でもいるのかと思ってな 」
蒼也の二個上にはオメガの女子生徒がいたのだが、進学の関係で二年の夏休みに転校してしまったのだ。市内の他校にはオメガの生徒がいるのだが、公立は地区内のオメガ指定校を受験するらしかった。だから蒼也もどちらかなのだろうと思っていたそうだ。
「母さんなんて、俺のこと何も考えちゃいないよ」
蒼也が吐き捨てるように言うと、担任は「やっぱりな」と小さく呟いた。三者面談の時の態度と、蒼也の首にある赤い痕をみて、担任はシェルターに報告をあげていたらしい。思春期のオメガ男子とベータの母親の不仲はよくあることなので、学校側は願書受付が始まるギリギリまで様子を見る様指示されていたそうだ。
なぜギリギリかといえば、光汰が言っていた通り、オメガ枠はほとんど定員割れだからだ。指定校は受ければ受かる。オメガの受験率が高ければアルファの志願者が増え、結果学校の偏差値が上がるからだ。
「まぁ、石川が前向きになって良かったよ」
担任は学校指定の茶封筒に蒼也の内申書を入れるとキッチリ封をした。
「これを見学の際に高校の担当教諭に渡すんだぞ」
「はーい」
紙切れが一枚しか入っていない封筒を蒼也はピラピラと振りながら返事をした。
そうやって先生たちが対応してくれて、小林が手配をしてくれて、蒼也は光汰と一緒に高校へ見学にやってきた。高校に通う時と同じ様にショッピングモールからバスに乗り、高校近くのバス停で降りる。バスの運賃は一律だから定期はないそうだ。電子マネーで支払いを済ませ光汰と二人並んで歩いた。
スマホの機種変更をしたときに、そのままショッピングモールで光汰と一緒に買い物をして、今日着ているコートを買った。自転車通学だから蒼也はコートなんて持っていなかった。学ランの中にパーカーを着たりセーターを着るスタイルだったのだ。
「そのコート蒼也に似合ってる」
グレーがかった水色のコートは光汰の見立てである。ぶちゃけ蒼也の学校に色の入ったコートを着ている生徒はいない。大抵黒か紺かである。
「派手じゃない?」
「は?何言ってんの、冬こそ明るい色着なくちゃ危ないじゃん。夜道で黒って自殺志願者かよ」
「でもチャリこいでるし」
蒼也の乗っていた通学用の自転車はオートライトだから、暗くなれば自動で明かりがつく。だから夜道が暗いなんて思ったことはない。
「もう、いい?僕たちはオメガなの。そこいらの女子より襲われる危険があるんだよ?」
「そぉ。かなぁ」
まだ一度しか発情期を経験していない蒼也には想像なんてつかなかった。初めての発情期の時だって、あのアルファには何もされなかったわけだし。
「蒼也はたまたまラッキーだったんだよ。コテージの前であの二階堂さんに遭遇したんだもん」
この話になると光汰は決まって蒼也を羨ましいと言うのだ。確かに二階堂といえば五代名家の一つではあるけれど、コテージの使用が許可されている様な大人なわけで、まだまだ中学生の蒼也なんて歯牙にもかけてもらえなっかたのが現実だろう。
「俺十五だよ。相手になんかされてなかったって」
「違うよ。二階堂さんは名家としてちゃんと規律は守る人なの。自制が効くから発情期の蒼也のフェロモンに当てられなかったんじゃん。これがその辺のアルファだったら蒼也襲われてたよ」
「そうなの?」
「そうなの」
いつもこんな感じで、最後は「二階堂さんにお姫様抱っことか羨ましい」と言われるのだ。これはシェルターの食堂で他のオメガからも言われたからそうなのだろう。
話をしながら歩いたからか、大して歩いた感じはしなかった。
校門のところに案内係の腕章をつけた生徒が立っていて、案内をしてくれた。受付をしたときに学校の事務室に通されて、その時に学校から預かったものを出してください。と言われ蒼也はれいのペラペラ封筒を出した。
「石川くんね」
「はい」
事前に小林が連絡を入れておいたから、蒼也と光汰の名前が並んでいた。
「僕は青木です」
光汰はそう言って、やはりペラペラの封筒を出した。
「はい、受け付けました」
事務職員は受付のチェックを済ませると、蒼也と光汰を違う案内係りの腕章を付けた生徒の元に連れて行った。
「案内よろしくね、四ノ宮くん」
「はい」
「この二人、オメガだから、変なことしないでちょうだいね」
「うわぁ、信用なっ」
そんな軽口を叩く生徒は五代名家の一つ四ノ宮の名を持つ生徒だった。にもかかわらず扱いは随分と雑に思える。
「このお兄さんアルファだから気をつけてね」
「「はーい」」
「ひどっ」
蒼也と光汰が肩を震わせ笑っていると、大きな手が二人の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「これでも名家の跡取りなんだけどな」
「うわぁ、さぎだ」
そう言ったのは光汰だ。
「なんでだよ」
「二階堂さんはすっごい紳士なのに」
「あ、あぁ」
四ノ宮は自分の顎をさすりながら返事をした。
「二階堂始様ね。始様だってそこそこチャラいよ。だからコテージの常連なんじゃん」
「あぁ、なるほど」
言われて光汰は納得した様だ。シェルターで暮らしている歴が長いから、光汰はいわゆる耳年増なのだ。コテージで何ができるかだとか、そう言った話を散々聞かされてきたのだろう。コテージの常連ということは、特定のオメガのいないアルファということになる。いくら定期訪問と言っても、コテージばかりに顔を出しては遊び人のレッテルを貼られても仕方のないことだ。
「でも、俺には紳士的だったみたいだけど」
蒼也がそう言えば、光汰は口をへの字に曲げて言い返す。
「それは蒼也が未成年だったから」
それはそうだ。仮にも名家、エリートアルファと呼ばれている人物が、初めての発情期で前後不覚の未成年オメガのフェロモンに負けたとあっては大問題だ。常日頃からフェロモンテロに備えて抑制剤の服用ぐらいはしているはずだ。
「そっかぁ」
蒼也がそんな風に返事をすれば、四ノ宮が面白そうに蒼也を見た。
「なになに、襲われたかった?」
「違います」
そう言って四ノ宮の顔をグイッと押した。なんだか距離が近い気がするのだ。正式にアルファと接したのが初めての蒼也は、なんだかドキドキが止まらない。
「四ノ宮さん近い、近いです」
蒼也は慌てて光汰の背中に隠れた。とは言っても光汰と蒼也の身長はそんなに変わらない。
「ごめん、ごめん。こりゃ怒られちゃうな」
四ノ宮はそんなことを言いながらも反省の顔はしていなかった。
そうして構内の設備や教室などを見て回っていた時、練習中の吹奏楽部を見て蒼也は今更ながらに、「しまった」と思ったのだ。
学区内に公立のオメガ指定校は二校しかない。シェルターから通いやすい方にしただけで、蒼也は特に気にしていなかった。偏差値もそこまで大差がなく、資格を取りたいとも思っていなかったからだ。だが、ここに来て学校名ぐらいちゃんと確認しておけばよかった。と心底反省した。
「あ……姉ちゃんの、制服だ」
うっかり忘れていたけれど、姉はオメガも通う公立高校にアルファとの出逢いを求めて通っているのだ。しかも同じ学年のアルファに蒼也の写真を見せていると言っていた。
「お姉さん、ここの生徒なんだ」
耳ざとく四ノ宮が聞いてきた。きっと、オメガの蒼也の姉だから、同じオメガかはたまたアルファかと思ってのことだろう。
「うん、忘れてた」
さっきまでの気分が一気に沈んだ。姉と同じ高校に入るなんて想定外だ。姉が蒼也の助成金で塾に通ってまで入った高校だ。そこに蒼也はオメガだというだけで内定をもらってしまったのだ。
「気にするなよ蒼也。オメガの特権使って何が悪いんだよ。身内ほど内心オメガをバカにしているもんなんだからさ。だから蒼也の助成金勝手に使ってたんだろ」
「使ってたのは母さんだけど」
「一緒だよ。知らなかったわけじゃないんだろ。蒼也の金だって知ってて使ってたんだろ」
「そ、うだね」
そうだ。母は姉の前で蒼也名義の通帳を開いていた。だから知らなかったはずはない。
「それにさ、もうシェルターにいるんだからこっちのもんじゃん」
光汰はいたずらな目をして蒼也に合図を送る。蒼也は暫く考えて、ようやくわかった。もう蒼也の助成金を姉は使えないのだ。
「そっか、そうだった」
そう言って、蒼也もいたずらな目をして笑うのだった。
二人がコソコソと話をするから、四ノ宮は一応聞こえないふりをしていたけれど、アルファはあらゆる能力が大変高いため、二人の会話は全部筒抜けだったのだ。もちろん、後日四ノ宮は、個人的興味本位で石川家について調べたのであった。ただ、本当に単なる興味本位だったため、他の生徒会役員に教えもしなかったし、年末年始のパーティーで二階堂始を目にしたけれど、あえて伝えもしなかった。
そんなわけで色々と吹っ切れた蒼也は、光汰と一緒に願書をこの高校に提出した。週に一回ショッピングモールで顔を合わせる父親には伝えたけど、姉には連絡はしなかった。
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