第7話 初めての友だちです


 3歳のバース検査の後からシェルターで暮らしているという光汰は実にサッパリとしていた。自分が生まれたことで離婚したという両親については「所詮デキ婚なんて、そんなもん」と笑い飛ばしていた。

 第二次性の検査は三歳と十二歳にされる。医学の進歩に伴い検査結果の有効性は飛躍的に上がっている。不幸なオメガがうまれないよう、三歳の検査結果は夫婦で個別に確認することになっている。その際、ベータ夫婦の間の子にオメガの判定が出た場合、責任を持って成人まで育て上げるか、シェルターに預けるかを決断しなくてはならない。

 シェルターに預ければ一括で百万円が振り込まれ、その後その子どもとの一切の関わりを絶つことになる。逆に成人まで育てるを選択した場合、助成金が出る。最もその助成金は抑制剤などのオメガ特有出費で消えてしまう。だが、発情期を迎える頃に更に支度金で10万円が支給され、助成金の金額も上がるのだ。

 平凡なベータ夫婦には悩ましい決断を迫られるという訳だ。


 光汰の両親は離婚して、親権を持った母親が育てられないという理由でシェルターに預けたという経緯から、月に一回の面接が許可されていた。生活が安定したら一緒に暮らすと言っていたのに、再婚することになり、その頃には光汰もシェルターでの暮らしがあまりにも良すぎて、今更一般家庭になど憧れも興味も無くなっていた。だから、光汰の方から母親との縁を切ったそうだ。

 その逆が蒼也だ。

 三歳の時の検査で擬似オメガと出たため、両親はベータになるかもしれないという望みから一緒に暮らし続けた。だが、中学に上がり十二歳の確定検査でオメガと出た時、今更離れることなんて出来ないと決断してくれたのだ。だが、蓋を開ければなんてことは無い。母は蒼也の助成金が目当てだったのだ。もう中学生だから、蒼也も一緒に説明を受けていたと言うのに、母は助成金を黙って姉に使っていた。

 支度金の10万円を姉の塾の費用に当てたり、新型のスマホ代に当てていたことぐらい蒼也は知っている。姉がオネダリした時に、母が蒼也名義の通帳を見て「大丈夫、お金あるわ」なんて答えていたからだ。それを見た時蒼也の中で何かがストンと落ちた気がした。そうしてとどめがあの発言だ。

 おかげで蒼也の中で何かがザワザワと湧き上がり、ぐしゃぐしゃでドロドロとしてしまってのだ。


 父親と会う日曜日まで、蒼也はシェルターの自室で過ごした。一人で食べるのが寂しいというのはなくて、むしろ好きな物を存分に味わえるのは嬉しかった。小林に貰った参考書を開いて勉強したり、敷地の中をゆっくり散歩などしもしてみた。

 そうして迎えた日曜日、父親はショッピングモールの受付から小林と一緒にやってきた。会社に行く時みたいにしっかりとスーツを着ていた。蒼也は小林から渡されたスエット上下だと言うのに。


「蒼也、元気に過ごしていたか?」


 そう言ってきた父親の顔はどことなく疲れていた。


「うん。ここすっごいご飯が美味しいんだよ」

「そうか、良かったな」


 ご飯が美味しいのは本当のことだ。別に母の料理が下手というわけでは無い。育ち盛りの蒼也にとっては、毎日のご飯がなんだか物足りなかっただけなのだ。多分量が足りなかったのだと思う。ここで出されたご飯を食べたら、お腹がいっぱいになったから。


 小林がノートパソコンを開いてなにやら難しい話を父親にする。十二歳の確定検査の後に交わした書類については、蒼也が今の中学校を卒業したい。と願った為、特例で違反では無いことにしてくれた。通学についてはリモートを活用しつつ、毎朝小林が送ってくれることになった。理由は蒼也の担当になったから。公務員は大変みたいだ。

 明日の月曜日、蒼也を学校に連れていったら小林はそのまま学校側と話をするそうだ。通学方法と緊急連絡先の変更だ。それから進学先はオメガ保護法に基づき受験することも話すらしい。蒼也が一人で悩んでいた事は、あっさりと解決してしまった。


「蒼也は公立狙い?」


 学習室で入学案内のパンフレットを眺めていたら光汰がやってきた。


「まだ、なんにも決めてない」


 ようやくオメガが通える高校の情報を手に入れられて、その学校のホームページが見られるようになったのだ。未成年だから基本シェルターの移動は出来ないので、ここから通える高校を選ぶしかない。あとは自分の学力次第ということだ。


「知ってる?オメガは定員割れしないから、ちょっとぐらい足りてなくても落ちたりしないんだよ」

「足りないくても?って何が?」

「点数に決まってんじゃん」


 あっけらかんと答える光汰に、蒼也は目を見開いて驚きの感情を伝える。みんな志望校へのA判定のために必死だと言うのに、オメガだと言うだけでまるで裏口入学みたいなことが出来てしまうというのだ。


「オメガが通える高校は限られてるの。オメガ保護法の関係でね。設備と専門医の常勤が必須なんだよ。だから、公立の高校全部になんかできないじゃん?だから学区で一、二校ぐらいしかないわけ」


 確かに、シェルターと言うオメガ専用施設だと言うのに高校のパンフレットは五校しかなかった。そのうち三校は私立で、その中の一校は寮制だった。


「それにね、オメガの受験率でアルファの数が変動するって噂」

「なに、それ」


 それって情報漏洩はなのでは?守秘義務とか、どうなっているのだろう。なんて蒼也が考えていたら、光汰が見透かしたように笑った。


「受験申し込み、一次と二次があるだろ?オメガは高校が限られてるから一次でそのまま動かないけど、ベータは倍率見て動くじゃん。アルファはオメガの受験率で動くんだって。倍率とか関係ないんだよアルファは。だって優秀なんだもん。定員越えしてたら落ちるのはベータだろ?」

「そ、っか」


 言われて見えれば、去年姉がそんなことをぼやいていた気がする。オメガの受験率を気にしていたのでなんとなく記憶に残っていた。自然なオメガとの出会いを望むアルファなら、まずは学生のうちに、と言うわけだ。親類縁者からばかりと婚姻していては、血が濃くなる懸念がある。オメガはアルファの子を確実に妊娠できるから、男だろうと女だろうと、アルファの恋愛対象はオメガなのだ。ベータ相手に本気になるアルファはまずいない。アルファの本能が優秀な子孫を残そうとしてオメガを欲するのだろう。


「この辺っていわゆる昔ながらのベッドタウンじゃない?五代名家の分家筋が多いんだよね。だから純粋なオメガも多いけど、僕らみたいな隔世遺伝なオメガも多いんだよ」


 光汰がニヤニヤしながら話すから、何か悪いことを聞いているような気持ちになった。けれど、こう言った話こそが蒼也に足りない知識だった。周りにオメガはいなかったし、SNSなんかで探そうにも古いスマホはフィルタリングがきつくかかりすぎていて検索ができなかった。オメガの証明書を出せばスマホが格安で手に入ることを蒼也は光汰から聞かされたのだった。そんなわけで、期末テストが終わったら機種変更をしてもらえることになって蒼也は今からワクワクしている。そのためにもテストをちゃんと受けないといけないのだけれど。


「期末が終わってスマホ変えたら学校見学いこう」


 光汰に誘われて蒼也は二つ返事だった。何しろ、学校の友だちはみんなベータだったから、文化祭シーズンに一緒に行けなかったのだ。シェルターに来て、蒼也はやっと自分のしたかったことができるようになったのだった。


 

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