第6話 いざ潜入です


「部屋はここでいいかな?」


 コテージを出て、蒼也は小林に案内されてシェルターにやってきていた。背の高い木々は隣接するショッピングモールへの目隠しとなっているそうだ。手入れのされた芝生と花壇、建物をつなぐ歩道は幾何学模様のタイル敷きでまるで外国の公園のようだ。

 案内された建物は平屋建てで、自動度ドアを入ると白い手袋をした女の人が出迎えてくれた。建物ごとにいるコンシェルジュだと聞いて蒼也は驚いた。廊下は稲妻型になっていて、ドアを開けた途端に誰かと遭遇するようなことがないよう配慮された作りになっていた。

 公営の施設とはいうものの、五代名家が出資しているだけになんとも豪華な作りになっている。未来の番を守る為、の触れ込みは伊達ではないというわけだ。


「この建物は日常的に外出する人がすんでるんだ」


 言われればなるほどと納得出来る。コテージからは離れているけれど、ショッピングモールの入り口にはかなり近い。そこの側にバス停があるから、駅まで20分程でつくそうだ。買い物もしやすいし、高校生以上なら働くこともできるそうだ。

 ざっくりとした説明を聞きながら、蒼也は部屋の設備を確認した。未成年だからシェルター内の児童施設に入るのが通例なのだが、発情期を迎えて、なおかつ中学三年生という年齢も配慮された形になった。義務教育を終えるとこう言った単独棟に移ることになっているので、数ヶ月で移動するのなら最初からという事になった。と小林が教えてくれた。


「この棟は男性オメガ専用だからね」


 オメガしかいない施設とはいえど、やはり大元の性は配慮されているようだ。


「面会はお父さん、だけでいいの?」


 探るような目線を向けながら小林が聞いてきた。コテージで蒼也が言っていたことを気にしているのだろう。


「う、ん。お父さんとは、話、したい」


 蒼也は家出という扱いでシェルター預かりになっている。そもそも申告違反の警告をされるのは保護者であって蒼也ではない。発情期への備えとして自室のドアに鍵をつけたという申告はされていたが、部屋に非常食を常備している画像の添付はなかった。そのことを蒼也に聞けば「お母さんが買ってくれない」との返事しか来ないから困ったものだ。


「お姉さんとは仲悪いの?」


 思春期を迎えた頃にありがちなのは、身内にいる男オメガを同級生にからかわれたとして、そこから仲違いへと発展することだ。ベータのコミュニティにはありがちな現象として施設の職員たちは警告を鳴らしてはいる。


「別に、普通……だと思う。喧嘩とかしたことないし」


 蒼也は考えながら答えた。小さい頃はおやつやみたいテレビ番組などで小さな衝突はあったけれど、大きくなった今ではそもそも顔を合わせるのが夕飯の時ぐらいなのだ。それに、姉は蒼也のことをダシにして高校のアルファとお近づきになろうとさえしているのだ。


「オメガ性のことで嫌なこと言われたりはないんだ」


 小林は話をしながらもキーボードをちょこちょこと叩いている。蒼也の問診票のようなものを作っているのだろう。


「なんか、高校のアルファに  」

「ん?お姉さんの高校?」

「多分、そう。俺の写真      見せてるって」

「へぇ、お姉さんはアルファが好きなんだ」

「たぶんね、無理なのに」


 そう言ってから蒼也は思わず口に手をやった。それは知らずに出た本音でもある。蒼也の助成金で塾に行き、蒼也の助成金で高校に通う姉は高望みをしすぎている感がある。ちょっとだけ出来の良いベータなだけでなのに、アルファに擦り寄ろうとする浅ましさが透けて見えるのだ。


「なんでそう思うの?」


 そう言う小林は蒼也のことを見ていなかった。パソコンのモニターに映る文字を目で追っている。


「塾に行ってまで今のランクの高校に入ったんだよ。アルファがいるからって。そもそもさ、アルファがいる公立高校にはオメガもいるんだよ。勝てるわけないじゃんたかがベータなのに」


 また本音が出た。

 蒼也の助成金でなんでも手に入れようとする姉がうざかった。それを許す母も嫌だった。何も知らない父は、なかなか発情期の来ない蒼也の体を心配して、毎月専門病院に付き添ってくれている。でも、欲しいものがあると言えば、決まって言われることは「お母さんにお金をもらうんだよ」だった。家計の管理をしているのは母だったからだ。

 専門病院の医師は蒼也の首の擦れ後に気付いて軟膏は処方してくれるものの、ネックガードの購入は金銭的な絡みがあるためパンフレットを渡してくれただけだった。

 それでも、父は金額を見て「お母さんにお金をもらうんだよ」とは言ってくれたのに。


「俺の助成金使って塾なんか行きやがって」


 渡された自転車の鍵をカバンにしまってファスナーを閉める。カバンを持つ手に力が入り自然と目線がカバンに固定される。このカバンも、もう三年目だ。三年生に上がる時、さすがにくたびれてきたから新しいのが欲しかった。でも、その時言われたのは「あと1年なんだから」だった。姉は毎年買い換えて貰っていたのに。


「そのカバン、好きなんだ?」


 蒼也がカバンをギュッと持ったから、小林はそんなことを聞いてきた。

 カバンが好き?

 このカバンは中学に上がる前の春休み、近所の友だちとここのショッピングモール内の店でみんなで揃えて買ったものだ。好きかどうかなんか考えたことはなかったけれど、友だちとの繋がりのある品であるには違いない。


「  友だちと、お揃い」

「そっか、じゃあ大切なものだね」


 ニコニコと笑う小林には悪気なんてない。ただ蒼也のことを知るためにアレコレ会話の取っ掛りを探してくれているのだ。


「お父さんはね、今度の日曜日に来てくれることになってるから。その時に今後について話し合いをするんだけど、蒼也くんは進学先はもう決めてるのかな?」


 言われて頭を左右に振った。母が資料の取り寄せを手伝ってくれないから蒼也は学校に配布されたパンフレットをコソコソ見るだけだ。放課後や昼休みの進路指導室には、上位校を目指す生徒が熱心にパソコンとにらめっこしていて、そこそこ普通の成績でオメガの蒼也が入り込む余地は無い。

 スマホで検索しようにも、型が古いからか通信制限のせいなのか、なかなかみたいページが開かなくて、もう何度も挫折している。どうせオメガの行ける学校は限られているから、冬休みになったらココに来て話をするつもりではいたのだ。それがちょっと早まったのだと思えばいい。


「そうか、じゃあそれも含めて話し合いするように手配しておくからね」


 そう言って小林はまたキーボードをカタカタと叩く。こうやって色々と入力して蒼也のカルテを作っていくのだろう。


「あ、学校はね、発情期休暇で届けてあるから、今週はこのままおやすみね」

「え?休んでいいの?」


 一応受験生だから、今度の期末テストは重要なのだ。来月、なんて言っているけどあと二週間ぐらいしかない。


「学校には、俺が行って手続きしてあるから心配しないで。オメガ保護法があるからね、学校も強くは言ってこないし、高校選びはここでした方が簡単だよ」


 言いながら小林は数冊の参考書を出てきた。


「ここのシェルターに、同じ学年の子が三人いるから、一緒に勉強する?女の子が二人の男の子が一人、受験のこともあるから早めに友だちになった方がいいと思うんだ」


 小林に案内されてシェルター内の学習室に来てみれば、平日だと言うのに蒼也と同じぐらいの年頃の子が何人か座っていた。発情期の前後は学校に行かない子が多いのだと説明してくれた。


「光汰くん、ちょっといいかな?」


 小林が声をかけた光汰という名前の子は、薄い緑色のカーディガンを着て、参考書を熱心に解いていた。蒼也は邪魔したんじゃないかと内心ドキドキしていたのに、顔を上げた光汰は蒼也を見て満面の笑みを浮かべた。


「もしかしてこの子?この間のコテージの騒ぎの発情オメガくん?」


 一瞬ほっとしたのに、光汰の口から出てきたとんでもない話に蒼也は目を何度も瞬かせた。


「そ、うだね。その、コテージの子だよ」


 小林が声を潜めて返事をしたけれど、学習室の中にいる全員が蒼也に注目したのがよく分かる。


「は、じめまし、て、石川蒼也です」


 辛うじて名前だけは口から出てきた。


「初めまして、僕は高森光汰(たかもり こうた)だよ」


 そうしてやっぱり笑顔を向けて手を差し出してきたから、蒼也はその手をしっかりと掴んだのだった。

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