第5話 あくまでも確認です
「はじめまして、でいいかな?施設職員の小林です。こう見えても国家公務員だからね。安心してね」
「はぁ」
何を安心すればいいのかよくわからないので、とりえず蒼也は返事だけはしておいた。
「えっとねぇ、お家には初日に連絡してあるから心配しないでね」
小林はパソコンの画面を見ながら話しはじめた。
「あ、それから俺が蒼也くんの担当になったからね」
「担当?」
サラッと説明してくれるのは言いけれど、蒼也にはなんのことだか分からない。担当とは何の担当なのだろうか。
「ん?そりゃもちろん、ここはオメガの保護施設、通称シェルターだよ。だから、ここで過ごす間の蒼也くんの担当は俺です。心配しないで、守秘義務とかちゃんとあるから、だから国家公務員なの俺たち」
「…………シェルター」
ここでようやく蒼也は理解出来た。入口が分からなくてフラフラしていた時、声をかけてきたアルファが保護してくれたのだろう。そうして自分の意識の無い間にオメガの保護施設に匿って貰えたのだろう。説明会で聞いただけだから内部がどうなっているかは知らなかった。特秘されている場所なので内部の写真は貰ったガイドブックには載っていなかった。だから、こんなに豪華なホテルみたいな所なんだと蒼也は感動していたのだ。
「あ、それからのここはシェルターじゃなくてコテージなんだ」
「 」
それを聞いて蒼也は何度も目を瞬かせた。コテージ、コテージとは?確か未成年は使えない施設だったはずだ。
「蒼也くんね、シェルターの入口が分からなくて駐車場をウロウロしてたでしょ?その時アルファのお兄さんに声かけられたのおぼえてる?」
「な、んとな、く?」
「その人ね、蒼也くんが発情してるのに気が付いて慌ててコテージに連れてきちゃったんだよね。蒼也くんが誰かと待ち合わせしてるんだと思ったんだって」
聞けば聞くほど蒼也は背筋が寒くなった。衝動的に行動したけれど、それは随分と迂闊なことだったようだ。保護施設であるシェルターに併設されるようにコテージがあることは知ってはいた。もちろん、コテージが未成年の使用禁止となっていることも知っている。アルファとオメガが安全に出会える場所がコテージなのだから。
オメガはネックガードの登録情報で、アルファは審査が通った者にだけパスカードが渡される。入口のセキュリティチェックでそれらをかざして入ることができる仕組みだ。本来なら未成年の蒼也のネックガードは入場を拒否されるはずだったのだが、蒼也を保護してくれたアルファのパスカードが有効となったようだ。
「ここ、コテージ……」
蒼也は改めて部屋の内部を見渡した。大きなベッドは体格のいいアルファが使用しても問題がない様にかなり大きな作りになっていた。それを蒼也一人で使用していたのかと思うと大変申し訳なく思うのだった。備え付けの冷蔵庫に入っていた飲み物が豊富なのもそのせいだろう。オメガの発情期の間補充しなくても事足りるようになっているというわけだ。食事は、蒼也が先程したように、タブレットで頼んで出来たてを食べられる仕組みで、通常は相手役のアルファが操作するのだろう。
「ま、今回は特別。蒼也くんの使用申請を今からします」
「……あ、はい」
言われて蒼也は背筋を正した。使用申請なんて堅苦しい言葉は、滅多に耳にしない。せいぜい学校で部活の時のグラウンドや体育館の利用の時ぐらいだ。それだってするのは部長や副部長だから、部活を引退した万年ヒラ部員の蒼也には関係の無いことだった。
「じゃあ、先にこれ、蒼也くんのカバン」
小林はおもむろにテーブルの上に蒼也のカバンを置いた。通学用のカバンだから、凡庸なデザインの黒いカバンだ。
「ありがとうございます」
「自転車はねぇ、施設の駐輪場に置いてあるから心配しないでね」
そう言いながら自転車の鍵も渡された。付いているキーホルダーは修学旅行で買ったクラスメイトとお揃いの物だ。
「それで、失礼ながら蒼也くんのネックガードから情報紹介はさせてもらってあるんだ」
小林がノートパソコンの画面を見せてきた。蒼也のパーソナルデータが事細かにならんでいる。かかりつけの病院での診療履歴と処方された抑制剤の種類まで確認ができた。
「今回が、初めての発情期であってる?」
「はい」
「発情期なのに外に出たらダメでしょ?届出だと自宅で過ごすことになっているよ?」
「 」
言われて蒼也は黙り込んだ。それは蒼也も知っていた。発情期を自宅で過ごす様に部屋には父がか鍵をつけてくれている。ただ、母が渋って携帯食料の買い置きをしていないだけだ。あの話の感じから、おそらく母は発情期の蒼也の面倒を見るつもりはなかったと思われる。
「これ、蒼也くんのネックガード」
目が覚めた時から違和感はあったけれど、小林が持っていたのだ。どうりで探しても無いはずだ。無意識に外したのかと思いベッドの下を覗き込んだりしたのに。
「サイズ、あってないよね」
小林の表情が少し硬い。
「バレーボール部に所属してるんだ。それならスポーツタイプのネックガードが必要なんじゃない?」
小林はあえて口にしないだけで、じっと蒼也の首の辺りを見つめている。その目線がまるで蒼也を叱りつけているようで、蒼也は目線が定まらない。
「首の両端に赤い筋がある。サイズがあっていないから首を動かす時に付いたんだよね?成長期だもん。まして運動部に所属していたら汗もかくし、筋肉もつくよね。どうしてコレを使ってるの?」
「 って、言った 」
蒼也の口から言葉がポロリとこぼれ落ちる。
「欲しいって、言った。部活入って、オメガの先輩が使ってるのと、同じの欲しいってお母さんに言った」
蒼也は悪くないのに、蒼也が怒られているみたいで、蒼也はずっと言えなかった言葉を口にした。
「欲しいって言った。買ってて言った。 でもお母さん、お金くれなかった」
オメガ専用店に一緒に行くのが嫌なのなら、一人で買いに行くからと、お金だけ渡してくれればそれで良かったのに、母はお金さえ渡してくれなかった。支給品のネックガードを使っているのは自分のせいじゃない。蒼也はただそれを小林に知って欲しかった。ただそれだけだ。
「うん、分かったよ」
小林はそう言って蒼也に笑顔を向けた。それを見て、蒼也は方から力が抜けて、知らずため息のような息を吐き出した。
「ジャーン」
そんな蒼也の目の前に、小林はベージュ色のバンドを出してきた。おまけに自分の口でわざわざ効果音を付けてきた。
「なに?」
当然だが、蒼也は戸惑い目の前のベージュ色の物を指でつつく。
「これはねぇ、施設特性のネックガードですっ」
ちょうど小林の手に握られて肝心の場所が見えなかっただけらしい。小林がテーブルの上に置くと、指紋認証をする留め具の部分などがよく見えた。
「ここが指紋認証するところで、ここがデータを数値化したのを見るところ。素材は金属を織り込んだ特殊な布で、通気性もとてもいいんだよ」
「う、ん」
まるで店頭販売員の如く説明をする小林に、蒼也は驚いてしまい、辛うじて返事をするだけだった。
「ちゃんとね、俺これをつけて一ヶ月生活したんだから信用してよ。防水機能もついてるからお風呂もプールも問題なしだよ」
そう言って小林がウインクなんてするものだから、思わず蒼也は笑ってしまった。
「あ、笑ってくれたね」
そんな蒼也を見て小林が安心したような笑みを浮かべた。思わず笑ってしまったけれど、そんなに蒼也は心配させるような顔をしていたのだろうか。
「発情期の間、俺が抑制剤飲ませて食事の付き添いしてたんだけど、覚えてないよね?」
「 ぇえ、覚えてない、です」
そんなことを言われてしまって、頭の中をフル回転させたけど、どうにもこうにも何も思い出せなかった。辛うじて覚えているのは、駐車場で声をかけてきたアルファの顔ぐらいだ。おそらく上位のアルファだろう整った顔と均整の取れた体をしていた。ほとんど覚えていないけれど、先程の説明だとこのアルファが蒼也をこの部屋に運んでくれた事になる。姉が聞いたら悔しがること間違いない案件だ。
「そっかそっか、覚えてない方がいいこともあるよ。何回か経験すれば意識が保てる様になるらしいけど、人それぞれだからね」
話をしながら小林はノートパソコンに何かを打ち込んでいた。
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