第4話 目が覚めました
目が覚めたら知らない部屋にいた。クラスで流行っているラノベの主人公みたいだ。なんて思いつつも、体がベタベタしているというか、パリパリしていて気持ちが悪かった。おまけにこの匂いは知っている。
記憶が飛んでいるけれど、ベッドサイドに置かれたデジタルの時計を見れば、今日が何月何日で、あの日からどれぐらい経ったのかわかってしまった。あたりを見回しても誰もいないし、腰のあたりに鈍い痛みもない。強いて言えば指が痛い。それに、裸の自分の体をじっくりと見れば、自分が何をどうしたのかよくわかるというものだ。
「形変わってる」
最近切っていなかった爪が少し長くて、そのせいで少し傷つけたのかもしれない。ゴミ箱に入らなかった携帯食の空箱が床に散乱していた。それらを拾ってゴミ箱に捨てると、まともに捨てられていたにが薬のシートだけだとわかった。
「なんだって?」
テーブルの上に置かれた書き置きを見つけた。『起きたらここに連絡してください。シェルター職員小林』と書いてあった。それを読みつつ蒼也は風呂に向かった。教えられていなくとも、日本のホテルの作りは概ね変わらない。水回りの扉はたいてい一目で分かるものだ。
「着替えあった」
脱衣所にはスエットの上下と下着が一式置かれていた。袋に入ったままなので一目で新品と分かるものの、水通しのされていない下着の肌触りが気になるところだ。
簡単にシャワーで済ませるにはいささか問題のある状態なので、湯船にお湯を張りつつ小林に連絡を入れてみる。部屋に備え付けられた電話機を物珍しげに眺めながらボタンを押せば、ワンコールで出たものだから驚きだ。
「蒼也くん?体調はどうかな?お腹空いてる?そこのコテージでも食事は取れるけど、ショッピングモールで食べたほうがいい?」
「ここで、いいです」
平日の昼間にショッピングモールになんか行けるわけがない。蒼也は平凡な中学生なのだ。
「じゃあ、部屋の備え付けのタブレットで好きなもの注文してね。あ、お風呂の使い方わかるかな?」
「わかる。今沸かしてる」
「ならよかった。一時間ぐらいでそっちに行くからさ、部屋から絶対にでないでよ」
「はい」
喋り方はメチャクチャフレンドリーだけど、シェルターの職員ということは公務員さんだ。学校の先生よりも偉い人なんだと思うとなんだか緊張してしまう。
電話を切って、飲みかけのペットボトルを見つけたけれど、喉の渇きが満たされなかった。勝手知ったるなんとやらで、備え付けの冷蔵庫を開ければ色々な種類の飲み物が入っていた。
「サイダーだ」
家にいるとどうしても一本飲めないから、つい手が出てしまった。蓋を開ければ炭酸独特の破裂音がして、小さな泡が弾けるのが見えた。
「うっわぁ」
ペットボトルの小さな口から流れ込むサイダーは、喉に心地よい刺激を与えた。身体中が潤っていく様な気がして、堪えきれずに全部飲んでしまった。
「初めて一瓶飲んだかも」
家では姉と半分こさせられていた。体を冷やすから。と母がコップに注いで寄越すのだ。小さい頃からそうしてきたから、中学に入って部活でスポーツドリンクのペットボトルを、がぶ飲みする先輩が男らしいと感じたものだ。
「あ、風呂沸いた」
軽やかなメロディが聞こえたので、きっと風呂が沸いたのだろう。備え付けのタブレットで食事の注文もした。入口のドアの横に小さな扉があり、そこに食事が運ばれるらしい。その手の施設だから、人と顔を合わせないのはいいことだ。蒼也は安心して風呂に入った。
「あっちぃ」
ゆっくりと湯船に体を沈めれば、体のあらぬところがピリピリとした。
「俺、何したんだろ」
大体はわかっているけれど、怖くて確かめることなんてできるはずがない。なんとなくその辺りを丁寧に洗ってしまうのだった。
「すっげえいいドライヤー」
備え付けのアメニティが一目で高級品だとわかったけれど、備え付けのドライヤーも高級品だった。高校に進学した時姉がほしがったけれど、一月分の食費だと母が言っていた気がする。
使ってみればよくわかる。風は強いが音は静かで、蒼也の短い髪でもサラサラな仕上がりになったのだ。
「ま、シャンプーもすごかったけどな」
蒼也はそう独り言を呟きながら小さな扉を開けた。そこには蒼也が注文したすき焼き定食が置かれていた。
「すげぇ、肉霜降りじゃん」
大きなお盆ごとテーブルに運び、鍋の下の固形燃料に火をつける。ご飯は小さな鍋で一人前でけ炊かれていた。
「やっぱり卵も高級なのかな」
色鮮やかな赤い卵を割れば、出てきたのは白身の盛り上がった立派な黄身。きっと箸でつまんでも割れないやつだ。
グツグツと肉に火が入ったところでよくといた卵にくぐらせる。
「うんまっ」
こんなに美味しい肉生まれて初めて食べた。ご飯だって、ツヤツヤピカピカだ。夢中になって食べながら蒼也はふと思った。
(シェルターで暮らしてたらこれが普通なんかな)
確か助成金は毎月2万円だったはずだ。発情期を迎えると四万円になったはずだ。抑制剤が高いからだ。人によっては体に合わなくて特注することもあると聞いている。その場合保険が効かないこともあって助成金だけでは足りなくなるらしい。そもそも、ネックガードだって成長に合わせて買い換えるものなのに、母は買い換えてくれなかった。詰襟が当たって痛いし、部活で汗をかくから通気性のいいものが欲しかったのに、母は「運動部をやめればいい」とか言い出したのだ。
もう、その辺りで蒼也だってきづいてた。姉には新しい服や靴を買い与えるのに、蒼也には通学用のスニーカーだって安いものにしようとする。姉は夏期講習に行かせたくせに、蒼也には参考書代しかくれなかった。来年は受験なのに、なんの資料も取り寄せてくれないし、スマホも三年目だ。姉は高校入学で最新機種にしたのに、蒼也は中学入学の時に買い換えてもらえなかった。
約一週間放置していたスマホは充電が切れていた。そういえばモバイルバッテリーはカバンの中だ。カバンは自転車のカゴに入れたままだった。
「なんかめんどくさいな」
どうせ充電して電源が入った途端に通知が山ほどくるのだ。黙って家を出てきたからきっと姉が怒っている。姉は高校で弟がオメガだと言って、アルファから連絡先を交換してもらっているのだ。蒼也と一緒に写真を撮って、それを見せているらしい。今年のクリスマスはそのアルファの家で行われるクリスマス会に蒼也も参加するとか聞かされていた。
「あるじゃん充電ケーブル」
ベッドサイドに端子が伸びている。蒼也はそこにスマホをさしてベッドの上にスマホを置いた。電源が入ってぶーぶーうるさいから、上に枕を置いてみた。
「蒼也くん」
ドアがノックされ、誰かが蒼也を呼んでいる。
「施設職員の小林です」
紙に書かれた名前の人だった。
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