第3話 思惑が交差する


「あれ?始ちゃん、どうしちゃったの?」


 コテージのバーに戻れば一緒に来ていた佐伯が軽口をたたく。同じアルファであるのに、佐伯の気楽さが羨ましくおもう。確かに五大名家ではなければ、同じアルファであったとしても背負う責任というものが違ってくるというものだ。 


「どうしたもこうしたも、中学生だった」

「     はぁぁぁ」


 たっぷりと時間を開けて佐伯は息を吐き出す様に驚いた。そうして横から覗き込む様に始の顔を見る。


「中学生?なんで、どうして?コテージ使えないじゃん」

「そうだよ。シェルターに行きたかったみたいだった。ついでに言えば家出っぽい」


 最後の方は声をひそめる。マスターは分かっているのだろう。素知らぬ顔をしながらシェイカーを振っている。そもそも蒼也が中学生だと気がついたのはマスターなのだ。さすがは国営のコテージで酒を提供しているだけはあるのか、さりげなく情報通ということなのだろう。


「はい、いつもの」


 頼んでないのにいつものカクテルが目の前に出された。グラスに手をかけた時、マスターがそっと耳打ちしてきたのだ。


「あの子ね、本当は家で過ごす予定だったらしいよ。初めての発情期、親と何かあったんだろうね」


 マスターが耳打ちしてきたことは、よくあることだった。三歳の血液検査でオメガと判定を受けた時、これからしなくてはいけないことを個別に説明される。オメガとしてかかる薬代や家の設備、そしてオメガ保護法と保護施設シェルターについてだ。

 オメガとして覚醒していない第一次成長期の間は、ベータ家庭でも別段苦労せずに育てられる。問題は第二次成長期に入ってからだ。オメガとしての性の目覚めはすなわち発情期を迎えることだ。ベータ性にないことになるため、どうしたって理解はし辛い。

 先祖代々ベータの家系にアルファが産まれれば諸手を挙げて喜ぶのに、オメガが産まれれば忌み嫌う親戚の一人や二人はいるものだ。まして、思春期の性に敏感な年頃ともなれば、顔の知らない名前だけの学校にいるオメガを傷つける者も出てくることもある。

 そう言ったことも含めてシェルターの職員と話し合いをして、物心つく前に、と泣く泣く別れるベータの親が大半だ。オメガという性への未知と無理解が未だ根強い証拠である。

 もっとも、オメガである子を手放せば、助成金が一括で支払われるとあって、平凡なベータ家庭においてはオメガは金を生むことみなされてはいた。


「金の絡みかな」


 佐伯が小声で言ってきた。この手のゴシップは最も喜ばれる。特にベータのコミュニティにとって、オメガを金を生む存在として扱う話は大好物なのだ。


「多分な。ネックガードが支給品だった」

「助成金目当ての親に嫌気がさしたか」

「発情期を迎えると、助成金が跳ね上がるからな」


 そんなことを言いながら、始はカクテルのグラスを弄んだ。思い出すのは発情して潤んだあの子の瞳だ。名前を意図せず聞いてしまったが、おそらくあのまま施設に入ることになるだろう。だが中学生だということは五、六年は待たないといけないわけだ。


「施設に入ればリストに載る様になるな」


 佐伯が下卑た笑みを浮かべたので、軽く小突く。ロマンティストなアルファがシェルターに入ったオメガをリスト化したのはずいぶん前のことだ。今では十二歳の確定検査のデータベースを使って運命の番を極秘に探し出すアルファもいるほどだ。


「まぁ、シェルターに出資しているからね。視察と称して会うことはできるけど」


 今日の出来事で運命ではないことぐらいわかっている。ただ初めての発情期で潤んだ瞳と、控えめに漂うフェロモンが心地よかったことは確かだ。


「中学生だぞ」

「でも、婚約者にしちまえば連れ出せるだろ?」


 人ごとだと笑う佐伯が心底憎たらしいと思う始であった。

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