第2話 そして発情


「あれぇ、君こんなところになんでひとりなの?」


 目的の場所にたどり着いたけど、入口がわからなかった。もしかするとショッピングセンターの方からしか受け付けに入れないしくみになっていたのかも。とか考えつつも、日も沈み寒くなったし、ずっと自転車を漕いできたから膝がガクガクしてた。今更あんな明るいところになんかいけない。

 それに、マフラーで隠しているのにバレている。今目の前にいるのはアルファだ。見目の整った顔立ちに、品の良さそうな服装で、穏やかで優しそうな声までしている。


「誰かと待ち合わせ?中に入りなよ風邪ひくよ?それとも車で迎えにきてくれるのかな?」


 駐車場の端に自転車を適当に停めたけど、施設の入口ではなくどうやらコテージの入口の方に来てしまったらしい。コテージはアルファとオメガが安全に出会うための国が運営する施設だ。発情期のオメガが安全に過ごせるホテルも併設されている。

 だから、未成年は使用が禁止されている。

 未成年のオメガはシェルターの方で発情期を過ごすことになっている。基本無料で。もちろん事前申請しておかないといけないのだけれど、緊急時は例外で後日書類を出せばいい。もし街中でうっかり発情してしまったオメガがいたら、専用の救急車でこう言ったシェルターに運び込まれるシステムになっている。

 だから、蒼也は自分で手続きをしてしまおうとやってきたのだ。まだ発情期は迎えていないけれど、蒼也のためのお金をこれ以上姉のために使われては堪らない。新しいネックガードも欲しいし、発情期を一人で過ごすためのアイテムだって欲しい。それなのに母は蒼也にお金を渡してくれないのだ。

 おまけにあんなことまで言われてしまっては、思春期の繊細な心は傷だらけだ。


「違う、俺    シェルターに」


 自転車を漕ぐから鼻が寒くならない様にマフラーをマスクより上にしていたから、なんだか喋り辛かった。慌ててマフラーを下げようとしたら、目の前のアルファが慌てて蒼也の手を止めた。


「だ、だめだよ。君発情してるじゃないか」


 いうや否やアルファに横抱きにされてコテージに連れ込まれてしまった。


「マスター、ヤバい、この子発情してる」


 自動ドアをギリギリですり抜ける様にして、蒼也を抱きかかえたままアルファがコテージの中の開けた場所に入っていく。外の暗さに対して人工的な明かりが、いきなり蒼也の目に飛び込んできた。その眩しさに蒼也はぎゅっと目を瞑った。


「あれ、始ちゃんお持ち込み?」


 おどけた声が聞こえてきたけど、蒼也を抱きかかえるアルファはその声を無視した。


「部屋に案内するよ」


 マスターと呼ばれた男性が蒼也を抱えたアルファを案内する。そのままホールを抜けて階段を上がり空いている一室に入っていく。


「二階堂くん、この子誰?見かけない顔だけど……って」


 ベッドに寝かせられた蒼也を見てマスターの声が引きつった。


「この子中学生だよ。ほら、この校章隣町の中学校だ」


 マスターが、マフラーに隠れていた蒼也の制服に付けられた校章を目ざとく見つけた。


「職員に連絡するからな」

「そ、ですね」


 蒼也を寝かしつけた始は自分のポケットから抑制剤を取り出し飲み込んだ。


「それなぁに」


 ぼんやりとした目で始を見ていた蒼也は、始が口のしたものが気になって仕方がない。何しろ始めて見たアルファだ。


「抑制剤だよ。目の前に君みたいに可愛いオメガの子が発情して寝てるんだ。欲望を抑えられないから、薬を飲んで自主規制するんだよ」

「なんで?」


 まだ自分が発情している自覚のない蒼也は目の前のアルファの行動が不思議でならない。そもそも可愛いオメガの子とはどういう意味なのだろう。何度も瞬きをしながら、蒼也は自分の体が熱いことに気がついた。

 首のマフラーを外そうと手を伸ばすと、その手を始が止めた。


「ダメだよ、アルファが目の前にいるのに首をさらしちゃ」

「だって熱い」


 それでも蒼也は手を動かしてマフラーを緩める。


「ネックガードしてるんだ」


 どこかホッとした様な声を出し、始が蒼也のマフラーを外してくれた。


「ここですか?」


 バタバタとした足音を立てて入ってきたのは施設の職員である小林だった。


「小林さんが当直でしたか。大当たりだよ今夜は」


 マスターが笑いながら言って扉を閉めた。


「何が大当たりなんです?」


 タブレット一つだけを持ってきた小林は、ベッドに寝かされた蒼也を見て目を見開いた。


「学生服?うちのシェルターの子じゃない、よね?」


 そう言って蒼也の顔を覗き込み、すぐに蒼也の首に手を当てた。


「これ支給品?きついんじゃない?」


 蒼也のネックガードを照会しようとして小林はふと気がついた。


「二階堂さん?…………ぇえ?」

「誤解するな。コテージの外に一人で立っていたんだよ。声をかけたらこの子発情してたんだ」

「そ、それは失礼しました。  じゃあこの子かな?防犯カメラに映っていたの。見に行こうとしていたんですよね」


 小林は蒼也の詰襟のフックを外して蒼也の首筋に機会をあてた。


「うん。フェロモンの値が高いね。ねえ、君お名前は?」

「いし    か わ そ うや」


 首元は涼しくなったけど、体の熱は全く下がらなくて、それどころかどんどん熱くなっていく。それに頭がなんだかぼんやりしてきた。


「石川蒼也くんかぁ…………始めての発情期?それなのに一人で来ちゃったの?」


 タブレットに出てきた情報を見て小林は驚いていた。もちろん、それを聞いて始だって内心驚いていた。制服を着て、マスクもしてマフラーもしていて、別段薄汚れている様なこともない。それなりにきちんとした家庭で育ってきた子だろうに、どうして一人でこんな時間に来てしまったのだろうか。施設の使い方だって、家庭での過ごし方だって、レクチャーを受けているはずなのに、そううがった考えが頭をよぎる。


「お家の人には言ってあるの?」


 小林が優しく尋ねると、蒼也は小さく頭を振った。


「そうか……困ったな」


 言いながら小林はタブレットの画面をスクロールさせていく。


「もうね、数値がずいぶん高いんだ。本当は未成年はコテージの使用は許可されないんだけど、今更シェルターに移動もできないからここで過ごそうね蒼也くん」


 そう言って小林は蒼也の髪をひと撫ですると、振り返り始を見た。


「二階堂さん、未成年オメガの保護ありがとうございました。この後は私が処理しますのでどうぞご退室を」

「………………はい」


 始は素直に部屋を後にした。

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