濡れた花火

クロノヒョウ

第1話



「マコ、これ……」


「あっ……」


 奏真そうまが手に持っていたのは夏に買っておいた花火の袋だった。


 夏は花火だよねと言って奏真が買ってくれた花火。


「ちょっと公園行ってやらない?」


「今から?」


「うん」


 奏真は嬉しそうに花火を見つめていた。


「寒いよ?」


「いいじゃん。あったかくしてこ」


 冬の夜にダウンを着こんで私たちは花火をしに公園へ行った。


 誰もいない公園。


 『花火のゴミは持ち帰りましょう』と書いてある看板。


 唯一花火が出来る場所があるからと言って半年前に買っておいた花火。


 奏真は持ってきたロウソクに火をつけて花火の袋を開けた。


「はい」


 差し出された袋から適当に一本取った。


 (私はこんなところで何をやっているのだろう)


 ふと頭の中にそんな考えがよぎった。


 さっき奏真に別れてほしいと言ったばかりなのに私は……。


『子どもができたら結婚しような』

『早く子どもほしいよな』

『俺たちの子どもは絶対可愛いぞ』


 奏真はいつも口ぐせのように言っていた。


 私だってそう思っていたしそうしたかった。


 奏真と出会って三年。


 付き合ってからすぐに一緒に暮らし始め私たちは幸せでいっぱいだった。


 奏真を愛していたしずっと一緒にいるものだと思っていた。


 なかなか子どもを授かれずに不安になった私は検査をし、今日、医者に衝撃の事実を突きつけられた。


 ショックでたまらなかった。


 悩みに悩んだすえ、私は奏真に別れを告げた。


 あんなに子どもが好きであんなに自分の子どもをほしがっている奏真。


 そんな奏真の子を産むことが出来ない私なんて奏真と一緒にいる資格はない。


 まだお互いに若い。


 私といるより早く次の人を見つけるべきだ。


 私はそう自分の中で結論付けた。


 (綺麗だな……)


 手に持っていた花火が綺麗なピンク色の光をキラキラと輝かせていた。


「冬の花火も案外いいよな」


 わかってる。


 別れようと言ってから奏真は何も言わない。


 奏真は優しいからきっと何も言えないのだろう。


 だから私は部屋を出ていこうと荷物を片付け始めた。


 そんな時に奏真が持ってきた花火。


 私たちはただ黙々と花火に火をつけていった。


「はい、これが最後」


「ん」


 最後はやっぱり線香花火だよな、と言いながら渡された花火。


 (これが終わったら……)


 いやだ。


 このままずっと終わらないで。


「マコ?」


 奏真が私の頭を優しくぽんぽんと撫でてくれた。


 何だろうと思い顔を上げて奏真を見て初めて気づいた。


「あっ」


 私はずっと泣いていたのだ。


 頬が涙でびしょびしょだった。


 奏真の顔がぼやけてよく見えなかった。


 ああ、だから花火がキラキラしてたんだ。


 涙ごしの花火がキラキラ輝いていて綺麗で……。


 奏真は私の手を掴んでベンチに座らせた。


 少しして奏真が大きく深呼吸した。


「マコ……結婚しよう?」


「え?」


 私はハンカチで涙を拭きながら奏真を見た。


「結婚しよう、俺たち」


「ちょっと何言ってるの奏真。もしかして同情……?」


「違う」


「私なら大丈夫だから、心配しなくて大丈夫だから」


「違うって。そんなんじゃない。ずっと考えてたんだ」


「何……」


「マコを愛してる。こんなに愛してるのにどうして別れなきゃいけないんだろうって」


「私だって奏真のこと愛してる」


「だったら! ……だったら別れる必要ないじゃん」


「でも……」


「マコ、俺はマコを愛してる。マコも俺を愛してくれてる。それだけじゃダメ?」


 私の顔を覗き込む奏真の顔がまた涙で見えなくなってきた。


「マコと別れることなんて想像出来ないよ。俺の未来にはマコしかいないから」


「奏真……」


「子どもがいない夫婦なんてたくさんいるよ。その分二人でいっぱい遊ぼう。二人でいっぱい楽しもう。な?」


「でも」


「でもは無し! ね、マコ。結婚しよう」


「……うん……ごめんなさい……」


「あはっ、どっちだよ」


「子ども……産めなくてごめんなさい……でも、私も奏真と……一緒にいたいです」


 私は泣きながら奏真の胸に顔をうずめた。


「はは、謝らなくていいよ。俺のほうこそマコに辛い想いをさせてごめんな」


「ごめんなさい……」


 私はしばらく奏真の胸で泣いていた。


 ようやく落ち着くと、私は手に線香花火を持っているのを思い出した。


「奏真、これ」


「ん? ああ、最後の花火やって帰ろ」


「うん」


 奏真は花火に火をつけた。


「あれ?」


「どうした?」


「火がつかないの」


 私は何度火にかざしてもつかない花火を奏真に見せた。


「はは、マコが泣くから、涙で濡れてんじゃん。もうこれはダメだな」


「そんなぁ」


「ほら、これ一緒に持って」


「うん」


 私が奏真の花火を持つと奏真はその手を優しく包むように持ってくれた。


「マコ、ずっと一緒にいような」


「……はい」


 私たちは見つめあって笑っていた。


 この冬の花火はきっと一生の想い出になるだろう。


 そしてこの濡れてしまった花火のことを、今日のことを忘れないように大切に心の引き出しに閉まった。



          完




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