終章

第59話 異世界帰りの趣味人おっさんは、魔法少女の師匠である!


 ピシャッ、ゴロゴロゴロ……。


 雷鳴鳴り響く魔族の国、デモニカエンパイア。

 その中心部にそびえ立つ、ダーク大帝の住まう暗黒城ダークキャッスル。



「そうか、ベビフェスは逝ったか……」


 玉座の間で報告を受けたダーク大帝は、闇の体を軽く身じろぎさせた。


「あやつは四天王の中でももっとも向上心が高く、鮮烈に輝いた存在じゃった」


「………」


 ダーク大帝の前にひざまずくブット・バス将軍とP・ジーニアスは、しみじみと零れたダーク大帝の言葉に同意するように、深く頭を垂れていた。


(あいつ、オレをことあるごとに頭まで筋肉の筋肉ダルマと褒め讃えてくれる、好漢だった)


(あいつ、ボクの研究成果黙ってパクッてっては勝手に実験してくれる、いい奴だったな)


 惜しい存在をなくしたと、三人ともにしみじみと哀悼する。



「ダーク大帝、療養中のマジョンナ様からも弔辞が届いております」


「うむ、読もう」


 ウミウシのような部下が触手を伸ばして届けた手紙をダークハンドで受け取って、大帝が中を検める。

 手紙には、ため息が出るほどの美しい文字で、彼女の想いが綴られていた。



“順当”



「………」



 ダーク大帝はそっと手紙を片付けた。



「……うむ。此度の一件で、くまモト市の魔法少女リリエルジュの強さが常軌を逸したものであることがより鮮明となった。我らも自らの力をより高め、ことに当たるのじゃ!」


「「ハッ!」」


 敵は強大。

 対して彼らは……。


「我が運命は、いずれオレが必ずや、必ずや……!」


「うむ。ますます己の研鑽に励めよ。ブット・バス」


 ブット・バスは、さらなる成長を誓い。


「大帝陛下。スキルの研究が、もっとしたいです……!」


「諦めたらそこで試合終了じゃからの。新たに追加予算を工面しよう。P・ジーニアス」


 ジーニアスは、さらなる発展を望み。


「………」


 マジョンナは療養中で不在!


「うむ。それぞれに渇望するまま、欲望のまま、邁進まいしんせよ!!」


「「ハハーッ!」」



 ピシャッ、ゴロゴロゴロ……。


 雷鳴鳴り響く魔族の国、デモニカエンパイア。


「新たな四天王よ、ここへ!!」


 世界を欲望に染め上げようとする魔族の勢力は、いまだその勢いに陰りを見せない。



      ※      ※      ※



 パァーッ、サラサラサラ……。


 光満ち流れも清き魔法の国、マジックキングダム。

 その中心部にそびえ立つ、クイーン・ブライトの住まう光輝城ブライトキャッスル。


「……ん。地球産の紅茶は素晴らしいですね」


 遠く流れ落ちる滝を眺めながら、女王は一人、ティータイムを行なっていた。


「チームピクシーのみなさんは、本当に奇跡を起こしてくれましたね」


 彼女の傍で展開している光のスクリーンには、奇跡の力を使う魔法少女たちの姿が映し出されている。


「リリエルジュによる合体技クロスミラクルが行なわれた記録は過去に一度のみ。あのときはまさに激闘と言っていい日々でした。こうしてまた奇跡の力を見ることができたのを喜ばしく思いますが、同時に少し、憂鬱になってしまいますね……」


 スクリーンを撫でて消したクイーン・ブライトは、静かに深く息を吐く。

 その吐息は確かに言葉通り憂鬱そうな、けれどそれだけではない何かも含まれているようで。


「彼との出会いが、一体どれだけのうねりとなってマジックキングダムを変えるのか……見守りましょう」


 新たに表示されたスクリーンに映されるのは、激流を今も生み続ける稀人レアブラッドの姿。


「……彼をこちら側に引き留めるためにも、彼女たちには頑張ってもらわないといけませんね」


 目を細める女王の胸の内を知る者は、今はまだ誰もいない。



      ※      ※      ※



 今頃はきっと、光の勢力も闇の勢力もなんかそれっぽいことを言っているんじゃなかろうか。


(そう思えるくらい、このあいだの戦いは集大成って感じだった)


 世間がクリスマスシーズンに突入し、俺も今年最後の仕事を終えての帰り道にふと、思った。


「思い返してもとんでもない戦いだった。俺もまだまだだな」


 “異世界で魔王を倒す”……なんて物語一本分を終わらせた存在が、続編であっさりと死んでしまう……なんて展開は、意外によくある。

 これからはそういう隙を見せないよう、普段からマジックアイテムを忍ばせるくらいはしておくことにした。


(おかげで能力値補正がかかってますます仕事が捗ったが、致し方なし)


 いよいよ仕事の鬼だとか言われ始めたが、それもこれも俺の幸せな趣味の時間のためだ。


(今年の年末はどう過ごそうかな。漫画を読んだり映画を観たり、どこか有名な神社に出かけて年越しを過ごすのもいいな)


 まだクリスマスすら迎えてないのに年末のことを考えるのか?

 侮るなかれ、時間ってのはすぐに過ぎ去っていくものだ。予定は大事なのである。


「あの子たちと出会ってからの時間は、本当にあっという間だったからな」


 丸々数えて4ヵ月。

 彼女たちと出会ってからの俺の日常は、間違いなく騒々しく、慌ただしくなった。


(でも、それは決して嫌なものじゃなかった)


 受け入れる度、深く知る度。

 彼女たちの持つキラキラが、俺を魅了してやまなかった。


 今じゃもう、彼女たちのお師匠様も、立派な俺の趣味ライフワークだ。



「年末、予定どうするか聞いてみようかな?」


 どうせ彼女たちのことだ。 

 今日も俺の部屋に入り浸っていることだろう。


 どう見ても子供なのに、子供じゃない。

 かといってしっかりとした大人なのかと言われれば、そうとも言い切れない。


 幼さを残しながらも、しっかりとした自分を持った、人々に夢と希望を与える少女たち。


「さてさて、どんな返事がかえってくるやら」


 彼女たち相手にはまったく意味のない扉の鍵を解除して、ドアノブに手をかける。


「あっ、帰ってきた!」


「やば、お菓子出しっぱなし!」


「あんたたちホンットだらしないんだから!!」


 扉の向こうが、もうすでに騒がしい。


「ははっ」


 俺は思わず笑ってしまいながら、ドアノブを回して扉を開けた。



 扉の向こうでは、6人の美少女が俺の帰りを待っていた。


「お帰りなさい。雄星さんっ!」


 その真ん中で、全体的に青っぽいイメージの女の子が、一番に俺に挨拶する。


「ただいま」


 それに笑顔を返したら。


「おかえり! ゆう兄!」


「おかえりなさい、お兄さん。待ってましたよ」


「ゆーせー、あそぼー? あそべー」


「お師匠様おかえりー、パトロール頑張った弟子をねぎらってぇー」


「ちょっと雄星! あんたもこいつらの師匠なら、もうちょっとシャキッとするよう指導してくれないっ!?」


 次々と浴びせられる言葉の雨と、わちゃわちゃ。

 すぐに囲まれて腕を引かれて、家の奥へと引きずりこまれてしまって。


「ちょっと! ミドリは昨日すんごい話し込んでたじゃん! ゆーうーにーいー!」


「ゆーせー、こっちー」


「妹のモノは姉のモノ。コクリのモノはわたしのモノ」


「クゥちゃんクゥちゃん。今日はあたしさんが反対側座るねぇ?」


「だーかーらー! あんたたち甘えてないで訓練とかしなさいったらー!」


 およそ想像だにしていなかった日々が今、ここにある。



「雄星さん、大丈夫ですか?」


「アクアちゃん。大丈夫だよ。これはこれで、とても楽しいからね」


「そうですか」


 ソファに腰かけもみくちゃになっている俺を、アクアちゃんがジーっと見つめていると。


「……えいっ」


「うおっと!」


 不意に真正面からぎゅっと飛びかかられて、密着レベルで抱きしめられた。

 両手をそれぞれクゥちゃんとネムちゃんに奪われていた俺に抵抗なんてできるはずもなく、両手どころか左右正面に華が咲く事態になった。


「えへへ。雄星さんっ」


「すっかり甘えん坊だな」


 もともとその帰来はあった。

 でもそれは、あくまで環境がそうさせていたものだと思っていたが、違ったらしい。


 魔法少女たちの中で、ただ一人。

 使い魔を得られなかった女の子。


 そんな少女の寂しさを、俺という存在が今、埋めているというのなら。


「ま、いいけどな?」


「ありがとうございますっ」


 もうちょっとくらい甘く向き合っても、バチは当たらないだろう。


「あー、アクアずるい。クゥももっとぎゅーってするー」


「そうだそうだー、アクアちゃんにばっかり甘いのはずるいよぉ? えいっ」


「それならワタシもー! とりゃー!」


「これは合法的に抱き着くチャンス。とーぅっ」


「ぐあーーーー!!」


 なんて、考えてたら5人分の重りが……あれ? もっと重い?


「ふ、ふんっ。よしなにするっていうのなら、こういうときくらいは乗ってあげなきゃね?」


「おお……!」


 6人分の体当たりに、ソファさんがギシギシ言っている。


「ゆーせー」


「ゆう兄!」


「お師匠様!」


「雄星!」


「お兄さん!」


 口々に俺の名を呼ぶ彼女たち、一人一人に目を配る。

 どれ一つとしてかけがえのない笑顔がそこにある。


「雄星さんっ」


 真正面で満面の笑顔を見せるアクアちゃんは、とってもキラキラしていた。


 この笑顔を見てしまうと、俺はやっぱり、もっとキラキラさせたくなってしまう。


「なぁ、みんな。年末なんだが……」


 そうして俺が告げた言葉は、彼女たちのキラキラを数割増しに輝かせることになるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あと1話、続きます!

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