第58話 一件落着! おかえりなさい、雄星さんっ!! 


 みんなと力を合わせて、初めて姿を現した奇跡の力。


「「「ピクシークローバータクト!!!」」」


 再び想いを束ねて、世界に願うのは。


(雄星さんっ! 雄星さんっ! 雄星さんっ!!)


 私を助けて大怪我を負い、敵の魔の手にかかってしまった大切な人の帰還。


(お願いします! 雄星さんを、私の、みんなの元に返してくださいっ!)


 天に掲げたタクトが震える。

 目に見えない何かに圧されて、今にも手からはじかれそうになる。


「みんなっ!」


「わかってるよぉ!」


「この手はぜったーーい!」


「離さ、ない!」


「クゥたちの、おねがい……!」


「あんたに託してんだからね、アクアーーーーーー!!」


 みんなのタクトを絡ませて、祈りを捧げる。



「「「はあーーーーーーーー!!!」」」



 タクトの先端に光が灯る。



「ゆう兄!」


「お兄さん!」


「お師匠様!」


「ゆーせー!」


「雄星!」


「……雄星さんっ!」



 光が、はじけた。



「「「!?」」」



 はじけた光はそのまま消えて。

 塗り替えられていた世界も元に戻って。



「雄星さんっ!!」


 あの人がたおれた場所には。


「!」


「そんな……」


 何も存在しなかった。


「あっ」


「タクトが……」


 奇跡を起こす魔法の道具も消え去って。


「え、え、何。どういうこと?」


「お兄さんは?」


「消えて、なくなってる……って、ことは、さぁ」


「ゆーせー、もどってこなかった?」


「そん……」


 そんなはずはない、という言葉さえ言えなかった。

 だって。


「……私たちの力不足、だったっていうの?」


「………」


 ただ事実として、そこにあの人がいない。



「ぁ……」


 膝から崩れ落ちる。


「ぁぁ……」


 奇跡は、起きなかった。


「ぁぁぁぁ……!!」


 起こせなかった。


「雄星さん、雄星さんっ!! うわああーーーーーーっ!!」


 私たちは、夢と希望ハッピーエンドに届かなかった。


(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。雄星さんっ!!)


 結局最後の最後まで、私はあの人から、奪うばかりだった。


「ごめんなさい、雄星さーーーーーーんっ!!」



「大丈夫。彼は無事です」


「え?」



 空を満たしていた雨雲が、パッカリ四辺にくり抜かれて、晴れへと変わった。


「チームピクシーのみなさん。よくぞ奇跡を起こしてくれましたね」


「……その声は、ブライト様?」


 私たちの前に光の筋が走り、扉の形を取って開けば、中からキラキラとブライト様が現れて。


「ピクシークローバータクト。夢と希望を力に変える奇跡の御業、確かにこの目にしました」


 そして。


「……うん。俺も、みんなの活躍をちゃんと見てたよ」


 その後ろから。


「雄星さんっ!」「雄星!」「ゆーせー!」「お師匠様!」「ゆう兄!」「お兄さん!」


「あー、えーっと、はい。俺です」


 雄星さんが、姿を現した。




      ※      ※      ※



 目を覚ましたのは、自室だった。


「ぁ? ぁー……」


 むくりと身を起こせば、ボロボロの体はそのままで。


「いちち……ん、これは?」


 知らず右手に握っていた物を確かめて、俺は自分が助かったことを理解した。


「……身代わり人形、か」


 俺の手の中でひび割れ砕けた木の人形。

 それは異世界ファンタルシアで手に入れたマジックアイテムだった。


(身につけた者が受ける致命の一撃を代わりに請け負い、さらに身代わりを残し使用者を安全な場所へ転送するレアアイテム。俺が家に移動しているのもこのアイテムの効果か)


 今頃は、俺そっくりの人形が、あっちでも形を失って無に還ってるくらいだろうか。


「なんにせよ、すぐにみんなのところに行かないと……」


 『治癒』や『白魔法』でサクッと傷を癒やし、現場に戻ろうと『転移門』を使おうとした。


 そのときだ。


「お待ちください。戸尾鳥雄星さん」


「!?」


 突如として宙に光の筋が走り、扉の形を取ると、中から小さな女の子が出てきた。

 彼女は俺を見上げると、見た目以上の深みを持った柔らかな笑みを浮かべて告げる。


「こうして直接顔を合わせるのは初めてですね。戸尾鳥雄星さん」


「……まさか、ブライト様!?」


「はい。お察しの通りです」


 光り輝く白い衣に身を包んだ、上品な立ち振る舞いの彼女こそ。

 魔法の国の女王様、クイーン・ブライトその人だった。


 彼女は、俺が開こうとしていた『転移門』を指さすと。


「それを使うのは、もう少々お待ちいただけないでしょうか?」


 そう言って、真剣なまなざしを俺に向けてきた。


「それはどうしてか、うかがっても?」


「えぇ、こちらを見ていただけますか?」


 俺の問いかけにブライト様は頷くと、光のスクリーンを展開し、みんなの様子を映し出した。


「!? みんな!」


 そこでは邪悪な怪獣めいた化け物を前に、素の状態で向き合う魔法少女たちの姿があった。



「助けに行かないと……!」


「お待ちください!」


 再び『転移門』を開こうとした俺の手を、ブライト様が掴んで止めた。


「さすがにこれは!」


「お願いします! あの子たちを信じて、見守ってあげて欲しいのです!」


「ぅ……」


 今にも泣きそうな、縋るような声と視線にみんなの姿が重なって、動きが鈍る。


 開きかけた『転移門』はそのままに、俺はブライト様に尋ねた。


「何か、大丈夫だと思える根拠があるんですか?」


「彼女たちの、瞳です」


「瞳?」


 ブライト様がスクリーンをスライドさせて、魔法少女たちの表情を映していく。


「瞳……」


 何やら作戦会議をしている様子の魔法少女たち。

 確かにその瞳は、誰一人として……。


「……諦めて、ない」


「はい」


 ブライト様は、この瞳を信じている、ってことか。


(アクアちゃん、みんな……)


 幸いにして、アクアちゃんはみんなとギクシャクした様子もなく、無事合流できたようだ。

 巨大な敵を前にして、覚悟を決め合った彼女たちは、勇気を振り絞って前を向く。


 キラキラのまなざしがそこにあった。



「……わかりました」


 『転移門』を閉じる。


「ありがとうございます。万が一のときには、私も力を振るいます」


 そうして俺たちは、魔法少女の戦いを見守ることにした。


 結果は想像以上。

 まさに奇跡の大勝利と言える結末を迎えた。


 っていうか。


「新しい共通のアイテムに、合体技!」


 完全に、ニチアサ魔法少女モノのパワーアップイベントそのもの!!


「見ましたか? 見ましたか!? チームピクシーのみなさんが! 奇跡を起こしましたよ!」


「見ました見ました! すごい! こんなことが起こるなんて!」


「あぁ、こんな奇跡はもう2度とは見られないと思っていました!」


 その活躍をブライト様と一緒に、キャーキャー言いながら俺たちは楽しんでいた。


「あっ、またあの子たちがピクシークローバータクトを使いますよ!」


「おおっ!」


 なんて、ワクワクドキドキしてたところで。


「「あっ」」


 その顛末を見届けた俺たちは、自分たちがどれだけ罪深いことをしていたのかを思い知った。



「ブライト様! 急いで! 急いで行きましょう!」


「はい! はい! すぐに光の扉を開きます!!」


 こうして俺たちは大急ぎで現場へと向かい――。



「――今に至る、というわけだ」


「あの、その、申し訳ありません。みなさんの活躍があまりにも素晴らしく……」


 俺の隣でブライト様が頭を下げた。


「ごめん! まさかみんなが俺を蘇らせるために必死になってただなんて思い至らなくて!」


 俺もみんなに向かって頭を下げる。

 そんな俺たちを待っていたのは、当然ながら。


「「「………」」」


 みんなからの、重苦しい沈黙だった。



      ※      ※      ※



「本当にごめん! みんなのために俺にできることがあるなら、何でも言ってくれ!」


 さすがにここまでされて許してくれって言うのは虫が良すぎる。

 せめて俺にできることで償わせて欲しい。


 そう思っての言葉だったが……。



「……だってさ?」


「これは、言質を取ったと見ていいかと」


 そんな、コクリちゃんとミドリちゃんのやり取りに始まって。


「うえへぇ。なら、とびきりでいろいろなご褒美を期待するしかないねぇ?」


「おー。ゆーせー、なんでもするっていったー」


 なんて、ネムちゃんとクゥちゃんの不穏な言葉に顔を上げれば、案の定悪戯っぽい笑顔が俺を見ていた。


 そして。


「アクア。あんたはどうするの?」


「……私は」


 キララちゃんに促されて、口を開いたアクアちゃんは。


「雄星さんとしたいこと、たくさんあります」


 控えめに、ゆっくりとそう言ってから。


「でも、今は……!」


 ドンッ!


「!?」


 勢いよく、俺に体当たりしてきた。


「あ、アクアちゃん!?」


 思わず抱き受けた俺の胸の中、ぎゅーっとしがみついては。


「ゆうせいさんがぶじでよがったですぅ゛~~~~~~~~~!!!」


 そのままわんわんと泣き出してしまった。



「あ……」


 今の声は誰の声だったか。

 でもそんなことはもう気にならない。気にする暇もない。


「ああああーーーーーー! ワタシも心配だったよー! ゆう兄ーーーー!!」


「お兄さんがいなくなったら誰がわたしの相手をしてくれるんですかー!」


「ゆーせー、ゆーせー!」


 次々と俺にタックルを食らわせながら、みんなに抱きしめられ、ぎゅうぎゅうにされる。


「あはは、あたしさん突撃するタイミング逃がしちゃったねぇ」


「行きたきゃ行きなさいよ。後悔するわ、よっ!」


「はぅわっ……ええーい、ままよ! お師匠様ー! あたしさんも、あたしも……心配、した、だから……!!」


 結局弟子全員にくっつかれ、わんわんと涙の大合唱を聞くことになる。



「ごめん。本当にごめん」


 ついさっきまでのんきにみんなの活躍を見ていた自分の行ないを反省しながら、こんな風に悲しませることは二度とするまいと、心に誓う。


(身代わり人形が発動しなかったら、俺は本当に死んでたんだからな……)


 そう。

 こんな“奇跡”が二度も起こるとは思わない。


(『異次元収納』内のアイテムが、取り出さないまま自動発動するのか……ってな?)


 この世界にも、戦いがある。

 命の奪い合いがある。


 今後はそのための備えも、キッチリと整えていきたいと思う。


(手始めに、今回の経験を元にマジカルについて研究してみようか。ゆくゆくはスキル化したり……なんてな?)


 可愛く心優しい弟子たちにもみくちゃにされながら、俺はこれからについて思いを馳せる。


「雄星さんっ」


「はい」


「……おかえりなさいっ」


「……ただいま」


 俺は、この子たちのお師匠様なんだ。

 この子たちのためにも、今以上に強く、自分を磨いていかないとな。


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