第53話 雄星さん死すっ?! 最強最悪のアルティメットベビフェス!



 このオレ、知謀のダーク四天王ベビフェスのプライドに傷がついたのは、忘れもしない、暑い夏の日だった。


 ………

 ……

 …


「バカな……バカなバカなバカなバカなーーーー!!」


 くまモト市北部を我らが偉大なるダーク大帝の手中に収めんと、麗しのダーク四天王マジョンナを伴い、30余の従魔サーヴァントを連れて大侵攻を行なった。

 最も警戒するべき次期女王候補アンジェリケ魔法少女リリエルジュには不死身のダーク四天王ブット・バスを煽り、送り込んで陽動とする完璧な大作戦。


 その完璧な大作戦を破壊したのは、理不尽なる羽虫の覚醒だった。



「じゃま、もえろー」


「サヴァーーーー!?!?」


「サヴァヴァーーー!!?」


 窮地に追い込まれた赤の羽虫が突如として能力を向上させ、次々とオレの手駒を潰し始めた。


「なぜだ! あいつは未成熟のリリエルジュではなかったのか!?」


「間違いないわよ! それがあんな化け物になるなんて、予想できるわけないっての!」


「マジョンナぁ! それでも魔族デモニカ一の諜報員スパイか!」


「わたしは麗しのダーク四天王よ? 美の探求のが優先に決まってるじゃない! オーッホッホッホいやぁーーーー!! 火が飛んできたーーーー!!」


 想定外の状況にオレとマジョンナは撤退を余儀なくされ、作戦遂行に多大なる後れを作ってしまうこととなった。


 この体験はオレにとって、絶対に許せない傷となった。


 …

 ……

 ………


(傷つけられたプライドを癒やすには、それ以上の屈辱と絶望を、相手に与えるしかない!!)


 憎むべきはリリエルジュ。許すまじリリエルジュ!

 このオレに恥をかかせ、偉大なるダーク大帝の覚えを悪くさせたこの恨み、絶対に晴らす!



「どけぇ! 地球人アーシアぁぁ!!」


「がっっっ!!」


「!? 雄星さんっ! 雄星さーーーんっ!!」


 邪魔なアーシアを蹴り飛ばし、オレは究極従魔アルティメットサーヴァントの中に収まる。

 足がもげたが、なぁに、気にする必要はない。


(この最強の力をオレのモノにするのだ! 新たな形なんていくらでも得られる!!)


 死んでも手放すまいと握っていた欲望の種グリードシードを自らの胸に押しつける!


 コレが空からオレの手元に落ちてきた時点で、天運はオレにあるのだ!!



「さぁ、オレと一つになれ! アルティメットサーヴァントぉぉーーーーーーー!!!」



 オレの叫びに応え、切開されていた胸元が閉じる。

 体が絡め取られ、オレとこの道具が繋がった感覚を得た。


(こんな羽虫を模倣した、汚らわしい姿など……このオレには相応しくない!)


 すべてはオレの望むまま。欲望のまま!


「おおおおおーーーーーーーー!!!」


 より強く、知性に満ち、美しい姿に!!


(オレが、オレという存在が拡張されていく!!)


 アルティメットサーヴァントのすべてがオレのモノになり、新たな形が出来上がっていく!!


 力が、満ちる……!!



「な、なによそれは!!」


「ベビフェスを取り込んで、サーヴァントが復活したぁ!?」



「……違うなぁ。羽虫ども……!」



「え。サーヴァントが……」


「まともに」


「しゃべったーーーー!?!?」


「フゥンッ!」


 理解力の足りん羽虫どもめ、ここは一つ、説明してやるとするか。



「我こそが新たなるベビフェス……! 真なる力を得た……ダーク四天王筆頭だぁ!!」



 見よこの、ブット・バスを凌駕するたくましき黒光りする肉体、剥き出しの赤き筋組織!


 見よこの、P・ジーニアスを凌駕する知性を宿した、深淵の闇を宿す八つの瞳を!


 見よこの、マジョンナを凌駕する白き流線型の、外皮装甲プロテクターが描く美を!



「オレこそ最強! オレこそ無敵!! オレは今、新たなステージへと至ったのだ!!」


 どうだ、ここまで言えばお前たちも理解できるだろう。

 絶対の存在を!



「ば、化け物……!」


「……フゥン。やれやれ、だ」


 高尚すぎて理解できなかったか。

 まぁいい。


(そんなことよりも、大事なことがある)



「雄星さんっ! 雄星さんっ!! 起きて! 目を覚ましてください! 雄星さんっ!!」


 出涸らしの素体ピクシーアクアが、それに向かって必死に声を投げかけている。

 こいつも他の羽虫ども同様、駆け寄る力も、魔法を使う力も、もう残っていないらしい。


「アクア! 雄星は!?」


「キララちゃん! 雄星さんが、お返事してくれないんですっ!!」


 ………。


「……ククッ」


 思えば、最高の舞台が整っているではないか。

 オレに屈辱を与えた羽虫どもに、それ以上の屈辱と絶望を与えるための、最高の舞台がなぁ!!



     ※      ※      ※



 間違いなく、今が最悪の状態ね。


「……みんな、動ける!?」


「ゴメン、あとスキルひとつでも使ったら倒れちゃう……!」


「同じく。スキルも、マジカルも、使う魔力がなければ使えない」


「あたしさんも同じくぅ~」


「……へんしん、できない」


 こっちは揃いも揃ってガス欠で。


「雄星さんっ! お返事してください、雄星さんっ!!」


「………」


 あっちはあっちでとんでもないことになってる。



(……どうする? 私はチームピクシーのリーダー。状況判断するのは私の役目よ!)


 っていうか、雄星死んだ?

 ウソでしょ? あいつが死ぬわけ……。


(……って、ダメダメ! 雑念は払いなさい、キララ!! 冷静に状況を見るのっ!)


 アクアの近くにとんでもないのがいる。

 まずはあの子を安全なところまで遠ざけないと!



「アクア! そこからすぐに離れなさい!! 危なすぎるわ!!」


「キララちゃん! でも、雄星さんが!!」


「すぐさまどうにかなるやつじゃないでしょ、そいつはっ! 今は自分の安全を確保」


「これが、そんなに大事なのか?」


「ぁっ!! ダメ! 雄星さんっ!!」


 怪物になり果てたベビフェスが、雄星を握って持ち上げた。

 されるがままのあいつの姿は、まるで人形遊びのドールのようで。


「フゥン。こいつの行ないはダーク大帝にとって大きな障害となっていた……許すわけにはいかんなぁ」


「だ、ダメです! やめ、やめて、やめてくださいっ!!」


 意識がない様子の雄星の頭を、ベビフェスが指で撫で転がす。

 ちょっとでも余計な力が入ったらポロッともげてしまいそうで、アクアが悲鳴を上げた。


「おねがいします! 雄星さんを、雄星さんを離してくださいっ!」


「ククク……」


 そんな必死な懇願をするアクアを、ベビフェスは余興のように愉しんでいた。



「ゲスが……!」


「負け惜しみだなぁ、それでもチームピクシーのリーダーか?」


「!?」


「ククク。聞こえているぞ、感じているぞ。お前たちの苦痛が、怒りが。高まった五感が、お前たちの屈辱と絶望をオレによーく伝えてくれる!!」


「………」


 私の小さな呟きすら拾うほど強化された肉体でやることが、それ?


(勝ち誇って、見下して、私たちが苦しむのを見て楽しんでる……こんなの!)


 絶対に許せない!



「おっと、妙な動きはするなよ? コレがどうなってもいいなら知らんがな?」


 ベビフェスの手に力が入り、雄星の体からミシッと嫌な音がした。


「!?」


「ダメ! 雄星さんっ! 雄星さんっ!! 離して、離してくださいっ!!」


「フゥンッ。いいぞ、その悲痛な声。オレの傷ついたプライドが癒されていく! ……そこぉっ!!」


 愉悦の声を上げるベビフェスが、突如として目から熱線を発射する。


「「!?」」


 それは私たちの立つ田んぼに着弾すると、煙を巻き上げ爆発した。


「「きゃああーーーー!!」」


 吹き飛ばされ、泥に塗れる私たち。


「ご、めん……ゆ、せ、あぶないって、おもったら……」


 謝ったのはクゥで。

 その手の上で炎が吹き消えていた。


「なけなしの魔力を使って攻撃しようとしたのだろうが、今のオレには通じんぞ!」


「うぅ……ゆー、せー……」


「北の悪魔ももはや敵ではないな! ハァーッハッハッハ!!」


「……クッ」


 さらに勝ち誇るベビフェスを、もう誰一人として止められない。



「キララちゃん! クゥちゃん! ネムさん! ミドリちゃん! コクリちゃん! おねがいします、おねがいしますっ!! みんなを見逃してください! 雄星さんを助けてくださいっ!」


「フゥン……。ピクシーアクア、お前にはアルティメットサーヴァントの素体を提供した功績もある。温情を与えるのもやぶさかではないな」


「えっ」


「お前の望み、叶えてやってもいいぞ」


「……本当、ですか?」


「あっ!!」


 ダメ! アクア!!

 そいつの言葉に耳を貸したりしちゃ……!!



「あぁ、助けてやろう。よく見ているといい」


「アクア! ダメぇーーーーーーーーーー!!」


 次の瞬間。



「ほぅらっ」


「えっ?」


 アクアの見てる前で、雄星を握るベビフェスの手が振り上げられ、振り下ろされる。



 ビシャッ!!



 アクアの目の前の地面に、それは勢いよく叩きつけられ。



「フゥンッ!!」



 ズンッ!!!!



「――っっ!?」


 アクアの目の前で、それはベビフェスの巨大な足に、踏み潰された。



「……死は、救済というだろう?」


「ぇ、ぁ……」


「これでお前たちの大切な人は、救われたな?」


「ぁ、ぁぁ……!!」


「アクア! 気をしっかり持ちなさい!!」


 私の呼び声も、届かない。


「ああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!」


 アクアの絶叫が、辺りに響き渡った。

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