第44話 ついに決着! 絶対絶対負けられない戦い! その1



「「アクアちゃん!」」


 墜落していくアクアちゃんを追って、俺たちは坂の上から下を覗き込む。


「………」


 アクアちゃんは、段々坂に綺麗に切り揃えて植えられていたツツジに受け止められていた。

 意識が飛んでいるのか、動く様子はない。


「アクア……」


 その姿を空中から見下ろしているキララちゃんは、難しい顔を浮かべていた。

 大技の打ち合いに勝利した側がする顔としては、ちょっと違和感があった。



「これはぁ、決着……ってことでいいのかな?」


「アクアちゃんの意識はない。戦闘不能と判断できる」


「え、じゃあ……キララちゃんの勝ち?」


 先ほどまでの激しい攻防の余韻が残っているのか、ネムちゃんたちもまだ困惑気味だ。

 立会人である俺の判断を仰ごうとして、視線が集まっていた。


「………」


 さて、どう判断したものか。

 今ここで見たまま、決着はついたと宣言することはできる。


 だが、素直にそうするにはまだ、俺は早いように思えていたんだ。


(キララちゃんの、あの表情。まだ納得いってないって顔だからな)


 現に今、キララちゃんは勝ち誇ったりせずただジッと、アクアちゃんを見つめている。

 それがまるで、アクアちゃんとの戦いの続きを待っているかのように俺には思えてならない。



(これが師匠の贔屓目でないことを祈りたいが……)


 そんな思いから、思わずキララちゃんを見た俺と、彼女の視線が交差する。


「「………」」


 キララちゃんは、本当にわかりやすい。


「……わかった」


「? ゆーせー?」


 頷く俺に、俺を見ていた魔法少女のみんなが不思議そうな顔をして。

 そんな彼女たちに俺は。


「まだ、勝負は終わってない」


 力強くそう告げた。



(アクアちゃん……!)


 立場上、2度も声を上げて応援することはできない。

 だから俺は、ただ真っ直ぐに見つめてアクアちゃんの復帰を願った。


「……すぅー」


 その代わりに。


「……くぉらぁ! アクア!! とっとと目を覚ましなさいったら!!!」


 キララちゃんが吠えた。



      ※      ※      ※



 ………

 ……

 …


「――ア、――クア!」


 誰かが、私を呼んでいる。


「アクア!」


「えっ!?」


 目を開けると、そこは故郷……魔法の国マジックキングダムの丘の上だった。


「いつまで寝てるのよ! どーせまた無理したんでしょ? まったく」


「キララ、ちゃん?」


 私の手を引いて立ち上がらせるのは、さっきまで戦ってたはずのキララちゃんで。


「あんたはまだ、使い魔アニマールがいないんだから。無理に魔法を使おうとしたら加減が利かないでしょ? わかってるの!?」


「え、あ、うん。ごめんね?」


 でも、目の前で私を叱るキララちゃんは、なんだかちょっと小さかった。



(あ、これ夢だ)


 自覚すれば、理解は早かった。


(そっか、私。キララちゃんに全力のバスターを破られて……切られて)


 意識を失うほどのダメージを与えられたから、こうして夢の中にいる。

 それはつまり……。


(私、負けちゃったんだ……)


 理解したら、自然と大粒の涙が零れだした。


「ちょ、ちょちょちょっとアクア! どっか打ったの? 頭? 背中? 大丈夫?」


 夢の中のキララちゃんが、心配して私の体をペタペタさわる。

 地球アースに行く前、ひたすらにマジカルの練習をしていたころ、キララちゃんはこうしてよく私の世話を焼いてくれていた。


「もー、どこもケガしてないじゃない! だったら泣かないの! あんたはこの私、未来の女王であるキララ様の幼馴染でしょ!?」


「うっ、うぅ……」


「ほんっと、世話が焼けるわね。あんたは私がいないと、なーんにもできないんだから!」


「うん。ごめんね、キララちゃん……」


 いつかの自分とシンクロしている私は、どうしても泣き止むことができない。


 そんな私に手を焼くキララちゃんは、けれどいつも通りに私を応援してくれた。


「大丈夫! あんたの才能は私が一番わかってるんだから! あんたはやればできるの。だって、私と同じ世界樹ユグドーラから、おんなじ時期に生まれたんだから!」


 私はキララちゃんと同じユグドーラから、キララちゃんの生まれた日から9日遅く生まれた。

 キララちゃんはその縁をとっても大事にしてくれて、よわよわな私をいつだって奮い立たせてくれた。


「私はあんたが誇りに思えるような女王になる! そして、私が女王になったそのときは――」


(……うん、うん)


 覚えてる。

 ちゃんと覚えてる。


「――私が、キララちゃんが女王様をするのを、いっぱい手伝う!」


「そう! あんたはずーっと、あたしの背中を追いかけて、あたしの次に優秀な魔法少女リリエルジュになるのよ! そしてあんたは、女王の傍でずーっと仕える最高の補佐……王佐の才アンジェーテになるの! だから……」


「うん、だから……」


「簡単に諦めちゃ、ダメなんだからね!」


 …

 ……

 ………



「アクアーーーーーーーッッ!!」


「っ!?」


 目を覚ます。

 見開いた視界に映ったのは、私を見下ろすキララちゃんと、どこまでも綺麗な青い空。


「「アクアちゃん!」」「アクアちゃーん!」「アクアー」


 また名前を呼ばれてそっちを見れば、チームピクシーのみんなが私に声援を送ってくれていた。


 そして、その隣で。


「………」


「ゆうせい、さん……」


 私をここまで育ててくれた最愛の人が、静かに、静かに見守ってくれていた。

 その目が“まだ終わってないよ”って、教えてくれた。


(……あぁ、雄星さんっ。雄星さんっ!)


 それだけで、痛くてどうしようもない体に力が入る。

 どんな困難にだって、立ち向かっていけるって信じられる。


(雄星さんがまだ、私の勝利を信じてくれているっ!)


 そうだ。

 そうだったそうだったっ!!!


(私は勝たないといけない。勝たなきゃ、夢は手に入らない!)


 勝たないと、お願い事を聞いてもらえない。

 この願いを叶えるためには、無理や無茶を一つくらいは越えないと、許されない!


(キララちゃんに勝つくらいしないと、キララちゃんを支えることも、雄星さんとずっと一緒にいることも、できない!!)


「起きたわね、アクア!」


「……うんっ!」


 まだ、私は戦える。



「お願い、力を貸してくれる?」


 握りしめたディープアクアロッドに尋ねたら、先端の宝石がキラッと瞬いた。


「アクア! 使いなさい! 今のあんたなら、きっとできる!」


 笑顔のキララちゃんが、私に言う。


「安定重視のスキルじゃない……あんただけにしか扱えない。私たちの技を!」


 私も、それしかないって思う。


(雄星さんが鍛えてくれた、今だからっ)


 私は、この力を扱えるって、信じられる……!



「……すぅー」


 深呼吸して、想いをこめる。

 そして。



「――――魔法少女技リリックアーツ。ディープ・アクア・コール」



 願いを、解き放った。

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