第45話 ついに決着! 絶対絶対負けられない戦い! その2



 アクアちゃんが、魔法少女技リリックアーツを使った。

 俺はそれを、初めて目の当たりにした。



「!?」


 気がつくと、俺たちはどこまでも美しい、果てのない水面みなもの上に立っていた。

 昼前だったはずの空は星屑舞い散る夜空に変わり、足元もそれを映した濃い海色に染まっていた。


「な、に……?」


 一瞬で、世界が書き換わった。

 幻覚だとか、そういうものとは一線を画す何かが、俺の目の前で起こっていた。


花道フローランウェイ……」


「知っているのか、ミドリちゃん!?」


「はい。これはリリックアーツが最大に効果を発揮しているときに起こるとされる現象です」


「確か、その子にとって一番世界を変えやすい姿に変えちゃう。そういう力……だったかなぁ」


「じゃあ……!」


 これが本当の、アクアちゃんの全力!


(スキルは決まった力で決まった効果を得る安定を目指した技術。その真逆、マジカルのどこまでも際限なく力を放ったその先で見える景色が、これか……!)


 まさに、奇跡の御業だ。



「アクアちゃんのディープ・アクア・コールは、本来は水面を作り出し、そこから彼女が自在に操れる水を呼び出す技なんです」


「それが最大規模で発動してるってことは、この水全部、アクアちゃんの召喚陣みたいになってるってことなのか」


「ですね」


 ミドリちゃんの説明を受け、改めてその規格外さに驚愕する。


「うひゃあー、それにしてもあたしさん、こんなの初めて見たよ。ここまで使えるのって、ブライト様だけじゃないの?」


「クゥも、したいけどまだできない」


「アクアちゃん、スゴすぎ……!」


 きっと今の俺は、隣で驚いているみんなと同じ顔をしているに違いない。


 ……いや、ちょっとだけ違う。

 

(今この場所は、田晴坂であって田晴坂じゃない。アクアちゃんの……晴れ舞台なんだ!)


 きっと俺は誰よりも、アクアちゃんの可能性に魅せられている!



(……行け、アクアちゃん!)


 キミのすべてを、見せてくれ!!



      ※      ※      ※



「……行くよ、キララちゃんっ!」


「上等! かかってきなさい、アクア!」


 アクアがロッドを振るう。

 たったそれだけで、あの子の後ろからとんでもない大きさの波が湧き上がる。


「はぁぁーーーーっ!!」


 再びアクアが杖を振るえば、それらがいくつも枝分かれして、龍の頭を生やして襲いかかってきた!

 その数、9頭!



「迎撃するわよ! キララ・リリィ・ボルテイン!!」


 私も力を解放し、ツインキララブレードの刀身を輝かせて迎え撃つ!


「だぁぁぁぁっ!!」


 ひとつ。ふたつ。

 龍の首を叩き切り、アクアに向かって飛翔する!


 けど……!


「そう簡単には、やられないよ!」


「くっ!!」


 三つ目の首を切ろうとして、私の白い刃は


(こめられた魔力が、私を越えてる……!)


 そのまま押し返されて、私は大きく距離を離された。

 見れば切ったはずの龍の頭は復活していて、口を開けて今か今かと私を食べようとしている。


「いっけぇー!」


「ぬぁぁぁぁーーーーっ!!」


 次々襲いかかってくる龍の首をかわしながら、私は四方八方飛び回る。

 時々輝く刃で龍の首を切るけれど、もうそれだけじゃ一刀両断できなくなっていた。



(私たちの力のぶつかり合いは、そのまま想いのぶつけ合い。より強い力をこめた方が……好き勝手できる!)


 今のアクアは絶好調を越えた絶好調状態。

 世界もアクアに応えてアクアの都合のいいように改変されてしまってる。


 こんなの相手にして、私一人分の想いだけじゃ、到底敵わない!


「……だったら、私も強くなるだけよ!!」


 想いが足りない?

 そんなことは絶対にない!


「私の心は、魂は! こんなもんじゃないんだからぁーーーーっっ!!」


「!?」


「世界よ! 私だって叶えたい夢があるの! だから、全力で応えなさーーーーい!!」


 声を限り、想いの限り、叫ぶ。

 目の前の子に勝ちたいの。誰にも負けたくないの。絶対に女王になるの。


(そのために私は、最強最高の魔法少女リリエルジュであり続けるのよ!!)


 アクアには……その傍でずっと、見ててもらうんだから!!



「……何事!?」


「アクアちゃんの夜空を覆うように雲が出てきた!?」


「かみなりぐもー」


「ホントだ! ゆう兄、あれ見て! 空が曇っちゃった!」


「……まさか。あれはキララちゃんの、フローランウェイ!?」



 力が、湧いてくる。

 どこまでも突き進んでいけばいいって、何かが背中を押してくれている。


「クルルォーンッ」


「あんたも元気ね。レオ」


 相棒が、大丈夫だって言ってくれてる。

 だったら。


「今度はこっちの番よ、アクアーーーーッッ!!」


 私もどっかの誰かさんに倣って、真っ向勝負と行こうじゃない!!

 あいつは師匠じゃないけれど、盗めるものは盗ませてもらうわ!


 私の、思い描く勝利のために!



「呑み込んで! ディープ・アクア・コール!!」


「トバすわよ! キラライトニング・パニッシュ!!」



 迫り来る龍のあぎとを、4本の光線でぶち抜いて。



「まだまだ! ピクシーアクア、ガンバりますっ!」


「ピクシーキララの力、舐めないでよね! キララ・リリィ・ボルテイン!!」



 さらに襲ってくる龍の首を、今度こそ全力の刃で叩き切る!



「アクア!」


「ま、だ、ま、だぁーーーっ!!」



 あとちょっとでアクアに届く!

 そんなときに行く道を遮るように現れたのは、サーヴァントみたいな巨大なヒトガタ。


「「水の巨人!?」」


「あれもアクアちゃんのマジカルぅ?」


「おおー、クゥもいどみたい」


「って。おわわっ、すてーい、すてーいクゥちゃーん!」



 ザバァァァンッ!



 水の巨人は巨大な音を立てて腕を水面から引き抜くと、私めがけて鞭のようにしならせそれを振り下ろす!


「面です!」


「!?」


 普通に避けたんじゃ吞み込まれる!


「……だったら!」


 私は二本の剣の切っ先を重ね、真っ直ぐ腕をぶち抜いてやろうと突撃する!


「その手は……予習済みです!」


 アクアが杖を振るった。

 瞬間、巨人の腕がパッカリと左右に裂け、私を誘いこむ!


「あっ!」


 気づいたときにはもう、バタンッと閉じた水に包まれ、閉じこめられた。

 強烈な水圧に勢いを殺され押し潰される。


「……ガボッ!」


 呼吸が、許されない……!

 リリエルジュであれば水中にも適応できるはずなのに、アクアのそれが許してくれない!


「搾って! 捻じって! 巻き上げて!!」


「―――ッ!!」


 再び腕の形になった巨人の中で、私は洗濯物みたいに激しく振り回される。

 そこに巨人自身が腕を振るう動きも加われば、いよいよ全身が軋んでめちゃくちゃに痛い!



(あと一歩。違う、もう半歩!)


 アクアに届かない!

 この刃を、あの子に届けるにはあと少し、何かが足りない!!


(アクアにあって、私にない、もの……?)


 それを考えたとき。


 私の頭の中で、前を行くあいつの背中が見えた。



(……そうだ。アクアに勝つだけじゃダメなんだ!)


 今、気がついた。

 私が行くべき先! 向かうべき場所!!


(だったらもう、こんなところで、立ち止まっている暇なんて……ない!)


 どこかで雷鳴が聞こえた。

 だから私は、迷うことなくそれに命じた。



「ガバゴボ……アクアを、あいつを……撃てーーーー!!」



      ※      ※      ※



 それは、フローランウェイの雷雲から放たれた、最高威力のキラライトニング・パニッシュだった。


「あっ」


 突如として迫り来る雷光にアクアちゃんは『バリア』を張るも、それすらぶち抜いてその一撃はアクアちゃんを強襲した。


「か、はっ……!」


 アクアちゃんのイメージを支えていた水面が、元の田晴坂の急斜面へと戻っていく。

 同時にキララちゃんのイメージで描かれていた雷雲も消え去り、空は晴れ模様を取り戻す。



「アクアーーーーッ!!」


 再び倒れ伏しそうになったアクアちゃんを、すっ飛んできたキララちゃんが抱き支える。


「アクア! アクア! 大丈夫!?」


「……ぁ、キララ、ちゃん?」


「はぁ……よかった~」


 どうやら、二人とも無事な様で何よりだ。



「ゆーせー」


「お師匠様」


「ゆう兄!」


「お兄さん」


 みんなに促されるまま、俺も坂道を駆け下りアクアちゃんたちの元へと向かう。


「ゆうせい……さん」


「アクアちゃん……」


 俺が近づいてきたのに気づいたアクアちゃんが、一瞬だけ体を震わせたあと力なく微笑んで、静かに口を開く。


「ごめん、なさい……負けちゃい、ました……」


「……!」


 俺は思わず、キララちゃんからアクアちゃんを奪い、抱きしめていた。



「……ふえ?」


「いや、アクアちゃんは頑張った。全力だった。何も悪くない。悪いっていうなら、俺の教え方が足りなかっただけだ」


「そんな、雄星さんは何も……私が、弱くて」


「それは違うわ、アクア」


「キララちゃん?」


「あんたは強かった。私は何度も負けそうになった。私が勝ったのは私が強くなったからであって、あんたが弱かったからじゃ決してないんだから、そこんとこ理解しなさいよね!」


 俺から傷の手当てを受けながら、キララちゃんを見上げるアクアちゃん。

 そんな彼女に向かって、勝者である光の魔法少女が告げる。


「誇りなさい! 今のあんたは、間違いなく私の次に強いリリエルジュよ!」


「……!」


 その言い回しにどんな意味があるのか、俺は知らない。


 だが。


(この戦いが、二人にとって大きな糧になったのは間違いなさそうだ)


 俺の中に湧き上がる、大きなことを成し遂げた達成感。

 その手応えは、確かに目の前の二人の笑い合う姿から、感じ取ることができたのだった。



 こうして、アクアちゃんVSキララちゃんの幼馴染対決は、キララちゃんの勝利という形で幕を下ろす。

 俺はそれを、輝く未来へと続く、最上の結果だとして受け止めていた。


「ははは……でも、そっか……負けちゃったんだ、私…………」


「?」


 その最中にアクアちゃんが零した、この小さな言葉が。

 まさかあそこまでの意味を持っていただなんて、このときの俺はまったくわかっていなかったんだ。

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