第31話 油断大敵!? ピクシーミドリ、成長中!


 コクリちゃんに逃げられ、ミドリちゃんに手を引かれて連れてこられたのは――。


「ほら、ここ。おすすめスポットなんです」


 ザー……。


「……おおっ!」


 “密林に隠された遺跡”


 そんな表現がぴったりの、屋内庭園コーナーだった。


「これはすごいな。屋内に滝まであるのか」


「ふっふっふ。お兄さん、あそこ、裏側にも回れるんですよ」


「マジか」


「マジです」


「すごいな」


「すごいんですよ」


 得意げに胸を張るミドリちゃんから、ここが本当にお気に入りなんだって気持ちが伝わってきた。

 かく言う俺も、ここを一目見たその瞬間からお気に入りだ。



(懐かしいな。選王の滝を思い出した)


 勇者くんの仲間である姫様が、王の武具を継承するべく試練を受けた場所が脳裏に浮かぶ。

 あの時も、綺麗な場所だなって思ったんだよなぁ。


「……どうやらお兄さんも気に入ってくれたようで、なによりです」


「あぁ、いい場所だな」


 どうやら顔に出ていたらしい。

 ミドリちゃんが嬉しそうにはにかむ。


 さすがは双子。どことなくコクリちゃんの面差しが重なった。


「そういえば、こくりちゃんは大丈夫かな?」


「大丈夫だと思いますよ。オウギバトがいるコーナーに行くって言ってましたし、コクリ、そこに行くと30分は出てきませんから」


「そうなのか」


「頭を冷やすって言ってたから、もうちょっと掛かると思います。なので、お兄さん」


 繋がれたままだった手を、改めて引かれる。


「わたしたちもしばらく、ここで休憩しませんか?」


 そう言うミドリちゃんが視線を向けた先を見やれば、石造りの休憩用ベンチが目に映った。



      ※      ※      ※



 ベンチに二人、並んで座る。


「ここからの眺めだけでも、十分入場料の元取れるな」


 屋内に建設された石造りのガゼボの中は、中央をよく育ったガジュマルの木が貫いている。

 生い茂ったガジュマルの葉が日差しを遮る傘になり、すぐそばの滝から止めどなく流れてくる水もあって、蒸し暑い温室の中、このベンチ周りは心地よい環境が整っていた。


 何より贅沢だと思うのは、ここからガジュマルの木と滝を、まとめて視界に入れられるという点だ。


「いい景色だ」


「ですね。今よりもっと暖かい日には、ナマケモノさんがのんびりしてたりします」


「なぬ?」


 そんなレアイベントまであるのか!?


「これは、また来ないとなぁ」


「はい。ぜひ来ましょう」


 本当に、こんな近場の魅力的なスポットを見落としていたとは、自分がふがいない。

 今後は俺のドライブや旅行先のひとつとして、ここを覚えておこうと思う。



「みどりちゃんやこくりちゃんには、感謝しないとな」


「何について感謝するんですか?」


「ああ、さっきこくりちゃんが戦ってるときも思ったんだが、郷土愛みたいなのを、思い出させてもらったからな」


「郷土愛……あ、故郷が大好きな気持ち、ですか?」


「そうそれ」


「……なるほど」


 俺の言葉に何か思うところでもあったのか、ミドリちゃんがうんうんと頷く。


「いいですよね、故郷」


「だな」


 少し間をおいてから投げられた言葉に同意しながら、ふと思い至る。


「そういえば、魔法の国について聞いたことなかったな」


「マジックキングダムについて、ですか?」


 なんとなくふわふわとしたイメージが先にあって、それがおおよそ外れてないからと、これまで聞かずにいたことを思い出した。



「みどりちゃん。よかったら、みどりちゃんたちの故郷について聞かせてくれるか?」


「いいですよ。お任せください。お兄さんにマジックキングダムへ興味を持ってもらえるのは、わたしたちにとっても嬉しいことです」


 俺の願いを快諾してくれたミドリちゃんが、けれどその直後、ゆったりとベンチから立ち上がり、俺の前に立つ。


「? 別に隣り合ったままでも話せるよな?」


「はい。それはそうです」


 疑問符を浮かべる俺の問いかけに返事をしつつ、ミドリちゃんが胸の前に手を掲げる構えを取った。

 その手の中には印章が握られていた。


「リリエルジュ、エマージェンス……!」


「!?」


 瞬間、光がミドリちゃんを包み、はじけて。


「夢と希望が繁栄を呼ぶ。ピクシーミドリ、せーちょうちゅうー」


 陰陽師風の魔法少女衣装に身を包んだミドリちゃん、ピクシーミドリが現れる!


「へ?」


 突然のことに驚く俺だったが。


(『神眼通』……!)


 ピクシーミドリの変身プロセスは、この目でしっかと把握していた!



「リリエルジュ、エマージェンス……!」


 ミドリのコールが響き、同時に流れ始めるBGM。


 右手の人差し指と中指を伸ばし、腕で大きく横縦と十字を切れば、まとっていた衣服が光に染まり、はじけ飛ぶ。

 びくんっと震えたミドリが胎児のようにうずくまれば、大量のつたが球形に絡みついて、その身を覆い隠す。


「キューーーー!!」


 蔦球の周囲を甲羅に木を生やしたカメが飛び、一声鳴くと同時に蔦のいたるところに花が咲き、はじけ、中から黒のチューブトップとスパッツっぽいインナーを身にまとったミドリが姿を現す。

 直後、抗う必要などない強制力に従い、視点が移動して。


「……っ!」


 掛け声とともにミドリが手で印を組めば、肩出し、腰出し、前垂れ横から太ももが見える、大胆にカットアレンジされた薄緑カラーの狩衣かりぎぬをまとう。

 腰回り、足元、そして後頭部へと視点が変わり、飾り紐や靴を身につけながら、はためく布地を映し出す。


「ふふっ」


 わずかにミドリが視線を合わせ、微笑めば。

 両手を後ろに回して髪をかき上げ、自らうなじを晒して髪を躍らせる。


「ふぅー……」


 深く息を吐く横顔を右から見て、ミドリの髪がお団子サイドテールに編み上げられていく。

 濃い緑の髪がヒスイ色に染まるとともに、彼女の衣装に銀の差し色が加えられた。


「……んっ!」


 視点が前へと戻り、狩衣の胸元に薄緑の宝石(さっき手に持ってた印章が同化したやつ)が装着されて、かすかに身もだえする声が聞こえたら、いよいよもって変身は大詰め。

 どこからともなく伸びてきた、木の枝の先に掛けられている円月輪を受け取って、不敵なまなざしが前を向く。


 くるり、くるり、魔法少女リリエルジュが舞い踊る。


「夢と希望が繁栄を呼ぶ。ピクシーミドリ、せーちょうちゅうー」


 いったいどこまで本気なのか、間延びした声とともにピクシーミドリ、変身完了である。


(――実にこの間、0.18秒! さすがは双子、ピクシーコクリとピッタリ同じだ!)



「……じゃん」


 変身完了ポーズから、さらにアイドルがやるようなキラキラポーズを取るミドリちゃん。


「???」


「ふふふ」


 さらに疑問符を浮かべる俺に向かって、ミドリちゃんは袖をフリフリしてから笑い。


「わたし、知ってますよ。雄星お兄さんがわたしたちの変身、スキルを使って観賞してるの」


 衝撃の告白をぶつけてきた。


「!?」


「『神眼通』があれば可能ですよね。わたしも使えるようになったので、理解しました」


「なっ……!?」


 この短期間で、『神眼通』を体得したって!?

 アクアちゃんでもまだ『視力強化』止まりで覚えてないってのに!


「今の変身でもしっかり感じてましたよ、お兄さんのし・せ・ん♪」


「がふっ!!」


 ミドリちゃんからの指摘に、俺はここ数ヵ月で一番のダメージを受けた。


「わかります、わかります。魔法少女の変身シーンのバンク。見逃せないですよね」


「う、ぐ……」


「どうでしたか、お兄さん。アニメじゃない、ホントの魔法少女のへ・ん・し・ん♪」


「ぐふあぁっ!!」


 屈んだ姿勢からの上目遣いで言われ、いよいよ俺は耐えきれず、胸を押さえてうずくまる。


(変身バンクは魔法少女のお約束シーン。だが彼女たちは現実の存在。そんな彼女たちを盗み見ていたのが、バレるなんて!!)


 一気に罪悪感がこみあげてくる!



「ふふふ。わたしたちのこと、ちゃーんと見てくれてるんですよね」


「すまない……今後はもう見ないようにする」


「え、どうしてですか?」


「だって……」


「わたし、見られて困ってなんてないですよ? むしろ見てもらえて嬉しいんですが」


「え?」


 思わぬミドリちゃんの言葉に顔を上げると、目の前に、美少女のとびっきりの笑顔があった。


「これまでわたしたちの戦いは世に知られず、ある種孤独と隣り合わせでした。でもお兄さんという稀人レアブラッドとの出会いのおかげで、世界が広がり始めました。そんなお兄さんになら、わたしのことはなんだって見てもらいたいですし、わたしも見てみたい」


 ミドリちゃんが、俺の胸に左手を置いて、右手で俺の頬を撫で、真っ直ぐに見つめてくる。


「わたしには知りたいことがいっぱいあります。そのためには素のわたしと対等に向き合ってくれる、地球人アーシアの方の協力が必要でした。お兄さんは、まさに逸材でした」


 彼女の左手が、何かを確かめるように俺の胸を撫でまわす。


「お兄さんには、たくさんのことを教えてもらいたいんです。例えば……こういうこととか」


 次の瞬間。



「んっ」


 チュッ。


「!?!?!?」



 は?


 え?


「ふふふ……」


「え?」


 感じたのは、首筋へのチクッとした痛みと、痺れ。


「ぁ、ぇ?」


 直後、俺の視界がぐにゃりとゆがむと、全身から力が抜ける。


「おやおやお兄さん。お疲れですか? だったら、ベンチに寝そべりましょう」


 微笑むミドリちゃんの顔が、よく見えない。

 俺のスキル『毒攻撃耐性』と『呪毒攻撃耐性』が、自動発動と同時に貫通されたのを理解する。


「動けないですか? よかったです。わたしの……特別製の魔法の毒マジカルポイズンを持つ植物ですので」


 鈍い感覚が、何かお腹の上に重い物が乗ったことを伝える。

 揺らぐ視界が、俺の上にまたがる小さな女の子の姿を、辛うじて把握する。


 同時に彼女の背後でうごめく、先端に唇を生やした蔦を伸ばす、この世界の物ではない植物の姿も。



「ぴく、し……み、ドリ…………」


「はい。お兄さんは、わたしたちの世界について知りたいんですよね? お教えしますよ」


 そう言ってこちらを見下ろす魔法少女が。


 ペロリ、と。


 怪しく舌なめずりをしたように見えた。


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