第30話 ミドリいっぱい? わくわく植物園ゾーン!
まぁ、時期が悪いとは思っていた。
「なーんにもないねー」
「ないなー」
コクリちゃんの言葉に同意する。
「見晴らしがいいなー」
「だねー」
俺の言葉にコクリちゃんが頷く。
くまモト市動植物園、植物園ゾーン。
花の盛りである春ではなく、秋も終わりが見えている今日この頃。
チューリップもアジサイも、藤の花も何もかも。
どこもかしこも綺麗さっぱり休業中だった。
「二人とも観察力不足」
そんな俺たちに、ミドリちゃんが抗議しながら指をさす。
「秋に咲く花もある」
「「おー」」
見ればそこには、小さく愛らしい花をいっぱいに咲かせた木があって。
「
「だな。綺麗だ」
「日本庭園コーナーも、ツツジコーナー、果樹園コーナーも健在」
秋の植物園ゾーンは、花爛漫の丘こそないが、ひっそりと、季節ながらの美しい景観をそこに作り上げていた。
「それに、メインは向こう」
「向こうって、時計台?」
「そのもっと向こう」
ミドリちゃんが指さす先を見やれば、時計台の向こうに佇む大型施設が見えた。
「あそこは確か……」
「今すぐ行こう、行けばわかるさ。この道は迷いようもない」
「っとと」
前に来た時のことを思い出そうとしたら、突然ミドリちゃんに手を掴まれ、引っ張られる。
「あー、待って待って!」
その後ろをコクリちゃんがとてとてと追いかけてくれば、反対側の手を取って。
「え、えへへ……」
いつもと違うはにかんだ笑顔を見せながら、横に並んだ。
「ゆう兄にはワタシがついていないとねー」
「???」
「
くねくねしているコクリちゃんとは対照的に、ミドリちゃんはいつもより気合十分だ。
何やらこちらに意味深な視線を向けては、不敵に笑い、頷いてみせる。
「???」
「大丈夫、約束通り癒やしの時間を提供」
「はぁー、手を繋いじゃってるなー。ゆう兄はもう、しょうがないなー」
午前に比べると妙なことになっている双子ちゃん。
どっちの行動の意図もわからない俺は、ただただ首を傾げることしかできなかった。
※ ※ ※
そうこうしているうちに、俺たちは植物園ゾーン最大の施設に到着する。
“お花の休憩所”
色とりどりのビオラの花に飾られた門前を抜けて施設に入れば、俺はここの役割を思い出す。
「ぁー、そうか」
ムワッ……!
廊下を越えたその先、厚いガラス戸を開いた先で感じる、じっとりとした熱と湿度。
「んんー、ジメジメしてあっつーい!」
「それは当然。なぜならここは……」
「……熱帯植物の住みやすい環境を再現してるんだもんな」
「その通り」
言葉を継いだ俺に、ミドリちゃんが満足げな笑みを浮かべて頷いた。
「ようこそ、情熱の世界へ」
ミドリちゃんの案内で中へと入れば、梅雨過ぎを思い出す蒸し暑さが俺たちを歓迎する。
「おおー!」
人が快適に過ごすには少々難があるその空間は、熱帯植物たちの世界だった。
「これがキフゲットウ、こっちがブラッサイア、そしてこれがブーゲンビレア」
温室の中を所狭しと繁茂する植物たちを、順路伝いにミドリちゃん解説で観賞する。
「キフゲットウの模様は葉脈に沿って浮かんでいて、ブラッサイアは
「へぇ、ほほぅ」
看板にも似たような知識が書いてあるが、直接話を聞かせてもらった方が植物を見ることに集中できてありがたい。
その後もミドリちゃん解説で、ウツボカズラにガジュマル、マンゴーにアセロラみたいな有名どころから、リュウガンにフトモモなんていう面白い名前の植物なんかも紹介してもらった。
「やっぱりみどりちゃんは植物に詳しいんだなぁ」
「ここは特に、何度も来てる」
「なるほど」
解説を覚えてしまうまで足しげく通ってたわけか。
コクリちゃんもミドリちゃんも、
なんて、ほのぼのしていたときだった。
「はふー……脱いじゃおっ」
おもむろにコクリちゃんがパーカーを脱いで、ブラウス姿になる。
すでに汗をかいているのか肌にピタッと貼りついていて、特に首周りが透けていた。
「あ、いいな」
“俺も上着を脱いでしまおうか”なんて考えていたら、不意にコクリちゃんと目が合う。
「………」
「…………あっ」
しばらく見つめ合っていると、何かに気づいたコクリちゃんが一気に顔を赤くして。
「ゆ、ゆう兄のえ、えっち……」
「!?!?」
困ったような、恥ずかしそうな顔をしながら、脱いだパーカーで前を隠すコクリちゃんに、不意を打たれてしまった。
「ンギュンッ!」
「ゆう兄!?」
「お兄さん?」
急に胸を押さえた俺を心配して、二人が近づいてくる。
そんな二人を手で制し、俺はミドリちゃんへと顔を向け、口を開く。
「今のはかわいいが過ぎると思うんだが、どう思うみどりちゃん」
「へぇあ!?」
「我が妹ながらアレを天然でやるあたり、非常にあざといと思います。お兄さん」
「ちょ、ちょっとーー!!」
抗議して飛び跳ねるコクリちゃんは、もう元のコクリちゃんだ。
(ふぅー、今のは危なかった)
誰かに受け流さなければ、思わず素で可愛いって言ってしまいそうだった。
さすがに一回り以上も下の女の子、それもまだまだ幼い子に対してガチトーンでそういう言葉を言うのははばかられる。
と、凝視しちゃってたのはちゃんと謝らないと。
「ジッと見ちゃってごめんな。俺も脱ごうかどうか考えててさ」
「そうなんだ。ゆう兄も脱ごうと……へぁっ!?」
午後になってからコクリちゃんがおかしい。
さっきちょっと戻りかけてた天真爛漫さがもはや見る影もない。
今も俺を見て顔を赤くしお目目をぐるぐるさせながら、口をパクパクさせている。
「こくりちゃん、さっきから大丈夫か? 熱とか出てないか?」
さすがに心配になってコクリちゃんの額に手を触れれば。
「ピッ……!!」
「んー、部屋自体が暑いからよくわからない。こくりちゃん、くれぐれも無理は」
「ワタシ!! オウギバトちゃんに会ってくるーーーー……!」
ビュンッ!!
「え?」
物凄い速度でコクリちゃんに逃げられ、俺はミドリちゃんと二人、取り残されてしまった。
「……ガーン」
いつもピッタリ触れ合うスキンシップが多かった分、ショックが……。
(く、臭かったとかじゃ、ないよな?)
思わず自分のシャツの匂いを嗅ぐ。
異世界生活中でもその手の話をされたことはないが、こっちじゃ勝手が違ったりとか……。
「大丈夫ですよ、お兄さん。しばらく頭を冷やしたらまた戻ってきますから」
「みどりちゃん……」
「それに……わたしはお兄さんの匂い、好きです」
スンスンッ
「!?」
「ん、とっても興味深い香りです」
ミドリちゃんが、俺の胸に顔をうずめて匂いを嗅いでいた。
「それに、魅力を感じてくれてるのがわかったのは、大きい」
こっちを見上げる表情は、コクリちゃんと似てるはずなのに全然違う笑顔を浮かべていた。
「魅力……?」
「……コクリはどっか行っちゃいましたし、わたしたちはわたしたちでここを楽しみませんか?」
俺の疑問は聞こえなかったのか、ミドリちゃんから答えじゃなくて新らしい提案が返ってくる。
「そう、だな」
「実はここ、おすすめの癒やしスポットがあるんです。案内しますね」
そう言ってまた手を掴み、俺を施設の奥へと導いていこうとする。
(……んん?)
その導きに何か、言葉にできない何かを察知していたのだが、その正体を掴めないまま。
「こっちですよ、お兄さん」
俺はミドリちゃんに連れられて、奥へ奥へと引きこまれていくのだった。
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