第23話 異文化交流? お布団の中の水妖精



 半休ドライブした日の翌日。

 その日の俺は、ブーブー鳴り響くスマホの音で目を覚ました。


「ん? こんな朝からなんだ……?」


 寝ぼけ眼で画面を見れば、チェインに新着のマーク。

 メッセージの送り主は双子の魔法少女、ミドリちゃんとコクリちゃんだった。



『ズルいズルいズルい!! わたしもドライブ行きたかった!!』


『小旅行、美味しいスイーツ、海の見える温泉。これはギルティ』


 不満を訴える二人のメッセージに続けて、怒りを現す二人の顔そっくりのスタンプが連投される。

 え、地味にすごくない?


『ゆう兄、わたしたちもどっか連れてって!』


『これは義務。弟子には等しく優しくするべき』


 ごめんと短く返したメッセージに、即座に出された二人からの要求。

 弟子の平等を引き合いに出されてしまうと、弱い。


『今度の休み、絶対だからね!』


『場所と時刻はこちらから追って連絡。とても楽しみ』


 ついには二人に押し負ける形で、俺の次の休暇の使い道が決まってしまうのだった。



(その日は新作映画を見に行く予定だったんだが、これも師匠の務め、予定変更だな)


 スマホを置いて、苦笑する。

 連投される二人が笑顔を浮かべるスタンプを見てしまっては、もはや俺に勝ち目なんてない。

 今はせいぜい、二人がどんな場所を指定してくるのか楽しみにしておくとしよう。


 ともあれ、すっかり目も覚めてしまったし、ちょっと早いけど起きて……。


「んぅ……」


「ん?」


 布団の中で、もぞもぞと何かが動いていた。


「なんだ?」


「ぁ……」


 気になって持ち上げると。


「……お、おはようございます」


 アクアちゃんが。


「……へ?」


 全裸で俺に抱き着いていた。



      ※      ※      ※



「……お、お邪魔してます」


「え、あ、うん」


 律儀に挨拶してくるアクアちゃんに返事をしながら、俺は頭の中に大量の疑問符を浮かべまくっていた。


(アイエー??? アクアちゃん? アクアちゃんナンデ????)


 どうして俺の布団に潜り込んでいるのか?

 どうして服を一枚も着ていないのか?

 どうしてそんなに顔を真っ赤にしてるのに、離れようとしないのか?


「ぁ、ぅ……その、あんまり見られると……」


「ああっ!? ごめんな!!」


「わぷっ」


 うっかりガン見してしまっていたのを指摘され、俺は布団を勢いよく閉じてしまった。

 少しすると、アクアちゃんが布団からもぞもぞと頭だけを出し、こっちを見上げる。


 その顔は、耳まで真っ赤だった。



「えっと、その……」


 何かを期待しているような、何かを訴えかけるような目で、アクアちゃんが俺を見る。


「……どう、でしたか?」


「え?」


「あぅ……ぅぅぅ!!」


 質問するなりすぽんっと布団の中にもぐってしまうアクアちゃん。

 俺の体にギューッとまた抱き着いているが、うら若き乙女が全裸でやっていいことじゃない。


 そう、全裸だ。

 なんで全裸なんだ?


(どうでしたかって、どういうことだ?)


 処理能力を超えた情報の波に、俺も混乱して判断が下せない。

 そうこうしているとまたもぞもぞと頭だけを出し、アクアちゃんが俺を見る。


「………」


 その目はやっぱり何かを期待して、何かを訴えかけていた。



「「………」」


 いったいどれだけのあいだ、俺はアクアちゃんと見つめ合っていただろうか。

 俺の表情から何かを読み取ったのか、アクアちゃんの表情がわずかに悲しげな色に染まる。

 だがそれも一瞬のことで、続けて何か意を決した顔になったと思えば。


「えいっ」


 ぴたっ。


 アクアちゃんが布団の中で動き、俺の上に覆いかぶさるようにのしかかってきた。

 柔らかな肉の重みが全身にかかる。


「は、え?」


「………」


 メ〇ちゃんに乗っかられたト〇ロみたいな状態だった。

 頭だけ出したアクアちゃんに、至近距離からジーっと見つめられる。


 まだ薄めの秋物パジャマ越しに、アクアちゃんの体温が伝わってきていた。



「……どう、ですか?」


「どう、って……」


 アクアちゃんは、俺に何かを要求している。それは理解できた。

 だがいったい何を求められているのか、俺にはさっぱりわからなかった。


 わからない以上は、俺なりに行動するかない。


「……とりあえず、あったかい、かな?」


「ぁ……ぇへへ」


 アクアちゃんの頭を撫でながら、感じたことをそのまま伝える。


「それと、困惑してる。今この状況がよくわからないし、アクアちゃんがそんな格好している理由にもまったく見当がつかない」


「ぅ……」


 続けた言葉に、頭を撫でられて蕩けていたアクアちゃんの表情がこわばった。

 それでも俺は、アクアちゃんに言葉をかけ続ける。


「アクアちゃんのことだから、何か理由があってそうしてるんだと思うから、できれば俺に、その理由を教えてくれると嬉しいかな?」


「………」


 あとは話してくれるまで、アクアちゃんの頭を撫でながら待つ。

 全裸の美少女が覆いかぶさってくるなんて状況に惑わされてはいけないと、自分を律して。



「……ぅぅ」


 ジッと顔を見つめていたら、アクアちゃんがついに根負けした様子で目を伏せた。


「なんでそんな恥ずかしい思いまでしてこんなことしたのか、教えてくれるか?」


「……はい」


 ゆっくりと体を起こし、アクアちゃんを布団でくるみ、ようやく俺は彼女から話を聞きだすことに成功した。



      ※      ※      ※



「なるほど」


「はい」


 結論から言えば、これはアクアちゃんからのアピールだった。

 ここ最近、他の魔法少女との交流が増えた結果、相対的に自分との交流が減ってしまい、それを埋めるために今回の全裸添い寝作戦を決行したのだそうな。


「いやなんで全裸?」


「あ、アピール……ですので」


 間違いなく過剰アピールです。


「いくら寂しい、人肌恋しいからって。みだりに素肌を晒しちゃダメだよ」


「え、いや、ちが……」


「NO全裸。OK?」


「あぅ……ごめんなさい」


「よろしい」


 魔法少女は異世界人。

 この世界の常識外のことをするという現実を、改めて実感させられた気がする。


 でも同時に、アクアちゃんに寂しい思いをさせてしまったことを反省しなきゃいけない。


「アクアちゃんは寂しかったから俺のところに来たんだよな?」


「……はい」


「だったら、今後もしも寂しくてしょうがないときは、一緒に寝よう」


「え?」


「もちろん、ちゃんと服を着ること。せっかくそんなにきれいな肌なんだから、大事にしないとな?」


「きれ……! あわわ、あぅ……」


 実際、アクアちゃんはシミ一つないとてもきれいできめ細やかな肌をしていた。

 およそ現実的ではないその姿は、妖精か何かに例えても引けを取らないだろう。


「あ、あの……雄星さん」


「なんだ?」


「……じゃあ、今晩さっそく、一緒に寝て、くれますか?」


 うるんだ瞳で俺を見つめるアクアちゃん。

 どうやら、彼女の中に溜め込んでしまった寂しさは、相当に根深いものであるらしい。


「あぁ、いいよ」


「! えへへ……はい、はいっ」


 快諾すれば、アクアちゃんが溢れんばかりの笑顔で何度も何度も頷いて。


「ガンバって、よかった……!」


 それから、アクアちゃんが寂しいときは。


「あの、雄星さん。今晩も……」


「ん、いいよ」


 彼女の望むまま。


「あの、今晩も……」


「いいよ」


 何度でも、何度でも。


「今晩も……」


「ん」


「雄星さん」


「了解」


「今晩も」


「あぁ」


「今晩も」


「わかった」


「今晩も」


「あぁ……って、さすがに毎日はダメだからな!?」


「ああーーーーっ!!」


 ほどほどに、寂しがりなアクアちゃんに付き合うことにしたのだった。


「雄星さーんっ!」


「めっ!」


 適度な自主自立、大事!

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