第20話 Pちゃん大暴れ!? ピクシーネムの見た世界 その2


”例えるならば、欲しかったオモチャをようやくもらえそうだったのに、お預けされた子供みたいな怒りを感じる”


 その言葉に、あたしの心は大きく揺さぶられてしまった。

 そんな一瞬の隙を突かれ、気づけばあたしはマッドハカセのロボ従魔、オクトパくんの伸ばした触手に捕まってしまった。


「う、ぐっ、この……!!」


「はっはっは! 何やらキミにとって素晴らしいものを得られる機会を、ボクが奪ってしまったらしい。……なんかゴメンね」


「謝るくらいなら……んっ、あたしさんの拘、束を、ほどいて欲しい、ぐっ、かなぁ?」


「それはできない相談だよピクシーネム。魔法少女リリエルジュの高耐久に対する攻撃としてどれだけの成果が得られるか、データ収集のチャンスなのだから!」


「ほんと、めんどう……くさ……ぐぁぁっ」


 言い終えるより先にふっとい触手に締め上げられて、嫌な息の吐き方をする。

 息苦しい、締め付けがキツイ……!


 でも、そんな状態のあたしの頭の中を渦巻いていたのは、違うことで。


(お預けされた、素晴らしいもの……?)


 ハカセの言葉が頭の中で響いて、次いで浮かんだイメージは――。



「スキル『黒魔法』……ウォーターバレット!!」


「もえろー」


「!?」


 聞き覚えのある声と、続く衝撃音。

 あたしを締め上げていた触手にボコボコと穴が開き、そこから炎が噴き出す。

 触手はそのまま焦げてボロボロと崩れ落ち、解放されたあたしは安全圏まで距離を取る。


 見下ろせば、ベランダにピクシーアクアとピクシークゥがいて。


「悪いちょっと遅れた! 二人ともなんでか男湯の脱衣所で」


 その隣に――。


「うぃぇっ」


「ん?」


 とっさに、彼から目を背けてしまった。

 なぜだが今この瞬間に、あの人のことを直視することができなかった。



      ※      ※      ※



「ふっふっふ! 最近噂のピクシーアクア君に、最恐と名高いピクシークゥ君までいるじゃないか! 隣の彼はもしかして……はーっはっはっは! これはぜひとも、ボクの発表会に参加してもらわないといけないね! オクトパくん!」


 パチンっとハカセが指を鳴らせば、オクトパくんがへばりついていた崖から大ジャンプ。そのまま近くの海へとダイブする。


「待ちなさいっ! P・ジーニアスっ!」


「にがさない」


「あ、ダメ、二人とも……!!」


 意識がそれていたせいで、呼び止めるのが遅れてしまう。

 誘われるままに海へと飛んで行ったピクシーアクアとピクシークゥは。


「かかったね! 今だ、オクトパくん!」


「え、きゃあーーーーっ!?」


「おー?」


 突如として背後の水中から伸びてきた、大量の細長い触手に捕まってしまった。


「アクアちゃん! クゥちゃん!!」


「うう、そんな……あぁっ!」


「んっ……むぅ……はずれない……」


 全身触手に縛り上げられ、二人とも身動きが取れない。

 小さく細くても、あれはロボへと改造されたサーヴァントの、強力な兵器なんだ。


「はーっはっはっは! いいぞオクトパくん! ボクたちの勝利は目の前だ!」


「そんな……どうしよう」


 あたしが戦い以外に気を取られてしまったから、アクアちゃんたちが罠にかかってしまった。


(二人はハカセの戦い方に慣れてないから、あたしがちゃんと注意しなきゃいけなかったのに!)


 このままじゃ二人はやられてしまう。

 でもあたし一人のパワーじゃ、あの触手をどうすることもできない。


 後悔と絶望が一気に競りあがってきて――。


 その時だった。



「このくらいじゃ負けません……スキル『バリア』っ!」


「ぜんぜん、へっちゃら……スキル『爆裂』」


 二人が、戸尾鳥さんから教わった力を使う。


「おや、なにを……って、うわーーーーー!!??」


 直後、ピクシーアクアを拘束していた大量の触手がはじかれて、ピクシークゥの触手も、次々と巻き起こる爆発に千々に吹き飛ばされていく。


「……えっ」


 その力は、あまりにもあっさりと、絶望を振り払ってみせた。



「まだまだ、いけますっ!」


「おかえしするねー?」


「「スキル『黒魔法』」」


 自由になった二人の、反撃の声がシンクロする。


「ウォーター!」


「ファイアー……」


「「バスターーーーーーー!」」


 ぶっ放される、青と赤のぶっとい魔力の波動。


「うぇ?」


 ハカセの意外そうな声が聞こえた後。


「サ、さーーーーヴぁあああーーーーーーんっとぉぉーーー!!!」


 ブボーーーーーーーン!!


 二筋の波動を受け止めたオクトパくんが一気に膨れ上がり、破裂した。


 直前まであたしが感じていた絶望も不安も全部ぶっ飛ばす。

 強烈な“きらめき”が、そこにあった。



「な、なんというエネルギー! そしてなんという安定性! こ、これがリリエルジュが得たという新たなチカラ!? す、すごーーーーい!!」


 力の余波を受けただけで遠くへ吹っ飛んでいくハカセを見送って。


「みんなの平穏は……」


「クゥたちが、まもる」


 勝利のポーズを並んで決める仲間たちを見て。


「さすが、アクアちゃんたちだな」


 それを当然のことみたいに後方師匠面で頷いて見ている、戸尾鳥さんを見て。


「……ははっ」


 あたしさんはようやく、世界はとっくの昔に変わっちゃってたってことに、気がついた。

 それと同時にあたしの中のいろんな気持ちが、全部、ぜーんぶ、飛んでって。


(……そっか。あたしさんも、そうなっていいんだね)


 この瞬間、あたしの中の大きな何かが、間違いなく塗り替えられたのを感じた。



      ※      ※      ※



 いやぁ、さすがは魔法少女だな。

 前に見たぬいぐるみの怪獣みたいな従魔よりもっとでっかいロボタコ従魔を、あんな簡単にやっつけちゃうなんて。


 思わず自分のことみたいに嬉しくなって、後方師匠面してしまった。


「戸尾鳥さーん」


「お、ピクシーネム。おかえり。お疲れ様」


 ピクシーアクアとピクシークゥに先んじて、ピクシーネムが戻ってくる。

 今回彼女の活躍する場面がちゃんと見れなかったのが、ちょっとだけ残念だったな。


「ねぇ、戸尾鳥さん」


「なんだ?」


 改めて名前を呼ばれ目線を向けると、ピクシーネムが、何か覚悟を決めた顔でこっちを見上げていた。


「……突然ですが、あたしさんを、戸尾鳥さんの弟子にしてください」


「え、いいのか?」


 思わず反射的に声が出た。

 ピクシーネムことネムちゃんは、弟子になるならないって話が出たとき、様子を見ると言っていた子だ。


 最近みんなにスキルを教えるのが楽しくなってきた俺にとっては、願ったり叶ったりの提案である。


「いやいや、いいのかって。それは戸尾鳥さんの方だよ。戸尾鳥さんの時間をあたしさんたちにもっと頂戴って言ってるわけだし」


 俺の言い草に、ピクシーネムの方が困惑していた。

 風呂上がりに話したときも思ったが、この子はちょっと、周りに気を使いすぎている。


「……あたしさんみたいな子でも、弟子にしてくれますか?」


 今も自信なさげな顔をして、こっちの顔色を窺っていて。

 可愛いけれど、あんまりさせちゃいけない顔だなって思った。


「そりゃもちろん。歓迎するよ。最近は誰かに何かを教えるの、楽しくなってきててさ」


 こういう子には、思ってることを素直に真っ直ぐぶつけるのが一番効く。

 そんな俺の目論見は成功して、ピクシーネムの表情が一気に驚きの色へと染まって、ふにゃりとした笑顔になった。


「……いひひ。なんだかくすぐったいね?」


「うん? それってどういう」 


 照れ隠しにしてはちょっと不思議な言い回しに俺が疑問符を浮かべた――その時。



「えいっ」


 ぎゅうってされた。



「は? えっ?」


 あまりに見事な不意打ちに、俺は数秒、思考が停止する。

 俺がそうなるのをわかってやったのか、ピクシーネムは俺に抱き着いたままあははと笑った。


「弟子なら、師匠に甘えてもいいんでしょ?」


「……あー」


 そういうことか。


「なるほど。そうだな」


 これがこの子なりの甘え方なんだと理解して、俺はピクシーネムの頭をよしよしと撫でる。

 彼女はそれを無抵抗に受け入れると、幸せそうに顔を蕩かせていた。



「ああああー!? ネムさん? ネムさんっっ?!」


「おー、ずるい。ゆーせー、クゥもなでて。なでろー」


「ちょ、ちょちょちょ! 待ってくださーいっ!」


 お、二人とも戻ってきたな。

 これでお姉さんしてるピクシーネムの甘やかしタイムも終わりかと思ったら、意外にも継続希望で頭をぐりぐり押しつけられる。


 なるほど、同じ弟子なんだから甘えん坊も遠慮なしってワケだな?


「うぇへへ、これは弟子になった甲斐があったって感じだね~」


「ネムちゃんにはまだ、何も教えてないんだが?」


「キミのように勘の鋭いお師匠様は、あたしさん結構好きだよ」


「ああああー!!」


 右手でピクシーネム、左手でピクシークゥの頭を撫でながら、目の前であわあわしているピクシーアクアを眺める。


(魔法少女のお師匠様か。なんかもう、これ自体が新しい趣味って感じになってきたな)


 目の前の光景は、ベランダから見える綺麗な星空にだって負けない輝きを放っていた。


(こんな景色が見れるなら、そこに費やす時間も悪くない……なんてな?)


 なおも騒ぎ続ける三人の魔法少女たちをよそに、俺は一人、そんなことを思っていた。



 こうして、俺の半休を使ったドライブの日は終わりを告げる。

 帰るまでが遠足とはよく言うが、そこを詳しく語る必要はないだろう。


 なぜならこのあと、帰るまでずっと。

 魔法少女たちの寝顔を見つつ、安全運転で夜道を走ったってだけなのだから。

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