第19話 Pちゃん大暴れ!? ピクシーネムの見た世界 その1


 夜の闇がジワジワと迫りくる黄昏の終わり。

 逃げ惑う人々に逆らいスパ・あまくさのベランダから外に出た俺とネムちゃんの視界いっぱいに、その巨体はあった。


「なんだこれ。歯車とかむき出しの、タコのロボ?」


「あ~、これは……なんでこんなところに」


 驚き戸惑う俺の隣で、ワケ知り顔で顔をしかめるネムちゃん。

 そこに、ロボタコの頭上から女の子の声が響いた。


「はーっはっはっは! さぁ、発表会の始まりだ! キミたちはこの威容を前に、一体どんな感情を、欲望を発露してくれるんだい!?」


「!? あれは……!」


 このいかにもなマッドサイエンティスト的しゃべり方からして、魔族!!

 ならあれは、従魔サーヴァントか!


「戸尾鳥さん」


「ねむちゃん?」


 声をかけられそちらを見れば、手に印章を構えたネムちゃんが、心底面倒くさそうな顔でロボタコの従魔を見上げていた。


「アクアちゃんたちがまだ来ないってことは、何かあったのかもしれないからさぁ、探しに行ってくれる?」


「……ああ、任せろ!」


「よろしくねぇ。……それじゃあ、行きますかぁ!」


 ネムちゃんが、叫ぶ。


「リリエルジュ! エマージェンス!!」


 コールとともに彼女の体を光が包み込み、一瞬の後にはじけ飛ぶ!


「夢と希望が砂粒だって宝石に変える。ピクシーネム、きらめくよ! ……なんてね?」


 変身完了!

 そこには愛嬌マシマシとぼけた顔でポーズを決める女騎士風魔法少女……ピクシーネムの姿があった!


「行ってくるね、戸尾鳥さん」


「ああ! 気をつけて!」


 大きく跳んでロボタコの従魔に向かっていくピクシーネム。その後ろ姿を見送って。


「……うむ!」


 今の一瞬で起こった出来事を、俺は『神眼通』を通して確かめた!



「リリエルジュ! エマージェンス!!」


 ネムのコールが響き、同時に流れ始めるBGM。

 両手を頭の上に伸ばして交差させた彼女の身にまとっていた衣服が、風化して崩れる砂のように、静かに溶けて消えていく。

 びくんっと震えたネムが胎児のようにうずくまれば、大量の砂が流砂のように螺旋状に彼女の周りを駆け巡り、球状の砂の層となってその身を覆い隠す。

 

「ヂュ~~~~!!」


 砂球の周りを丸みの強いスナネズミが駆け回り、一声鳴くと砂球ははじけ、その中から赤砂を思わせる色味のレオタードインナーを身にまとったネムが姿を現す。

 そして約束されし運命のままに、視点がぐんっと移動して。


「せーのっ!」


 下から見上げる格好でネムを映せば、掛け声とともにそこへと向かって思いっきりストンピングが繰り出され、あわや踏まれるという瞬間に気づけば遠目にネムを見つめる視点に変わり、彼女の足に踏み叩かれた地面が左右から土壁をいくつも隆起させる。


 隆起した土壁が砂になって崩れれば、そこに現れたのは魔法少女の衣装のパーツ。

 それらをネムが目視して、まずは左手を差し伸べる。


 ツイと飛んできた手袋がネムの手に収まり、次いで右手、右足、左足と手袋、ブーツが装着されれば、アームカバーとニーソックスが、それぞれ肌に張りつくように生成される。


「んっ……」


 視点がネムの脇の下あたりへと移り、彼女の体をぐるりと一周見回す動きを取るのに合わせ、ジャケット、腰鎧、スリットの入ったスカートが、次々装着されていく。

 すべてを見届け視点が背面へ移ると、左右からそれぞれ一本、腰鎧から長く特徴的な飾り布が末広がりにシュルッと伸びた。


 謎の光輪が左右一対ネムの髪へと飛来して、彼女の髪をオレンジ色からより明るいアプリコットカラーへと染め変える。

 その後光輪は宝石が装飾された髪留めへと変化して、肩まである髪をツーサイドアップに仕立て上げた。


「……ふぅっ!」


 視点が前へと戻り、ジャケットを留める橙の宝石(さっき手に持ってた印章が同化したやつ)が装着され、かすかに身もだえする声が聞こえたら、いよいよもって変身は大詰め。

 三つの部位で構成される組み立て式の長槍を手に、ガチャリガチャリと金音かなおと鳴らし組み上げて、挑発的なまなざしが前を向く。


 くるり、くるり、魔法少女リリエルジュが舞い踊る。


「夢と希望が砂粒だって宝石に変える。ピクシーネム、きらめくよ! ……なんてね?」


 最後にバッチリポーズを決めて、表情崩して魔法少女ピクシーネム、変身完了である。


(――実にこの間、0.2秒。やはりこの辺りが変身速度の基準点か!)


 新たな知見を手に入れたところでこの場はピクシーネムに任せ、俺は未だ姿を現さないアクアちゃんたちを探すために動き始めた。



      ※      ※      ※



 ほんと、勘弁して欲しいよねぇ。


「やぁーやぁー! 誰かと思えばピクシーネム君じゃないかね! こんなところで会うなんて奇遇じゃないか! 会えて嬉しいよ!」


 胸がざわざわしている時に聞くには、うるさいんだよねぇ、この声。


「こっちとしてはせっかくの湯治を台無しにされて、嬉しさ爆散したんだけどねぇ。ハカセ?」


「はっはっは。キミだっていつもボクの楽しいロボ従魔たちを爆散させてるからちょうどいいじゃないか! あぁ、それと。何度も言うがボクはプロフェッサー・ジーニアス。愛称で呼んでくれるのはいいが、それなら愛をこめてピーちゃんと呼んでくれたまえ!」


「お断りだよぉ」


 あえて呼ぶならマッドハカセでしょ。

 教え授ける人プロフェッサーなんておこがましいにもほどがある。


 そういうのが似合うのは、むしろ……。



「さぁ、いくぞ! やれ、タコさんロボ従魔、オクトパくん!!」


「っ!!」


 ハカセの指示を受け、オクトパくんが巨大な触手を振り下ろす。

 一本だけじゃなく、二本、三本、次々と。


(巻き込まれる人は……なし!)


 あたしはそれを、槍を振るってはじいて、はじいて、受け流して、はじいていなしていく。


空が飛びたいリリィウィング!」


 飛行の魔法を発動させて宙に舞う。

 あたしの飛ぶイメージの具現である蝶の羽を羽ばたかせ、一気にハカセへ近づいて。


「ははっ! 来るかい?」


「もう来たよ……せりゃ!」


 突き出した槍先が、あとちょっとでハカセを貫くってところで、伸びてきた触手に阻まれる。

 金属がぶつかる重い音が耳に響いた。


「あいかわらずぬるりと近づいてくるね! ピクシーキララ君とは大違いだ!」


「あの子は素直で真っ直ぐなのがいいところだからねっ!」


「うおっと!」


 無理矢理に目の前の触手を払い、槍をくるりと1回転。

 再び穂先を突き入れようとしたところで、あたしの胴を薙ぐ触手の一撃にはじかれ、無理矢理に距離を取らされた。


(んん~、手数が多い敵って面倒くさいねぇ)


 ハカセのロボ従魔はただでさえデカくて硬くてタフでパワーがあるくせに細かい動きもそれなりにできるという、厄介極まりない相手だってのに。



「はぁー、まったくもう……」


「おや、おやおやおや? ピクシーネム君。今日はなにやら、ご機嫌ななめなようだね?」


「そりゃ、ハカセ相手するときはいつも面倒くさいから機嫌も悪くなるよ?」


「そうじゃない。今日のキミは、いつもと違って向けてくる感情にトゲがあるんだ。そう、例えるならば、欲しかったオモチャをようやくもらえそうだったのに、お預けされた子供みたいな怒りを感じる」


「……は?」


 は?


「隙あり!」


「え、あっ!!」


 しまった、って思った時にはもう、あたしの体は触手に絡めとられてしまっていた。

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