第18話 お悩み相談? 遠慮だなんてもったいない! ~ネムの場合~



「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~~~」


 この全身マッサージ機うちに欲しい~~~~……。

 でも置く場所がない~~~~……。


「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~~~」


 風呂を満喫しきった俺は、今は浴場を出て施設内のリラックスルームにいた。

 ここには談笑スペースや各種マッサージ機があるスペースなど、さまざまな空間が用意されていて、大勢の人々……とりわけご年配の方々が、ゆったりと過ごしていらっしゃった。


 ここはシーサイドビューの切り立った高所にあるスパ施設なのだが、運動がてら歩いて登ってきたーなんていう話も聞こえてくる。

 すべてはこの、幸せな癒やしの時間を求めて。


「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~~~」


 そんな空間に混じる俺もまた、癒やしを求めてやってきた者の一人。

 仕事を全速力で終えて、みんなを連れてドライブして、よく頑張ったで賞の受賞者だ。


 だから今、この高そうな椅子型マッサージ機に身を委ねてデロデロに溶けたとしても、それは仕方のないことなのだ。



「だらしない顔になってるねぇ、戸尾鳥さん」


「ふがっ?!」


 見事に癒やしサービスの餌食になっていた俺の意識を、誰かの声が呼び戻した。


「あはは、あたしさんってば、なかなか面白いものを見ちゃったかも?」


 声のした方を見れば、そこにはほっかほかのネムちゃんが一人、悪戯っぽい笑顔を浮かべて立っていた。



      ※      ※      ※



「って、あれ。ねむちゃん一人なのか?」


 てっきりみんな、一緒に出てくるもんだと思ってた。

 そうしたらフルーツ牛乳をみんなで飲もうなんて誘うつもりだったんだが。


「あー、うん。実は今、クゥちゃんをアクアちゃんが連れまわしてるって珍事が発生しててね」


「それ珍事なのか」


「珍事だよぉ。アクアちゃんがあんなに周りに働きかけるなんてこれまでほとんどなかったし」


「へぇ、意外だ」


「意外なんだ?」


 家じゃけっこう積極的に話しかけてくれるんだけどな、アクアちゃん。


「じゃあ、戸尾鳥さんと関わったおかげだね。いやぁ、みんな元気になっちゃったよぉ」


「お姉さん役は大変そうだ」


「まったくだよぉ、なーんてね?」


 地球名、流沙りゅうさねむ。こと、ネムちゃん。

 彼女はチームピクシーのお姉さん的ポジションの女の子だ。


 これまでに俺が見知った彼女は、面倒くさそうにしつつもみんなの世話を焼く姿ばっかりで。


(今日だって、クゥちゃんに半ば強制的に連れてこられてたんだよな)


 なかなかに苦労が多そうな子だな、という印象だった。



「まぁ、おかげであたしさんはお先して、戸尾鳥さんと同じようなことしようと思ってここに来たってわけだけども~」


「なるほどな」


「いいよねぇ、マッサージ。凝った体がやわらか~くなるし」


 そのぷにぷにの体でマッサージ機にかかってしまったら、ぷにぷにぷにぷにになってしまうのではないだろうか。


「なら、俺の場所使うか?」


 あいにくと、他のマッサージ機は全部使用中だ。


「あ、そこまでしてくれなくてもいいよぉ~」


 肩たたきフェーズに入っていたマッサージ機を止めようとした俺を、ネムちゃんが制止した。


「遠慮しなくてもいいんだぞ?」


「いやぁ、そういうのはなんか申し訳ないからねぇ……」


「……ははぁん。なるほどな」


 繰り返し遠慮するネムちゃんを見て、俺は察した。


(普段からみんなのお姉さんをやってるのは、この一歩引き気味な性格の影響もあるんだな)


 距離を取った位置からは、いろいろなものがよく見える。


 でも、でもだ。


「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」


「え? って、うわわ、戸尾鳥さん!?」


 卵が先か鶏が先かはわからないが、今目の前で要らぬ遠慮をしているこの子には、ちょっとした刺激が必要だろう。


「ほい、確保ー」


「うへぇぁ~……これは、ちょっとあたしさん予想外だぁ」


 マッサージ機に座った俺の上に、ネムちゃんを座らせた。

 しっかり腕をネムちゃんのお腹に回して確保したら。


「マッサージ機、フルパワー!」


「へ? おああああああああああああああああ……」


 ハチャメチャに振動するマッサージ機に二人で挑めば、ネムちゃんから可愛い間延びした声が響いた。



      ※      ※      ※



 数分後。


「マッサージ機を二人一緒に使っちゃダメですよ」


「「すいませんでした……」」


 スタッフさんに叱られて、俺たちは人目を避けて自販機コーナーに移動した。


「もぅー。戸尾鳥さんはしゃぎ過ぎだよぉ」


「はっはっは。ごめんなさい」


 ネムちゃんにも叱られて、失敗したかと思ったが。


「もぅ、本当に……ふふふっ、本当に……くふふ」


 思い出し笑いしてしまってちゃんと叱れてないネムちゃんの様子に、俺の頭から後悔の二文字はすっ飛んでいった。


「ねむちゃんは、もうちょっとわがまま言っていいと思うぞ?」


「う……」


 切り込んだ俺に、ネムちゃんの笑顔が苦笑に変わる。


「それは……あたしさんには難しいかなぁ? 気づいたらもうこの役回りだったし」


「そりゃ、アクアちゃんたちに甘えろってのは難しいだろうな。だから……」


 手を伸ばし、よしよしとネムちゃんの頭を撫でる。

 嫌がられも喜ばれもしないで、ただ、不思議そうにこちらを見つめる視線だけが強まった。


「せっかくできた縁なんだ。俺相手にいろいろ試してみたらいい」


「!」


 ビクッと、ネムちゃんが一度だけ震えて。

 その足が一歩だけ、後ろに下がった。


「……戸尾鳥さんは、迷惑じゃないの?」


「え? 甘えられるのが?」


「それだけじゃないよ。あたしさんたち……魔法少女リリエルジュと関わったから、大好きな趣味を楽しむ時間が減っちゃったりしてるし、さ」


「……あー」


 ドライブ中に聞いたあの小さい謝罪の意味を、ようやく理解した。


「それはそれ、これはこれ、だな」


「え?」


「俺は、趣味については今できる範囲で最大限楽しむって決めてるんだ。それに、今はできるってだけでも十分に幸せを感じてるよ。本当にな」


「それは……」


 俺の言葉にネムちゃんが何か言おうとした。


 その時だ。



「うわぁぁーーーー!!」


「なにあれ! 怪物よーー!!」


「「!?」」



 突如として上がった人々の悲鳴に、俺とネムちゃんは即座に声のした方へと駆け出す。


 そこは建物の外。海に面した崖の上にへばりつく……。



「サァーーーーーーヴァァァ~~~~~ント!!」



 ところどころメカメカしい感じの物体が露出する、ビッグサイズなタコの怪物の姿だった。

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