第17話 お悩み相談? 遠慮だなんてもったいない! ~アクアの場合~


 ドライブのゴール。

 九州本島を離れていくつか橋を渡った先の島にある、高所からのオーシャンビューを望む県内有数の大型複合施設。


 スパ・あまくさ。


 癒やしの水スパの名の通り、沿岸部に沸く温泉を活用した塩湯や温水プールなどが売りのレジャー施設であり、長いドライブをこなしたご褒美としてもう何度もお世話になっている。


「ふぅー……」


 大きなガラス張りの窓越しに、暮れなずむ日を見送りながら過ごす大浴場のひと時は、知らず知らず疲れてしまっていた俺の心と体を温かく包み込み、癒やしてくれる。


「さいっこー……」


 ドライブも趣味だが、もちろん旅行自体も俺の趣味だ。

 こうして旅先で素敵なもの、刺激的なものに触れるのも、人生をさらに彩ってくれる。


「あっちも楽しんでくれてるならいいんだがな……」


 今頃は女湯で楽しんでるだろうアクアちゃんたちのことを思いながら、それも一時頭の片隅に追いやって、俺は潮の香りの混じった湯に肩まで沈む。


「あ゛あ゛~~……ざい゛っごう゛ぉぉ~~…………」


 マジで、癒やされるぅ~……。



      ※      ※      ※



「ほらー、クゥちゃんキレイキレイしようねぇ?」


「んん~~……」


 体を洗う私の隣で、ネムちゃんがクゥちゃんをスポンジでゴシゴシしている。

 気持ちよさそうにそれを受け入れているクゥちゃんを見ながら、私は途中で立ち寄った港でのことを思い出していた。


(クゥちゃん、カフェじゃあーんしてもらってたし、そのあと……)


 雄星さんと……手、繋いでた。


(絶対何か、仲良くなるきっかけがあったんだ。うう~、やっぱりみんなすぐに雄星さんと仲良くなれちゃってるよ~……!)


 雄星さんの稀人レアブラッド認定。

 あれは私が、もっと雄星さんと仲良く過ごすために、ブライト様に申請したものだった。

 でも結局、勅命はチームピクシーのみんなで共有することになって、雄星さんについても、みんなそれぞれに仲良くし始めた。


(コクリちゃんとミドリちゃんは雄星さんと会うたびに順調に仲良くなってるし、ネムさんは車の中でのやり取りからして相性がいい感じがする。キララちゃんだって、雄星さんに師事してないって言いながら、何度も腕試しだって試合しては稽古つけてもらってる感じだし……信頼、してるみたいだし…………)


 ここ数週間のみんなの雄星さんへの距離の詰め方を考えると、私がみんなに先立って積み重ねてきた1ヵ月って時間が、どんなに頼りないものだったのかって思い知らされる。


(そもそも……だよね)


 普段からガンバって取り繕っている私と違って、みんなはもともとキラキラしてる。

 お話みたいにキラキラしている魔法少女が好きな雄星さんとは元々相性が良い……良すぎるんです。


「あらいおわったー」


「洗ったのほとんどわたしさんだけどね? それじゃアクアちゃん、先に行ってるねぇ」


「あ、はい」


 考え事してたせいか、クゥちゃんたちが先に湯船に行ってしまった。

 自分のトロ臭さに目をつむっちゃうけど、今は一人の方が気が楽だとも思った。


 そう思ってしまう自分が、ちょっと嫌だなぁ。



「はぁ~……」


 私も、もっと雄星さんと仲良くなりたいなぁ……。


「おやおや、悩みごとかい?」


「え?」


 思わず出てしまったため息を拾われてしまい、声のした方を見る。

 クゥちゃんたちがいた反対側の席で、褐色肌の女の人がシャワーを浴びていた。


「キミ、悩ましげな声が漏れていたよ。ここはひとつ、お姉さんに話してみないかい?」


 背は私より高い……と言っても頭一つ分くらいの差、かな?

 でもそこより何より私の目を引くのは……ばるんっと揺れた豊満な胸だった。


 見上げる私の視界から、女の人の顔があんまり見えない。


「わぁ……」


「ん? なんだい?」


「あ、いえ、なんでもないです……っ」


 思わず俯いてしまったけど、女の人はそんなの気にした様子もなくて。


「安心したまえ。見たところ地元の子ではなさそうだし、旅の恥は掻き捨てというだろう? ならば何も遠慮はいらない。ボクにすべてを打ち明けて楽になってしまいたまえ」


 そんな、力強い言葉をかけられて。

 おずおずとまた顔を上げた私は。


「ようやく目が合ったね。ボクはジーニア・フルバスト。花も恥じらうJKというやつだ」


 身を屈めて目線を合わせてくれていた女の人の、ありもしない眼鏡をくいっと持ち上げる動作がおかしくって。


「……ふふっ」


「おお、まさしく水上の蓮のごとき楚々とした笑顔。素晴らしい」


 気がつけば、お姉さんのペースに引きこまれてしまっていた。



      ※      ※      ※



「……なるほどなるほど、年の離れた意中の相手を想う優秀なライバルが多数いて大変、か。これはまた難問が飛び出てきたねぇ」


「うぅ……ほとんど全部話しちゃった」


 ジーニアさんに連れられて露天風呂の端の方に二人で陣取って、私は自分の抱えていたものを彼女に語った。

 もちろん私が魔法少女リリエルジュであることなんかは秘密にして。


「ふむふむ、なるほどー」


 話を最後まで聞き終えたジーニアさんは深く頷いて、しばらく胸の上で腕を組んでうんうん唸ったあと、名案を閃いたと口を開く。


「襲ってしまえば?」


「ダメに決まってますっ!」


 あ、大声出しちゃった。


「あっはっは、そりゃそうだ」


 声を荒げてしまったのが恥ずかしくなって、バシャバシャと愉快そうに湯面を叩くジーニアさんの横で、私は鼻まで湯に沈んだ。


「でも、今のはボク的になかなかのアドバイスだったと思うよ。何よりキミに足りないのは積極性だ。周りを押しのけてでも手に入れたいというガッツが足りない!」


「ぶくぶくぶく……」


「人間、もっと欲望に正直にならなければ。そうでなければ望みを叶えることなんてできやしないのさ。欲しい物があるから人は努力するんだよ」


「………」


 欲望。

 その言葉を聞くと身体がこわばる。

 でも、ジーニアさんの語るそれは、今の私には妙に響いて聞こえた。


「好きな人がいる。その人との明るい未来を想像すると楽しい。ボクの知人も最近運命の人と出会えたらしくてね。毎日楽しそうにしているよ」


「そう、なんですか……?」


「そうとも。欲を得るというのは、日々の活力を得るということなのさ!」


 だからキミも、欲しいモノができたのなら手を伸ばしたまえ、とジーニアさんが言う。

 私は、そう生きている人はきっと、毎日が楽しいんだろうなと思った。


 なんとなく、キララちゃんの背中を追いかけて、毎日変身魔法を練習していたころを思い出した。



「少しは役に立ったかな?」


「……はい。本当に欲しいのなら、もっともっと自分からアピールしないと、何も変わらない。ですよね?」


「その通り! 偉大なる先人もこう言っている。“ねだるな、勝ち取れ”とね?」


 どうしてジーニアさんの言葉はこんなにも私の胸に響くんだろう。

 人々に夢と希望をあげるリリエルジュが人から元気をもらうなんて、あべこべだ。


 でもそれは、落ちこぼれだった私にとって、まだまだ足りない私にとって、とっても参考になった。


「……はいっ。私、ガンバりますっ!」


「フフフ、いい目だ。こんなに素敵な子に好かれる人か、ボクも興味が湧くね」


「! 雄星さんはあげませんっ!」


「なるほどなるほど、ゆうせいさん、というのか。覚えておこう」


「もー! ジーニアさんっ!」


「はっはっは揺れる揺れる」


 ぽかぽかぺちぺちとジーニアさんを叩くと、湯に浮かぶ彼女の胸がバルンバルンと揺れる。


「………」


 ジーニアさん、結構雄星さんの好みに当てはまってる気がする。

 褐色だし、胸大きいし。お姉さんみたいに頼りがいがあるし。


「んー。どうしたい? これ、気になるのかい?」


「うえっ!? あ、なんでもないです! わ、私、みんなのところに行きますねっ!」


「あっはっは。安心したまえ。キミもいずれはこれくらい大きくなるさ!」


 “法族エルマ久遠少女エルジュは、これ以上大きくなりません。”とは、さすがに言わないで。

 私はジーニアさんと別れた。 


(ねだるな、勝ち取れ……アピール、強いアピール……!)


 何か、とても大切なことを教わった気がする。


「……とりあえず、クゥちゃんに何があったのかを聞くところから、だよね」


 胸の内から湧き上がってくる気持ちに従って、私はみんなのところへと向かう。

 それが希望なのか、欲望なのか、わからないまま。



      ※      ※      ※



 アクアが去ったあと。


「いやぁ、愉快な子と話ができた。有意義な時間を得られたもんだ」


 見送ったジーニアは、湯に深く浸かりなおしてため息を吐く。


「それにしても“ゆうせいさん”ね。……ハハッ、まさかね?」


 お互い気づかぬままに過ぎ去った、二つの勢力の交わり。


「ま。今日は新作のデータ収集が目的だし、そっちを優先しようかな」


 風呂から上がり、ジーニアがまとうのは魔改造された白衣と、アンダーリムの眼鏡。


「……ふふふっ。さぁ、ショーを始めよう!」


 肩にかかる程度の髪を、ゴムで縛ってツインテールに。

 白衣に袖を通し、眼鏡をくいっと持ち上げて、彼女は嗤う。


「このボクの……天才のダーク四天王、プロフェッサー・ジーニアスによる、楽しい楽しい新作ロボの発表会だ!」


 不穏の影が、くまモト市を遠く離れたこの地にも、その魔の手を伸ばそうとしていた。

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