第16話 取り扱い注意! ピクシークゥはアブナイ娘?!


 くまモト市を守る魔法少女、チームピクシーの年下枠。

 地球名阿蘇崎あそざきくぅ、ことクゥちゃんからの緊急事態宣言は。


 ジャー……。


「ふぅー」


「おかえり」


「ただいま」


 無事、最寄りのお手洗いへ連れていくことで解決した。


「これ、ありがと。あったからつかわなかった」


「そりゃなによりだ」


 念のためにと渡しておいたトイレットペーパーを返してもらい『異次元収納』に放り投げる。


「それじゃ、あくあちゃんたちのところに行こうか」


「………」


 トイレから目と鼻の先に、目的の観光地化した屋敷はある。

 ちゃんと先に行っててくれって伝えてあるから、今頃アクアちゃんとネムちゃんは、中の展示やこの場所の歴史を解説する動画でも見ているところだろう。


「ゆーせー」


「あぁ、行こう行こ――」


「こっち」


「――うえっ?」


 突然クゥちゃんに腕を掴まれ、俺は屋敷とは逆側へと引っ張られる。


「ちょ、くぅちゃん?」


「こっちー」


 いきなりのことで判断に迷っていたら、クゥちゃんのミニマムボディからは想像もできない力強さで引きずられ、どこぞへと連れていかれてしまう。



「……って、ここは」


 連れ込まれた先は、トイレのすぐそばにある階段を下りた、海へと繋がる水路の脇。

 元の場所ともさしたる高低差がなく、流れる水路も川遊びが余裕でできそうな浅い場所。


「くぅちゃん?」


 どうしてこんなところに?

 なんて俺が疑問を口にするよりも早く。


「……リリエルジュ、エマージェンス」


 不満げな顔のクゥちゃんが、手に印章を構え炎とともに変身した。



      ※      ※      ※



「ユメとキボーがぐれんにそめあげる……ピクシークゥ、おきたよ」


「!!」 


 悪魔っ娘風魔法少女へと変身を完了したピクシークゥを前にして、俺は――。


(――『神眼通』!!)


 当然にしてそのプロセスを、見逃すことはなかった!



「……リリエルジュ、エマージェンス」


 静かなクゥのコールが響き、同時に流れ始めるBGM。

 祈りを捧げるように胸の前で手を組んだ彼女の身にまとっていた衣服が、燃え盛り、火の粉になってちぎれていく。

 びくんっと震えたクゥが胎児のようにうずくまれば、彼女の周りをプロミネンス状の炎の帯たちが駆け巡り、巨大な火球となって覆い隠す。


「……ケェェーーーン!」


 火球の周りを炎をまとった鳥が飛び回り、一声鳴くと火球が爆縮、炸裂し、その中から真っ黒で、お腹を大胆に開いたデザインのレオタードインナーを身にまとったクゥが姿を現す。

 もはや抗う余地もなく、視点がぐんっと移動して。


「……んぅ」


 まどろむようにトロンとした目を浮かべるクゥの右の耳に、灯火とともにイヤリングが出現すれば、反対の耳にも同じく現れ、次いで頭の上に細い角めいたデザインのサークレットが装着される。


「ん……」


 視点が引いて正面からクゥの全身を映せば、ヴェールのような薄布が彼女の体にまとわりついて、そのままベビードールのような衣服へと変わり、その身を包んだ。


 ゆっくりと視点がクゥを中心に反時計回りで動き出し、体のラインに這うように、魔法少女としての靴や手袋、飾りスカートなどの赤を基調とした装飾が、次々と施されていく。

 普段のくすんだ灰色の長髪が、鮮やかなプラチナ交じりのアッシュグレイへと染まっていく。


「ふぅー……」


 悩ましげな吐息とともに視点が向いた胸元で、中身のないブローチに赤の宝石(さっき手に持ってた印章が同化したやつ)がはめ込まれ、かすかに身もだえする声が聞こえたら、いよいよもって変身は大詰め。

 異空間へとクゥが手を突っ込んで、中からずるりと禍々しいデザインの大鎌を取り出せば、それをポールのように立て、底知れぬ瞳が前を向く。


 くるり、くるり、魔法少女リリエルジュが舞い踊る。


「ユメとキボーがぐれんにそめあげる……ピクシークゥ、おきたよ」


 最後にバッチリポーズを決めて、魔法少女ピクシークゥ、変身完了である。


(――実にこの間、0.3秒! じっくりとした変身だったな)



「……うん?」


 それで、なんでクゥちゃんは変身したのだろうか?


「………」


 変身を終えたクゥちゃんことピクシークゥは、黙ったままじっと水路の方を見つめている。


「ピクシークゥ、さっきから一体何してるんだ?」


「………」


 俺の問いかけに、一度こっちを見上げたピクシークゥが、再び水路に目を落とし、ゆっくりと大鎌を構えて言った。


「……か」


「か?」


「さされたから、たおす」


「? ……あっ、蚊か!」


 もう10月も後半になるんだが、県内では未だに蚊が活動している。

 気候が安定しない昨今、虫の活動タイミングにもずれが生じていて、地味に対策が面倒だったりするのだ。


「って、蚊に刺されたのか?」


「そう。だから……」


 ようやく事情を把握した俺を置いてけぼりにして、ピクシークゥは視線の先の……水場に大量に湧いている、小さな小さな厄介者へと静かな敵意を燃やして。


「スキル『着火』」


 ボッ。


 本当にその厄介者を焼いた。


「『着火』、『着火』、『着火』、『着火』……」


 1匹1匹、丁寧に、正確に。


「『着火』、『着火』、『着火』、『着火』……」


 無感情に、淡々と、ひたすらに容赦なく。


「『着火』、『着火』、『着火』、『着火』……」


 一気に焼き尽くさないのは周辺環境への配慮か、処理とも呼ぶべきその行為は続き――。



「――って。待った待ったピクシークゥ、何やってんだ?!」


「んう? てきは、ただのひとりもにがしちゃだめ。ねだやしがきほん」


「いやいやそれは対ゴブリンレベルの話だ。蚊さんは天然自然の循環の中でやってるやつだからやりすぎちゃダメ!」


「……ゆーせーがそういうならやめる」


 俺の剣幕にキョトンとした目でこっちを見ていたピクシークゥが、コクリと頷いた。


「そうか、ありがとう」


 止めなかったらマジでここら一帯の蚊が絶滅するまでやりそうな気迫だった。

 蚊を殲滅したい気持ちは俺にだってあるが、それでも踏まえるべき一線はある。


「トイレしてるとき、むぼうびなところチクチクされたから、てきにんてーした」


「刺してきたやつまでは生存戦争だったけど、そこから先は過剰報復だな」


 何事もやりすぎてはいけない。

 ただし、ファンタルシアのゴブリンは除く。あれはマジで害悪だからな!



「んう、かゆい……」


 変身しても蚊からの持続ダメージは継続しているのか、ピクシークゥがむずむずと太ももをこすり合わせている。

 魔法少女への変身も、どうやら万能じゃないらしい。


「ちょっと待っててな。今かゆみ止め出すから」


 かゆみって蚊の注入する成分が由来だし、案外『解毒』も通じるかな?


「ゆーせー」


「はいはい……って」


 呼ばれて視線を向けた先で。



「ゆーせー、かゆいとこみて」



 ピクシークゥが、膝上丈の飾りスカートをたくし上げ、こっちを見上げていた。


「は……」


 大胆すぎる行動にとっさに声を荒げそうになったが、堪える。

 それよりもまず、やるべきことがあった。


「………」


「えーっと、どれどれ?」


 露わになった股ぐらの、右太ももの方に何ヵ所か。

 ほんの少しだけ赤くなった、小さな点々が目に入った。


「ゆーせー、みた?」


「見た見た。ここだな」


 俺は手にしたかゆみ止めの蓋を開けながら身を屈め、他にも刺された場所がないか患部周りを診る。


「んっ、くすぐったい」


「おっと、ごめんな。息が当たった」


「だいじょうぶ。ゆーせーの、すきにして」


 腫れちゃってる場所は4ヵ所。そこ以外はパッと見では見つからない。

 とっととかゆみ止めを塗ってしまおう。


「ちょっとくすぐったいぞ」


「ん……んうっ」


「我慢我慢」


 わずかに汗ばむぷにっとした太ももに、ぬり口を押し付けこすりつけていく。


「んぃっ、ゆーせー、すーすーする」


「かゆいのよりはマシだから我慢しような……これでよしっと」


「ふあ……あ、きもちいいー……よくなった、かも」


「仕上げに……スキル『解毒』」


「んん……っ!」


 お、発動した。

 これでかぶれたりとかも問題ないだろう。


「は、は、ふぅー……」


 治療を終えてピクシークゥの顔を見れば、彼女はどこか惚けた顔でため息をついていた。



      ※      ※      ※



「ありがと、ゆーせー」


 にわかに上気した顔で、ピクシークゥからお礼を言われた。


「災難だったな。でも、さっきみたいに人前で服をバサッて持ち上げるのは、相手をびっくりさせちゃうからやっちゃダメだぞ?」


「…………ん、わかった」


 屈んでるついでに目線を合わせたまま、俺はよしよしと彼女の頭を撫でる。

 普段アクアちゃんにしてるようなノリでついやってしまったが、ピクシークゥもまんざらでもなさそうに目を伏せ喜んでいるようだった。


「さて、いい加減合流しないと心配されるかもな」


「ん。いこ、ゆーせー」


 パッと変身解除したクゥちゃんから差し出された手を繋ぎ、一緒に並んで歩き出す。


(それにしても、クゥちゃんはちょっと危なっかしいところがありそうだ)


 彼女からは、舵取りを間違ったらとんでもないことをしでかすような、そんな気配を感じた。

 一歩間違うと世界の敵になりそうだとか、味方ごと気にせず破壊してしまうだとか。


(クゥちゃんはスキルの覚えもいいし、魔法少女としての素養も高い。完全なハイブリット型なんだよなぁ)


 教える側としてはスポンジのように何でも吸収していく生徒ってのはとても気持ちいい。

 だがその心地よさに溺れるんじゃなく、教える力の使い方について、こっちでもっと考える必要がある気がした。


 大いなる力には何とやらってやつだ。



「あっ、雄星さんっ! クゥちゃんっ!」


「二人とも遅いってばぁ。映像一周しちゃったよー?」


「ごめんごめん。ちょっと手間取ることがあってな」


 屋敷の入り口まで様子見に来てくれてた二人に謝りながら、俺はクゥちゃんと手を繋いだまま歩み寄る。


「ゆーせー」


「ん?」


 呼ばれて視線を向ければ、そこにはいつも通り眠たげな、クゥちゃんの薄青の目がこっちを見上げていて。


「さっきのは、ナイショ」


「? ああ、わかった」


 空いてる手の人差し指を口に当て、秘密だよってジェスチャーしてみせたクゥちゃんに、その意図はよく掴めないながらも同意する。


(あれか、叱られたこと、秘密にしてて欲しいのかな? まぁ、わかる。恥ずかしいもんな)


 俺なりに納得できる答えを見つけてしまえば思考も停止し。


「ふふっ」


 妙に上機嫌なクゥちゃんと一緒に、何やらびっくりしてるアクアちゃんと苦笑しているネムちゃんに合流。

 四人揃って館内の展示物を観覧した後、最終目的地に向けてドライブを再開するのだった。


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