第15話 半休ドライブ! おやつタイムは海の見えるカフェで
「うおおおい戸尾鳥ぃ、余裕あるならもっと仕事してってくれよぉ」
上司の悲しげな声が職場に響く。
「オレの書類仕事手伝ってくれよぉ」
「課長、無駄ですって。戸尾鳥先輩が定時や午後休取るためにどんだけのスピードでどんだけの量の仕事やってると思ってんすか。そこ間違うとパワハラっすよ」
「ぐぬぅ……オレの甘えかぁ」
「いやいや、先輩の……特に最近の仕事のやり方は真似できねぇっす。あれは変態か、それ以上の何かっすよ、課長」
何やら不本意な扱いを受けているようだが、それに構っていられるほど俺に暇はない。
「じゃ、お疲れ様でーす」
趣味に生きる男、戸尾鳥雄星。
今日は趣味の一つであるドライブのため、気合入れて仕事を片付けた。
(緊急で連絡がきそうな案件もない。パーフェクトだ雄星)
万全の準備はすでに整えてある。
意気揚々と家へと帰り、手早く着替えて一階のガレージへと足を運べば。
「ゆーせー、あそびにきた」
「あはは。今日はよろしくお願いするねぇ」
「お出かけ楽しみですね。雄星さんっ!」
そこではよそ行きの私服に身を包む、可愛い美少女三人衆が、俺を待ち受けていた。
※ ※ ※
半開きの窓から流れ込む潮風が、かすかな肌寒さと鼻にツンとくる香りを届けてくる。
「んー……しょっぱい。いのちのあじ」
後部座席で窓を全開にして身を乗り出しているクゥちゃんが、バックミラー越しにペロッと舌を動かしているのが見えた。
「くぅちゃん。身を乗り出すと危ないぞー?」
「んー」
「シートベルトちゃんとつけようね、クゥちゃん。……こっち側は岩肌ばっかりです。この道を作るのにどれだけの苦労があったんでしょうね」
「さすがアクアちゃーん。着眼点が渋いねぇ」
反対の窓から見える景色について語っているのは、同じく後部座席のアクアちゃん。
今走っている道は右手に海、左手に崖といったいかにも沿岸部の切り立ったところに作られた車道である。
「うぅ。秋も終わりなこの時期にわざわざ海を見に行くなんて、あたしさんただの寒さの先取りじゃないかって思うんだよねぇ」
そして助手席で寒い寒いと小芝居してみせているのが、チームピクシーのお姉さん役を務めるネムちゃんだ。
「魔法少女って、変身してなくてもある程度暑さ寒さに耐性あるんじゃなかったっけ?」
「キミのように勘の鋭いおにいさんは、あたしさん結構好きだよ。勤勉だねぃ」
「好きっ!? ネムさんそれってどういうことですかっ!?」
「うへぇ、やぶへびぃ~……」
「あはは」
「もぅ~、雄星さーんっ!」
「……ふあぁ~」
大勢でのドライブは賑やかで華やかで、どこまでも明るい雰囲気に満ちていた。
今日のドライブ、最初は一人旅のはずだった。
「海を見に行くんですか? 楽しんできてくださいね、雄星さん」
当初予定を伝えた段階ではアクアちゃんもこう言って同行する予定はなく、のんびりとした道程になるはずだったのだが。
「えっ、クゥちゃんと一緒に? わ、私も行きますっ! 連れてってください!!」
クゥちゃんが同行すると聞いて一転、自分も付いていくと物凄い勢いで食いついてきたのである。
「なんかクゥちゃんがあたしさんも絶対来いーって言ってきててさぁ。悪いけど付いてっていいかな?」
その後、ネムちゃんからはチェイン(対話アプリ)を通じて連絡が来て、今回の4人が揃ったというわけだ。
「それにしても戸尾鳥さんはさぁ、いろんな趣味があるよねぇ。休みの日の方が忙しくしてなぁい?」
「ゆーせー、しゅみじん」
いい加減風の寒さが勝ってきたと窓を閉めたところで、ネムちゃんから質問が飛んできた。
「あたしさんが知ってる限りで……映画、漫画、アニメ、小説、ネット、ドライブ?」
「くるまのところ、つりするのあった。ゆーせー、つり、しゅみ?」
「その隣にはキャンプ道具もありましたよね。結構使い込んでありました」
「読書もネットも動画鑑賞も釣りもキャンプも、ぜーんぶやってるぞ」
インドア趣味もアウトドア趣味も、どっちも大好きだ。
読み込んだ本の知識とアウトドア経験は、異世界での活動でもめちゃくちゃ役に立った。
「ただ、どれも本格的にやるってわけじゃなくて、ゆるく楽しむエンジョイ勢だよ」
そう。俺は何かその道を極めたってわけじゃない。
強いて言えばスキル研究が極まってる気がするが、スキルの深淵は未だ覗けてる気がしない。
(どこまでいっても趣味、楽しいなって思える範囲でやってるだけだ)
趣味を楽しむ。
これは今後もずっとそうして生きていきたいと思っているくらいには、俺の生きる指針だ。
「……ごめんね」
「え?」
不意に届いた、ネムちゃんからの小さな小さな謝罪の言葉。
謝られる意味が分からなくて、運転中でも思わずそっちを向きそうになったのを堪えた。
「あ、ほんとにごめーん! 戸尾鳥さんは運転に集中してねぇ」
こっちの反応を敏感に察して、改めて謝罪されてこの話は終わり。
(あのタイミングで謝られることって、なんだ?)
何か引っかかるものを感じながらも、俺は運転に集中しなくちゃいけなくて。
その時は深く、考えられなかった。
※ ※ ※
そうこうする内に車は最初の目的地へと到着し、駐車場に停車する。
「無事辿り着いたな」
「お疲れ様です、雄星さん」
「どういたしまして」
アクアちゃんに労をねぎらってもらいながら、大きく伸びをして息を吸い込む。
運転中よりも濃さを増した潮風が、俺の鼻腔をくすぐった。
海の匂いだ。
「ゆーせー、ここどこ?」
「ここは港に公園が併設された場所だよ。観光地化が進んでて、むかーし偉い人が泊まったっていうお屋敷があったり、ちょっとしたスイーツも楽しめるんだ」
「すいーつ……!」
おお、珍しくクゥちゃんの目がキラキラしている。
スイーツはやはり強い。
「あそこのお店かなぁ? 元は倉庫、だったのかな? あは、おしゃれ~」
ネムちゃんも元の調子に戻ってゆるゆると楽しみ始めている。
「それじゃ休憩がてら、美味しいスイーツでもいただこうか」
「「「さんせーい」」」
全会一致でスイーツへGO!
俺たちは駐車場から足早に移動し、元倉庫を利用したカフェへと向かう。
「うわー、お店の中から海が見えますっ!」
「テラス席もあるが、時期的に店内のがもういいかな」
「あたしさん店内がいいなぁー」
「すいーつ」
適当に店内のテーブル席に腰かけ、おすすめらしいケーキセットを注文する。
オーダーから少し時間がかかってから、頼んだドリンクとケーキのセットが並んだ。
「いただきます」
穏やかな海を眺めながらのおやつタイム。
寒さは温かいコーヒーが打ち消して、固めのケーキの歯ごたえと甘みが心を躍らせる。
「ふわぁ、とっても甘いです」
「これは……贅沢だねぇ」
「ん、おいし。……ゆーせー、そっちのケーキひとくちちょうだい。あー」
違う種類で選んだケーキをシェアしたり、味や景色について語ったり。
海のせせらぐ音を聞きながら、癒やしのひとときに心を委ねる。
(こういうのが、旅の醍醐味だよなぁ)
なんて、心の中で通ぶったことを考えたりもしながら、目の前でころころと表情を変えている、奇妙な縁で知り合った、この世界とは違う世界から来た女の子たちを見る。
「アクアとゆーせーのが、いちばんあまかった」
「ネムさんのクラシックショコラも美味しかったです」
「っていうか、クゥちゃんあたしさんのケーキ取りすぎじゃないかいー?」
「じゃ、これあげるねー」
「え、一点物のイチゴ。いいのぉ? ありがとぅ~」
「……ふふ」
魔法の国からやってきた魔法少女と言っても、こうして見てると本当にただの女の子だよな。
どの子もとびきり可愛いという点では、普通じゃないかもしれないが。
(この世界の人々のために陰ながら頑張る彼女たちにとって、今この時がいい思い出になってくれるなら、それ以上のことはないな)
見守るべき大人として、そんな時間をこれからも提供できればいいなと、素直にそう思った。
※ ※ ※
「「ごちそうさまでした」」
おやつタイムを終え、俺たちは店の外へと出た。
「おいしかった……」
「だねぇ。さてさて、これからどうするのかなぁ?」
「そうだな。このまますぐにまた移動ってのも味気ないよな。みんなそれぞれ自由時間にでもしようか」
どうせなら、ここにある建物を見るくらいはしていってもいいかもしれない。
「あ、だったらお屋敷を見学したいです。雄星さんのいるこの世界のこと、もっともーっといっぱい勉強しなきゃなのでっ」
「じゃあ、あたしさんも付いてこーかな。外に居続けるのは寒いし」
「なら俺も」
「クゥも」
それぞれ自由時間にするとは。
と、セルフツッコミを入れていたその時だ。
「……ん」
「どうかしたか、くぅちゃん?」
ふと立ち止まったクゥちゃんに気づいて声をかけると、彼女はブルッと一度身を震わせてからこちらを見上げて。
「トイレ」
「……Oh」
緊急事態の到来を告げてくれた。
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