第12話 よしなに? クイーン・ブライトの願いと新たな始まり



 ズラリと並べたグラスに均等に、冷蔵庫から取り出したジュースを注いでいく。

 8割ほどを満たしたそれらを盆にのせ、リビングへ。


 テーブルへ向かう俺の視線の先。

 そこには……。


「あー! そのクッキー、ワタシが先に目をつけてたのにー!」


「ひもうほのほほは、はふぇふぉほほ」


「ムキー! じゃあミドリのそれ貰うね!」


「ふもっ!?」


「んー……」


「ぐぇー。ねぇねぇ、こっちにおっきいクッションあるからこっちで寝ないかいー?」


「……や、まくらにぃーなれー」


「むぁー!」


 美少女、美少女、美少女、美少女だ。


「雄星さん、お手伝いしますっ!」


「ありがとう」


 今お盆を受け取ってくれた子も美少女。


「………」


 あっちでバツが悪そうにそっぽを向いてるツインテールの子も美少女である。


(改めて見てみると、これはまた、なんとも壮観だなぁ)


 総勢6人にもなる美少女が、アラサーサラリーマンの家の中にいる。


「飲み物配りますねー」


「オレンジジュースだー!」


「コクリ、違う。これは“でこぽん”。この地域の特産品」


「へぇー……んぐっんぐっ、ぷぁー! あまずっぱーーい!」


「ほらクゥちゃん、ジュース来たよー? 起きてぇー?」


「ん、のむー」


「……ふんっ」


 色とりどり、心も十色で実に賑やか。


「さて。飲み物も行き渡ったようだし、そろそろ本題を聞いていいかな?」


 そんな彼女たちが開けてくれていた上座に腰掛け、俺は問いかける。

 彼女たち――魔法少女リリエルジュがわざわざ勢ぞろいした理由を。



      ※      ※      ※



「戸尾鳥雄星さん。挨拶するにあたって、あなたに魔法の国マジックキングダムの女王様から親書を賜っています」


 問いに答えたのは、この中では一番のお姉さんっぽいネムちゃんだ。


「こちらをどうぞ」


 さっきまでの気怠そうなモードから、キリッとした態度になって渡された(渡した瞬間にネムちゃんはぷしゅーって元に戻った)封筒。

 中身を確かめると、そこには数枚の便せんが収められていた。


「えーと、なになに……」


 差出人は、魔法の国の女王様クイーン・ブライト。

 時候の挨拶などもろもろを省いたその本題は、簡単に言うと以下の一文でまとめられた。


“戸尾鳥雄星さん、チームピクシーみんなのお師匠様になってください。よしなに”


 シンプルド直球なお願いのお手紙である。


「……ふむ」


「あのー、手紙にはなんて書いてありましたぁ?」


「あれ? 内容について聞いてない? みんなの師匠になってくださいって書いてあったよ」


「えっ!?」


「はぁ!?」


 俺の言葉に大声で反応した子が二人。

 アクアちゃんとキララちゃんだ。


「みんな雄星さんの弟子になっちゃうんですかっ!?」


「なんで私がこの人に師事しないといけないわけ!?」


 それぞれに声を張るもんだから、どっちの言葉もよく聞こえない。


「まぁまぁ、落ち着いてよ二人とも。あたしさんもこれは初耳だったし、たぶん、その疑問についての答えはこっちにあると思うからさ」


 なおも何か言いだそうとしていた二人を制して、ネムちゃんがもう一つ封筒を取り出した。


「こっちは、雄星さんに手紙を読んでもらってから開くようにって言われてたんだぁ」


 そうして開封された封筒の中には、これまた女王様からのものらしい手紙が入っており。

 魔法少女たちは一斉に覗き込み、その内容を読み進め……。


「ふむふむ、なるほどー。……ねぇミドリ、これってつまりどういうこと?」


「えっと、戸尾鳥さんのご意志を尊重しつつ、第二にわたしたち自身の意思でそれを望むかどうか判断して欲しい……ってこと、かな?」


 双子のお姉さん、ミドリちゃんからその内容を伝え聞き、理解する。


(要は、事前に偉い人から働きかけはしておくから、やる気があるならそっちでうまいことやれってことか)


 どうやら俺は、アクアちゃんを指導した実績を女王様に高く買われているらしい。

 あとは魔法少女各自のやる気と、俺自身の気持ちとのすり合わせで話を進めて欲しいということのようで。



「はいはーい! にぃちゃん。ワタシもスキル覚えたーい!!」


「待ってコクリ。まだ戸尾鳥さんからお師匠様になってくれるって言質取ってない」


「そ、そうだよコクリちゃんっ。雄星さんだって忙しいかもしれないし」


「いいよ」


「ほらっ、雄星さんもこう言って……いいんですかぁっ?!」


「すでにアクアちゃんには指導してしまってるし、同じ志を持ってお願いされたのなら、断るのも不誠実な気がするしな」


「それは……」


 後ろで「やったー」って無邪気に喜んでる双子ちゃんズをよそに、アクアちゃんはとても申し訳なさそうな顔をしている。

 まぁ、彼女が懸念している部分については俺も思うところがないわけでもない。


「趣味の時間は何とか捻出するよ。いっそみんなに付き合ってもらうのも手だし」


 みんなでワイワイ動画鑑賞や賑やかキャンプ。

 一人で楽しむのもいいが、多人数で楽しむのもまた違う良さがあるからな。


 引率の先生みたいになりそうだけど。


「ふぐぅ……雄星さんは来る者誰でもウェルカムなんですかぁ?」


「まさか。アクアちゃんがいい子だったから、他の子も信頼するって話だよ」


「うぐっ、またそういうこと言う~……」


 真面目でいい子なアクアちゃんのことだ。

 もしも俺に対して悪意を持った存在がこの中にいるのなら、決して寄せつけなかったはず。


「そんないい子たちからのお願いで、俺にしかできないってんならまぁ、協力するさ」


「……! うおー! 兄ちゃーん!!」


「うぐおぉっ!?」


「ああーーっ!! コクリちゃん、なんてことをっ!」


 双子の元気っ娘による体当たり!

 嬉しくなるとロケット突撃してくるのは、魔法少女たちの特性か何かなのかな?


「えへへっ、兄ちゃん超いい人じゃん! ねぇねぇ、ゆう兄って呼んでいい?」


 そしてこの距離の詰め方である。

 健康美魔法少女がアラサーおっさんにぐいぐいくる件。


「呼び方は好きにしてくれていいよ。あと、無理に敬語を使う必要もないな」


「やったー! ゆう兄ー!」


 どうやらコクリちゃんに懐かれたようだ。さっそくスキンシップされまくっている。

 というか、なんかよじよじ登られて肩車するみたいになってる。


「うおおっとと、はいっ!」


「ジャーン! いぇーい!」


 姿勢を安定させてポーズを取れば、コクリちゃんも同じようにポーズを取ってくれた。

 このノリ、たまにお隣のお坊ちゃん(妙に賢い3才児)とやってるのと同じじゃん!?


「こ、コクリちゃん……」


「我が妹ながら、ノーガード戦法が過ぎる。あれではいつ毒牙にかかってしまうか……」


「それを平然と受け入れるあの人も、ノリがいいというかなんというかだねぇ……」


「………」


 ちょっとだけ、周りからの視線が気になって、俺はそっとコクリちゃんを下した。


「へへぇ」


「……ん」


 コクリちゃんはまだ甘えたりないのか俺の右膝に座り、左膝にはもう一人が腰掛ける。


「……おや?」


 もう一人とは?


「……おー。ゆーせー、わるくない」


 いつの間に移動したのか、そこには6人の中で一番小柄な女の子、年も1才年下だというクゥちゃんが乗っていた。ちなみにネムちゃんはみんなより1才年上。

 無邪気に首に腕を回してくるコクリちゃんと違って控えめに、けれどべったりとクゥちゃんは背中を預けてくる。


「ゆーせー、クゥ、じゃま?」


「えーっと……びっくりしたけど、大丈夫」


「……ん。よかった」


 ふわりとした笑顔を浮かべると、そのままクゥちゃんは俺に身を預けて目を閉じる。

 気づけば俺は、女の子たちの止まり木にされていた。


「ほほぅ、クゥちゃんにまくら認定受けてる。これはあたしさんもついにお役御免の予感?」


「あ、あわ、あわわ……っ」


「女の子たちにあれだけされてまったく動じた様子がない……やはり、女慣れしている?」


 アクアちゃんは慌てすぎだし、さっきから約一名、俺に不名誉な目を向けている気がする。



「ねぇ」


「お」


 ここに来て、初めてツインテールの子こと、キララちゃんに声をかけられた。


「結局、あんたは師匠するってこと?」


「おっと、そういう話だったな」


 横道に全力疾走しまくっていた話を、ぐっと引き戻してもらった。

 やはり、いい子!


「俺の意見としては、キミたちが望むなら、スキルを教えることに異論はないよ」


「……で、みんなはどうしたいわけ?」


「はーい! ワタシは弟子になりまーす!」


 キララちゃんに視線を向けられ、まずは俺に抱き着いてるコクリちゃんが答えた。


「ゆーせー、スキルおしえて」


 次いで、俺の服を引っ張りながら、上目遣いでクゥちゃんが願いを口にして。


「アクアちゃんをあそこまで調きょ……鍛え上げた技術。興味津々」


 やはりどこか胡乱うろんな気配が漂ってるミドリちゃんに期待され。


「んー、あたしさんは保留かなぁ。まずは他の子の面倒を見てあげて欲しいしねぇ?」


 ネムちゃんからは様子見宣言。そして。


「わ、私は……」


「アクアは元から弟子でしょう? 最後は私ね」


 全員の視線を集めたうえで、キララちゃんが立ち上がり。


「私は……私自身の努力で、あんたを越えてみせるんだから!!!」


 それはもう見事な、宣戦布告をしてくれた。


「……でもっ!」


 お?


「……女王様からよしなにって言われてるから、交流、するわよ!」


「あ、はい」


 超いい子だよね、この子。


 こうして俺は、お師匠様卒業どころか、さらなる魔法少女の弟子を取ることとなったのである。

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