第2章 新しい日常

第9話 新たな出会い? はじめましては突然に


 美味しそうな匂いで目を覚ました。

 誘われるまま寝室を出てリビングに向かえば、そこではちょうど、オープンキッチン傍のダイニングテーブルに、アクアちゃんが料理を並べているところだった。


「あっ、雄星さん。おはようございます。朝ごはんできてますよ」


 エプロン姿の可愛い女の子に、朝から満面の笑顔で出迎えてもらう。

 眠気なんて一瞬でぶっ飛んだ。


「おはよう、あくあちゃん。作ってくれたんだ? ありがとう」


「これから雄星さんのお世話になるんですから、家事は任せてください。ガンバりますっ!」


「いやいや、そこは頑張りすぎないようにあとでお話ししようね」


 やる気が過剰爆発気味なアクアちゃんへ緩やかにストップをかけつつ、手早く手洗い顔洗いを済ませ、作ってもらった朝食をありがたくいただく。


(白米にお味噌汁。焼き鮭にほうれん草のおひたし……か)


 俺の買い置きから作られた、これぞ古き良き日本人の朝食といった風情の食卓に感嘆する。

 ちらりとキッチンに目を向ければ、すでに調理器具の類は洗われていて、アクアちゃんの家事スキルの高さが見て取れた。


「さ、食べましょう。雄星さん」


「はい。いただきます……んっ! 美味い!!」


 つやつやホカホカに炊かれた白米はもちろんのこと、しっかり火を通された焼き鮭に注がれた醤油の量も絶妙で、ほうれん草のおひたしはそれ自体に濃いめの味付けがされていて箸が進む。


「美味い! 美味い! 美味い!」


「ふふふ」


 思わずガツガツと食べ進める俺の姿を、アクアちゃんに温かく見守られる。

 あまりにもジッと観察されるものだから、ちょっと恥ずかしかった。


「お望みでしたら、ごはんは毎食私が作りますよ?」


「それは……正直かなり魅力的な提案だが、俺にも料理させて欲しいな」


 料理も趣味の一つだし、アウトドアを楽しむためにもある程度の腕は保っていたい。


「いろいろと当番を決めて、それを守る感じにしよう」


「はいっ」


「ところで、お味噌汁お代わりある?」


「ありますよ。注いできましょうか?」


「いや、自分でやるよ」


 ごはんとお味噌汁をもう一杯ずついただいて、俺のお腹は朝から幸せに満たされた。

 結局最後までモリモリ食べてる姿を、アクアちゃんにはニコニコと見守られてしまった。


 彼女の仕草は一つ一つが絵になる。

 この世界を陰ながら守る魔法少女である彼女は、本当にアニメや漫画の世界から飛び出してきたかのように、存在そのものがふわふわしていて愛らしかった。


「じゃ、食器の片づけは俺がするよ」


「えっ? そんな、それも私が……!」


「いやいや。ごはん作ってもらって時間に余裕もできたからね」


 美味しいごはんを食べさせてもらったお礼くらいはさせて欲しい。

 有無を言わさず食器を洗い場に持っていき――。


「油ものの食器を他の食器と重ねちゃうと洗うの大変ですよっ」


「あ、はい」


 家事力の差を見せつけられた。


 精進します。



      ※      ※      ※



 美味しい朝ごはんを食べ出勤する準備を始めた俺は、リビングのソファでテレビを見ているアクアちゃんを見て、ふと思ったことを口にした。


「あれ、あくあちゃんって学校には行くのか?」


 確か白川さんの家にお世話になっていたころは、近所の小学校に通っているのだと聞いた覚えがある。


「行こうと思えば行けます」


 アクアちゃんからは、不思議な答えが返ってきた。


「行こうと思えば?」


「魔法を使います」


 そう言って彼女が取り出した印章。それが振られると俺の『精神攻撃耐性』が反応した。


「これで、今の私は“来週から流町小学校に転入する予定”になりました」


「え、それってうちの近くの……すごいな」


「ふっふっふ、魔法少女リリエルジュのつよ~いチカラですっ」


 魔法少女の魔法は、この世界に住む人々の認知をゆがめる力がある。

 これによって魔法少女たちは現代社会に潜り込み、溶け込んでいるのだ。


 ある種の洗脳じゃないかと思わなくもないが、そこは魔法少女もののお約束だし、深く考えてはいけないものだと思われる。

 少なくともアクアちゃんがそれを使って悪さしてるとは、とても思えないしな。


「社会常識を学ぶためには小中学校の教育が効率的なので、リリエルジュとして地球アースに来た時には小中学校への入学が推奨されているんです」


「義務教育は、いいぞ」


 思わず俺の中の義務教育はいいぞおじさんが深く頷いた。

 読み書き計算、世の中に溢れる情報に触れるための基礎教養、俺ももうちょっと英語頑張っとけばよかったって思う日々だ。


「あくまで推奨なので、通ってない方もいるんですけど」


「そういえば、他にも魔法少女がいるんだったな」


 時計を確かめ、スーツを着込みながら話を続ける。


「はい。くまモト市には、私も所属するチームピクシーのリリエルジュたちがいます」


「へぇー」


 今日までほぼ毎日アクアちゃんと一緒に過ごして、一度として出会ってない他の魔法少女。

 多分担当地区が違うとかで会わないんだろう。


 興味はあるが、会わないなら会わないでもいいとは思う。


「……そう遠くないうちに、会えるとは思います」


「うぉっ!?」


 心でも読まれたのかってタイミングで、アクアちゃんからのお言葉である。


「? どうかしましたか?」


「あ、いや。なんでもない。そうか、会えるのか」


「楽しみ、ですか?」


「うーん、どうだろう? 楽しみではある、かな?」


「そうですか……」


「?」


 ちょっとだけ、アクアちゃんが残念がっているように見えた。


「何か心配事?」


「ふえ? ……ふえあっ!?」


 気になって顔を覗き込むように近づいたら、今度は顔を真っ赤にして慌てだす。


「あ、いえいえ、その、心配事とかじゃなくって、えっと、えっと!!」


「何か困りごとなら遠慮なく相談してくれ。俺たちは同じ家に住む仲間で、俺はあくあちゃんのお師匠様、なんだからな?」


「あ……はい。そうですね」


 安心してくれたようで何より。

 結局何を心配しているのかは聞けなかったが、無理に聞き出そうとするよりその時が来るまで待った方がいいだろう。


 異世界ファンタルシアでスキル研究している時に、先人スキル取得者たちから何度も何度も何度も聞いた、取得条件があるスキルを学ぶ時の“今はまだ、その時ではない”である。


「さて、それじゃ俺は会社に行くよ」


「はい。いってらっしゃい、雄星さんっ! ………」


 どこかホッとしているような、寂しさもあるような、ちょっと艶っぽくすら見える目で見送られ、俺は家を出る。


「……不意打ちはズルいですって、雄星さん」


 何か聞こえた気がしたが、それは扉を閉じる音に打ち消されてしまっていた。



      ※      ※      ※



 そこからはいつも通り定時まで仕事して、いつも通りアクアちゃんと合流して、いつもと違って晩ごはんの仕込みを一緒にしてからいつもの流町公園へと向かう。


 新しいスキルの練習……ではあるのだが。


「魔法少女が戦うための基本になりそうなスキルは、大体教えきっちゃったんだよな」


「そうなんですか?」


「うん。あとはもう、自分なりに使いやすいようアレンジしていってくれたらいいと思う」


「むぅ……」


 俺から教えられることはない、なんて態度に不満げなアクアちゃん。

 俺としてはもう免許皆伝をあげてもいいと思っているから、どうしたもんかと頭を悩ませていれば――。


 あ、そうだ。なんて閃き顔をしてアクアちゃんが言った。




「それじゃあ、雄星さん好みになるように、私を染めてくださいっ!」




「うん、よし。アクアちゃんはもうちょっと語彙力を学ぼう」


「わぷっ、ちょ、雄星さんっ、くすぐった……あははっ」


 公園のど真ん中でアレな発言をしてしまった子の頭なんざ帽子ごとわしゃわしゃしてやる。


「俺がロリコンじゃなくてよかったな、ロリコンだったら死んでたぞ」


「あうあう、雄星さんが何言ってるのかわかりませんっ」


 俺の好みは褐色のお姉さんなのだ。

 間條さん、今どこで何してるんだろうか……。


「わっわっ、ホントだ。アクアちゃんがすっごく懐いてる!」


「頭をわしゃられて喜んでいるなんて……もう調教は済んでる……って、こと……!?」


「え?」


 突如として聞こえてきた声に、俺は声のした方を向く。

 そこには緑っぽい私服の、不敵な笑みを浮かべた双子の女の子が外灯に照らされながら立っていた。


 この子たちは……。


「フッフッフ、初めまして。ワタシはコ――」


「あ、キミたちがアクアちゃんが言ってた魔法少女? はじめまして」


「「えっ」」


「あれ? 違ったか? 変身してるアクアちゃんの領域内でも平然としてるし、おまじないの対象外ってことだと思ったんだけど? 年も近そうだし」


「え、あ、えっと。そう、です?」


「は、はい……」


 あれ、不敵な態度が一気に借りてきた猫みたいになっちゃったぞ?


(……って、今のはまさか新キャラ登場で驚く場面だったか!? し、しまった!)


 リカバリーリカバリー!!

 えーとえーと……!


「あはは。聞いてた通り、ただ者じゃない感じなんだねぇ?」


「ゆーせー、すごい」


「さらに増えただとっ!?!?」


 こ、今度はどうだ!?

 大げさに目を向けた先にいるのは、やはりアクアちゃんと同じ年くらいの女の子二人。


「ゆーせー、えんぎしてる」


「うぐっ」


「気を遣わせちゃってごめんねぇ、あたしさんたちはそんなリアクション求めてないから大丈夫だよぉ」


「うぐぐぅっ!!」


 こっちはこっちで即座に見破られた上に気を遣い返された!!


「はー、ビックリしたー。少しは驚いてくれるかと思ったのに、素で返されるんだもん」


「コクリのサプライズ作戦は失敗に終わった。まぁ、無理じゃないかとは思ってたけど」


「あー! ひっどーい! ミドリだって乗り気だったじゃーん!」


「不詳の妹のことは放っておいて、初めまして戸尾鳥さん。ミドリです。魔法少女です。双竜そうりゅうみどりでもあります」


「あっ、ちょっとミドリ!! えっとえっと、コクリ! 双竜こくりで、ワタシも魔法少女だよ!」


「あ、どうも。戸尾鳥雄星です」


 気を取り直した双子の子と自己紹介し合う。

 元気っぽい子がコクリちゃんで、利発そうな子がミドリちゃん。覚えた。


「コクリちゃん、ミドリちゃん、それにネムさんにクゥちゃんも……ってことは」


「あーうん、来てるよぉ」


「あそこ」


 一番小さな女の子(推定クゥちゃん)が指さしたのは、外灯の上。


「………」


 そこに、白い秋物ワンピースに身を包んだ、金髪ツインテールの女の子が立っていた。

 こちらを見下ろす彼女の視線は鋭くて、俺への強い警戒と、敵意が感じ取れた。


「……戸尾鳥、雄星」


 少女の手に印章が握られ、その肩に雄ライオンっぽい可愛い何かが乗った。


「あんたがアクアの師匠にふさわしいかどうか、私が見極めてやる!!」


 瞬間。

 外灯を蹴ってツインテールの少女が宙へ舞う。


 雷鳴が鳴り響き、少女は白い魔法少女に変身すると、そのまま俺へと襲い掛かって来るのだった。

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