第8話 秘めたる想い… 押しかけアクアの胸の内
朝。
差し込む陽光のまぶしさに、俺はオールしてしまったことを自覚した。
壁掛け時計を見れば6時半。出社まであと2時間。
「あー、やっちまったなぁ。でもしょうがない」
ダイナソックワールドの最終作を観た興奮が冷めず、そのままサブスクサービスで旧シリーズを見直してしまったのだ。
あの一、二作目からの三作目。見届けたぞ。
「んんー! とりあえず風呂……」
凝り固まった体をほぐすべくシャワーを浴び、そこから出勤前のルーティーンをこなす。
湯上りに軽いストレッチ、着替えて朝食を手早く済ませ、スマホとテレビでニュースを確認。
(……昨日のモールの出来事、本当に何一つとして報道されてないんだな)
魔法少女と魔族の戦い。
あれだけ派手に暴れたのにも関わらず、かけらたりとも話題に出ない地方ニュースから、世界の裏側を強く感じる。
「魔法少女……リリエルジュ、か」
俺が知り合った魔法少女の女の子、白川あくあちゃんこと魔法の国のアクアちゃん。
落ちこぼれだったのは過去の話、今の彼女ならもう、他の魔法少女に後れを取ることはまずないだろう。
「……そろそろ潮時だな」
熱いコーヒーで気合を入れる。
今日の仕事をキッチリ定時で終わらせたら、彼女に提案しよう。
アクアちゃんは免許皆伝、俺の師匠業はもう終わりだって。
「準備、よし!」
スーツに袖を通して家を出る。
ガレージ付き一戸建て。その2階部分が俺の借りている家だ。
「あらっ、戸尾鳥さん。おはようー」
階段を下りたところで、ちょうど玄関先を掃除していた隣の
「おはようございます」
「これからお仕事? いつも頑張ってるわねぇ」
「趣味のためなんで」
「うふふ、一人暮らし満喫してるじゃなーい」
お姉さん風を吹かせているが、彼女は俺よりちょっと年下である。
「ははは。それじゃそろそろ行きますね」
「いってらっしゃーい」
五十野さんと別れ、いざ会社へ。
「うおおおおお!!」
職場では定時上がりを目指すべく、とにかくダメージ軽減系スキルで乗り切る。
『疲労軽減』! 『集中力向上』! 『精神攻撃耐性』! 『自動回復』!
「お疲れさまでした!」
目標達成!
バッチリと余力を残して定時退社だ。
(さぁ、アクアちゃんのところに行こう)
今日できっと最後になるだろう練習を見るために、俺は家路を急いだ。
「あら、お帰りなさい」
「っと、こんばんは」
帰宅途中、ちょうど夕刊を回収しに来ていた五十野さん家の奥さんと再遭遇。
軽く挨拶だけしてサッと横を通り過ぎようとしたら……。
「うふふ、心配しなくても大丈夫よ。お家でちゃんと待ってるんだから」
「え?」
「んもー。あくあちゃんよ、あくあちゃん。あなたの遠い親戚で、今預かってるって言ってたじゃないのぉ!」
「……え?」
家に帰る。
「あ、雄星さんっ! おかえりなさいっ!」
リビングに置いてるクッションの上で、私服のアクアちゃんが正座していた。
「あくあちゃん?」
「はいっ、
「なんて?」
元気いっぱいに挙手して名乗るアクアちゃんに対して、俺の目は点になっていた。
「ご説明しますっ」
「よろしく」
ご説明を受けた。
※ ※ ※
「……つまり、事情を知らないままの白川家にお世話になるよりも、事情を理解している雄星さんの家を拠点にして動いた方が効率的というわけです」
「なるほど」
聞いてみれば一理ある話ではあった。
(誰かを騙しながら生活するのは確かにリスクがある。夜に練習してる時もその辺りを意識しながらだったしな)
魔法少女が活動するための拠点候補は、よりローリスクであるべき。
理屈はわかる。
「でも、いいのか? 白川さんとは半年間も一緒に過ごしてたんだろう?」
そこには、積み上げたものがたくさんあったはずだ。
「そうですね……でも、万が一にも戦いに巻き込むわけにはいかないですから」
「それは……そう、だな」
戦う力のない人が戦禍に呑まれる以上の悲劇はそうそうない。
ヒロインが大事な家族を狙われてピンチ、なんて話もお約束だ。
そう考えれば、自衛できる俺のいる場所を拠点にするのは実に理に適っている。
(それに何より……)
彼女の様子を見ていればわかる。
(きっとアクアちゃんは、ずっと気に病んでいたんだ)
白川さんと偽りの家族を演じることに。
その結果、白川さんたちを危険に晒す可能性があることに。
「ダメ、ですか?」
おそるおそるといった様子で、俺を見上げるアクアちゃん。
真面目なアクアちゃんのことだ、きっと俺にかかる迷惑とかもいっぱい考えてここにいる。
悩んで悩んで、俺を頼る道を選んだんだ。
(これは、断れない……な)
終わらせるはずだった物語が、新たに繋ぎなおされた感覚があった。
「雄星さんのご迷惑にならないように、掃除にお料理、お洗濯からベッドメイクに夜のお相手まで、何でもやりますっ! だから……お願いしますっ!」
「うわっ、そんな土下座なんてしなくていいって! ってか今なんか、変な単語なかったか?」
「雄星さんのお傍に、私を置いてくださいっ!」
「んあー……えっと」
あまりにも見事な土下座だった。
そこからテコでも動かないという意思すら感じる、完璧な所作だった。
だが、そもそもそんなことされなくても、俺の答えはもう決まっていたわけで。
「あくあちゃん。顔をあげて。それと、一緒に生活するなら無理のない範囲でお互い頑張ろう」
「……それじゃあっ?!」
「あぁ、俺でよければこれからも、あくあちゃんのことを応援させてくれ」
きっと、この流れは止められない。
なら、できる範囲で一番の結果を引き出せるようにやるっきゃない。
それが異世界転移を乗り越えた俺の見出す、経験則だ。
「~~~~っっ!! 雄星さんっ!!」
「おごっ!」
土下座姿勢からのロケットタックルを受け止めて、俺はアクアちゃんの頭を撫でる。
全身からキラキラを放つアクアちゃんに、俺はどうにも勝てなかった。
「嬉しいです。やっぱり雄星さんは、私の味方なんですねっ!」
「あくあちゃんはもう十分強いから、俺にやれることなんてほとんどないけどな」
「そんなことありませんっ! 雄星さんにはこれからももっともっといろいろ教えてもらいますからっ!」
「だったら、俺の趣味にも付き合ってもらおうかな? それも経験になるかもだ」
「ぜひっ! 雄星さんのこと、もっともっと教えてくださいっ!」
猫のようにスリスリしてくるアクアちゃんから、こっそりと言質を取っておく。
ズルい大人だと言われようが、俺にだって絶対に逃がせない一線はあるのだ。
「これからよろしくお願いします。雄星さんっ!」
「こちらこそよろしく、あくあちゃん」
こうして俺は、魔法少女のお師匠様かつ、新たに遠い遠い親戚(偽)になったのであった。
※ ※ ※
居候も決まり、雄星さんといつも通り特訓(今日はスキルの復習でした)と実践を行なったあと、今日は早く寝るからと寝室に向かう彼を見送ってから、私は一人、与えられたお部屋に敷いた布団に寝転がっていた。
「……よしっよしよしよしよしよしよしよしよしっ!!」
ジタジタモダモダ。
嬉しさを我慢できなくって、私は布団の上で悶え転がってしまう。
「とりあえず、潜入成功っ! 同居も認めてもらえたし、次は家事とかいろいろして、できる女の子だってアピールしなきゃっ」
次の目標を確認しながら、部屋をそれとなく見回す。
物が溢れた時用の倉庫みたいな、大して活用されてなかったお部屋は、いくつか段ボール箱が置いてあるだけで閑散としている。
私としてはもう少し、雄星さんを感じられる物があった方が嬉しかったんだけど……。
「……ふふふ。雄星さんっ、雄星さん雄星さん雄星さんっ」
今、雄星さんが隣で寝てるんだなぁって思ったらまた胸の奥がかぁぁっと熱くなって、思わずジタバタしてしまう。
「ハッ、ダメダメ! 幸せに浸ってるばっかりじゃ、みんなに負けちゃう……っ!」
そう。私は今、ピンチなんだ。
予想外すぎたキララちゃんの行動で、一気に私から余裕がなくなってしまった。
「ブライト様ったら、勅命は私だけでよかったのに、みんなにお願いしちゃったんだもの」
そりゃあ国益を第一に考えたら、可能性を増やす選択をするのは仕方ないとは思うけど。
(ネムさん、クゥちゃん、ミドリちゃんにコクリちゃん……みんな私よりすごいリリエルジュで、キララちゃんは
雄星さんはすごい人だから、みんなすぐに気に入っちゃうに違いない。
そうなるともう、ただガンバるしかできない私じゃ太刀打ちできなくなる。
(私以外の人の手で、雄星さんがマジックキングダムに招かれてしまったら……きっともう、私は雄星さんとは会えなくなる)
招かれたレアブラッドは、国の特別なところで大切に大切にされるらしい。
一介の、それも元々落ちこぼれだった私が、そんなところに行った人に会えるはずがない。
(雄星さんと会えない、一緒にいられない……うう~~~っ!!)
雄星さんのいない日々を想像するだけで、胸いっぱいに悲しいが満ちて涙が溢れそうになる。
「ううん、弱気になっちゃダメだ。雄星さんはキラキラな私が好きなんだから……!」
ヘタレそうな自分の心を奮い立たせて、私は気合をむんっと入れなおす。
「雄星さんは、私にとって特別なんです。だって、こんなに……」
こんなにも私を惹きつけて、こんなにも私を魅了して。
いつからだろう、気づくと私はこう思うようになっていた。
「私が雄星さんに感じているものこそがきっと、運命の絆」
みんなにあって私になかったもの。
そう、雄星さんこそが――。
(雄星さんこそが、私の
雄星さんと出会えたから、私は一人前の魔法少女を名乗れるようになった。
雄星さんがいれば、私はきっとなんだってできるって信じることができる。
(あの人がいない未来なんて……考えられない……!)
そのために、
雄星さんとどっちがいいって聞かれたら、雄星さんの方がいいに決まってるから。
自分でもびっくりするくらい、そこに迷いも葛藤もなかった。
「雄星さんがいてくれればいいんです。雄星さんがいてくれたら、それだけで……」
気がつくと、私は布団の上で小さく丸くなっていた。
不安が、恐怖が、そしてそれ以上の興奮が、私の体の中で渦巻いているのを感じる。
「雄星さん……雄星さん……雄星さん、雄星さん、雄星さん……!」
雄星さんに、もっと見られたい。
雄星さんに、もっと触れられたい。
雄星さんに、特別だって思われたい。
「はぁ、雄星さん……」
雄星さんのことを思うと嬉しくて、苦しくて。
「私、一生懸命ガンバります。だから……」
積み上がる思いに押し潰されるのを感じながら、私は深い眠りへと落ちていった。
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