第5話 エマ―ジェンス! ピクシーアクア、ガンバりますっ!


 モールの中は、外以上に人でごった返していた。


「さすがは休日のモール。予想以上の賑わいだ」


「駐車場に停めてあった車の数を考えたら、これくらいになるのかもしれないですね」


 しばし二人で賑わいに圧倒されて、道行く人を見送る。

 だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。


「さて、それじゃ俺たちも人混みに紛れ込もうか」


「はいっ。まずは2階に上ってぐるりと周りましょう」


 繋いだ手にもう少しだけ力を入れて、俺とアクアちゃんはモールの奥へと向かって一歩踏み出す。

 楽しいショッピングデートの始まりである。




「あっ、見てください雄星さん。男物の服がたくさんです」


「ここは確か、それの専門店だったかな。もう冬物が出回ってるのか」


「ちょっと見ていきましょう。雄星さんに似合う服、着せ替えさせてくださいっ!」


「おおー。って、そういうのはあくあちゃんの方がする奴では?」




「おっと、時計屋だ。ちょっと寄ってっていいか?」


「いいですよ。雄星さんは時計が好きなんですか?」


「好きかどうかはあれだが、家の各部屋にひとつは置いてる」


「?」


「趣味の時間を過ごしてると時間を忘れやすくってな、時計見てハッと正気を取り戻せるようにしてるんだ」


「なるほど」




「あくあちゃん。アレ、やらないか?」


「クレーンゲームですか? あっ、クマモノくんグッズです! クマモノくんグッズですよっ! 雄星さんっ!!」


「予想以上の食いつきだ。っていうか、クマモノくん好きなのか?」


「私のお友達にこれがとっても好きな子がいるんです」


「へぇ」


「お土産にしたら、喜んでもらえるかも……」


「……よーし。それじゃちょっくら、本気を出していこうか」




「ここのイベント展示、今回は女の子向けのをやってるな」


「プロによるコーディネート体験……わっ、あの子かわいい」


「あくあちゃんもやってもらうかい?」


「……やりますっ!」


「すいませーん。この子をスペシャル着せ替え祭り撮影有りコースで!」


「えぇ!? そこまでやるとは言ってませんよっ!?」


「さっき俺をおもちゃにしてくれたお返し」


「そんなー」



 そんなこんなで。

 あーだこーだとお店を楽しくめぐっていれば、時間はあっという間に過ぎてお昼時だ。


 俺とアクアちゃんはモール内のイートインコーナーで、少し遅めのお昼ご飯をとる。

 魔法の国生まれの彼女は地球の食事を摂る必要がないらしいが、それでも食べることで満たされるものはあるのだという。


 好きなものを食べていいよと伝えたら、アクアちゃんは、控えめな声でオムライスと答えた。


「「いただきます」」


 手を合わせて礼をして、俺はスプーンを手に取った。

 アクアちゃんの要望に応えるついでに、同じオムライス店で俺が注文したのが。


「うん。美味いな、デミグラスソース」


 デミグラスソースたっぷりのオムライスだ。

 アクアちゃんのオーソドックスなケチャップのやつもいいが、ケチャップは家に常備してあるし、ちょっとレアなこっちを選んだのである。


「んん~。卵がふっくらしてて美味しいですっ」


「そいつはよかった」


 チェーン店だからと侮るなかれ。本格オムライスの味にアクアちゃんも舌鼓を打っており、周りにほわほわ花でも飛んでそうな感じで、おいしそうに顔をほころばせている。


「こっちのも食べてみるかい?」


 もっと喜ぶ顔が見たくて、ついそんな提案をする。


「ひいんでふか? ん、んぐっ、いいんですかっ?」


 うっかり食べてるところに声をかけてしまって、アクアちゃんを慌てさせてしまった。

 急いで飲み込んで聞き返す彼女の頬が、少し赤らんでいた。


「それじゃあ、はい」


 そんなアクアちゃんに向かって、俺が皿ごと差し出そうと一度視線を外して戻すと。


「………」


 アクアちゃんが、小さい口を開けて動きを止めていた。


「………」


「………」


 じーっとそれを見ていると、アクアちゃんの顔がますます赤くなって、プルプルし始めた。

 もう引っ込みがつかないんだろう、お口あんぐりしたまま動かない。


「……はい」


 “もうしばらく見ててもいいか”なんて頭に浮かんだ選択肢を払って、俺はデミグラスソースのついている部分をスプーンですくいあげ、アクアちゃんの口へと差し出した。


「あむ……んぐ、んぐ」


「美味しい?」


「……ごくんっ。味、わかりませんでした」


 真っ赤になってうつむいたままそう答えるアクアちゃんは、年相応のかわいい女の子だった。



      ※      ※      ※



「さて。お腹も満たしたし、次はどこに……っと」


「『白魔法』ディヴァインライト」


 この後の予定を確認しようとしたところで、アクアちゃんが買い物客に植え付けられていた欲望の種グリードシードを浄化するところを目撃する。


(これで30回目。最初にチェックした時点で20いくつだったのを考えると……明らかに増えてる、よな?)


 同じ疑問をアクアちゃんも思っていたようで、怪訝な顔をしながら俺の元へと戻ってきては、周囲を警戒しつつ口元を手で隠したひそひそ声で話しかけてくる。


「雄星さん。もしかしたらここにダーク四天王がいるかもしれません」


「ダーク四天王が?」


「はい。麗しのダーク四天王、マジョンナ。一度に大量のグリードシードをバラまいて育て、自らの美を讃える配下従魔にする強大な相手です」


「そんな奴がいるのか」


「念のため、もう一度『邪念探知』から正確な情報を」



 その時だ。


「植え付けた先から消されちゃって、どういうことなの!? んもー! こうなったらもう最終手段よ!! 植え付け成功してる子たちを一斉回収! そんでもって、合体しなさい!!」


「「!?」」


 モールに響く女の声。

 次いで響いたのは、しなる鞭が地面を強く叩く音。


 そして。



「さぁ! 現れなさい! かわいいかわいい合体従魔キメラサーヴァントちゃん!!」



 合図のような高らかな宣言が聞こえれば、地震でも起きたかのような大地と空気の震えとともに。


「サァ~~~~~~ヴァ~~~~~~~ントッ!!」


「うわぁぁぁっ!」


「きゃああああ!!」


 モールの中、吹き抜けになっているところに突如として現れる、巨大な怪物。

 ぬいぐるみの恐竜のようなフォルムのくせして、放つ威圧感は異世界で出会った巨人系モンスターもかくやといったパワーを感じる、とんでもないやつがそこにいた。


「あれが……従魔ってやつか!」


「そうですっ! でも、あんなに大きいサーヴァントは初めて見ました……!」


「なんだって!?」


 どうやら出現したのはただの従魔ではないらしい。

 おそらくは先ほどの声の主、麗しのダーク四天王マジョンナの関与があったのだ。


 っていうか合体とか言ってたもんな! 強化バージョンってことか!!



「サァ~~~~~~ヴァ~~~~~~~ントッ!!」


 驚き戸惑い叫び逃げだす買い物客たちをよそに、それは己の存在を誇示するように咆哮を上げる。

 あれが暴れでもしたら、みんなが楽しめるショッピングモールがめちゃくちゃになるのに10分もかからない!


「アクアちゃん!」


「はいっ!」


 俺の呼びかけに、アクアちゃんがどこからともなく取り出した印章を掴んで構える。


 次の瞬間!



「リリエルジュ! エマージェンス!!」



 アクアちゃんのコールとともに彼女の体を光が包み込み、一瞬の後にはじけ飛ぶ!



「夢と希望が大海を埋め尽くす! ピクシーアクア、ガンバりますっ!」



 その刹那の間に現れたのは、魔法少女姿に変わったアクアちゃん……ピクシーアクアだった!



(それじゃあ、今の一瞬で完了したプロセスを、俺の『神眼通』を通して確かめてみよう!)



「リリエルジュ! エマージェンス!!」


 アクアのコールが響き、同時に流れ始めるBGM。

 ゆるりと両手を広げて胸を張るポーズをとる彼女の身にまとっていた衣服が、光に染まってはじけ飛ぶ。

 びくんっと震えたアクアがそのまま眠る胎児のようにうずくまれば、彼女の全身を流水で作られた球状の物体が覆い隠す。


 不意に光が水球を貫き内から飛び出せば、直後に水球がはじけ飛び、その中から濃紺色のレオタードタイプのインナーを身にまとったアクアが姿を現す。

 直後、いかなる運命の強制力か、視点がぐるりと移動して。


「……っ!」


 彼女の背面やや左側から見上げる位置。

 腰回りを水流が駆け巡り、光とともにはじけて消えて、ミニスカートが出現する。


 そこから視点はめまぐるしく移動し左腕、左足。ぐるりと回って右足から右腕へと、水流が絡みつくように彼女の体を這い回り、ファンタジカルな魔女っ娘を連想する衣装を形作っていく。


「えへへっ」


 つば広の魔女帽を被って小悪魔な笑みを浮かべるアクアの顔が映り、視点がそのまま髪へとズレれば、深みのあった彼女の青い髪がより鮮明な彩度を持った青へと頭の上から染め変わり、毛先へと辿り着いたところで左右に二つ、現れた丸い髪留めによってまとめられ、キラリと光を放つ。


「んんーー!!」


 光が収まったところで視点はアクアの正面、やや胸元に近い場所へと移動して。

 外から集まってきた水流が彼女の胸元でリボンを形作れば、これまでと同じく光とともにはじけ、ポンチョのような上着へと変化した。


「……んっ!」


 上着を留める青い宝石(さっき手に持ってた印章が同化したやつ)が装着され、かすかに身もだえする声が聞こえたら、いよいよもって変身は大詰め。

 やや機械的なガジェットを見せつけながら、彼女の愛杖“ディープアクアロッド”が完成すれば、うつむいたままでそれを掴み、真剣なまなざしが前を向く。


 くるり、くるり、魔法少女リリエルジュが舞い踊る。


「夢と希望が大海を埋め尽くす! ピクシーアクア、ガンバりますっ!」


 最後にバッチリポーズを決めて、魔法少女ピクシーアクア、変身完了である。


(――実にこの間、0.2秒! 目にも留まらぬ早業である!!)



 変身完了したアクアちゃんことピクシーアクアが、今にも暴れだしそうな従魔に向かって飛び出した。


「そこまでですっ、サーヴァント!」


「サヴァ~?」


 こちらの存在に気づいて目を向ける巨大従魔。

 えぐいほどのサイズ差が両者にあるにもかかわらず、ピクシーアクアは勇ましく声を張り上げた。


「これ以上、欲望は暴走させません!」


 気づけば、さっきまで人に溢れていたモールの中が静かになっている。

 それと同時に俺のスキル、『精神攻撃耐性』が効果をバチバチ発動させていた。


(これが、魔法少女たちに与えられた加護の力……“おまじない”か!)


 魔法少女には、世界に干渉するいくつかの能力があるという。

 中でも彼女たちが変身したとき、周囲に自動で発動する強大な効果。それがおまじないだ。


 第一に、魔法少女の現れた場所から人々を自然と遠ざける力。

 第二に、この場で起こった魔法少女や魔族に関する出来事の記憶を曖昧にして、遠くないうちに忘れさせる力。

 第三に、この場で発生した魔法少女や魔族に関する損壊等を修復する力。


 これらの力によって、人々の記憶から魔法少女や魔族に関する情報は忘れ去られ、歴史の影に消えているというわけだ。


(そこを俺の場合は『精神攻撃耐性』が打ち消してしまったわけだな。っていうか攻撃扱いなんだな……おまじない)


 強力な精神干渉能力だから、俺の防御系スキルが発動するのもやむなしである。



「は? ひぃぃぃぃ! ピクシーアクア! あんたどうしてここにいるの!?!?」


「それはこっちのセリフです! せっかくのデートだったのに……!」


「デート? ってことはもしかして……ひぇっ!!」


 お、どうやら麗しのダーク四天王マジョンナとやらも現場にいるようだ。

 俺はピクシーアクアの戦いを邪魔しないよう、戦場から離れた所で様子をうかがっている。

 一応伏兵がいないかなんかはチェックしているが、基本的には傍観の姿勢だ。


 なぜならこの戦いはまだ、ピクシーアクアの……アクアちゃんの戦いなのだから。



「マジョンナ! モールで楽しく過ごしている人たちにグリードシードを植え付けるなんて、許さないっ!」


「な、なによ! 人が多ければそれだけ欲望は増幅する! わたしたちがここに目を付けるのは当然でしょ?」


「そうして作ったのがそこのおっきなサーヴァントなんですか? 人々に恐怖を振り撒いて、その感情を糧にしようとするなんて!」


「こうでもしないと形にできなかったのよ! ま、結果オーライだったけどね! この子はいつものサーヴァントちゃんとは、違うわよ!」


「倒しますっ! スキル『黒魔法』ウォーターバレット!!」


「ぎゃあーーーー!! いきなり撃ってきた!? っていうかこの威力何っ!? 死ぬ死ぬ死ぬ! キメラサーヴァント、やっちゃいなさい!!」


 戦いが始まった。

 だがさっきからどうも、何かが俺の頭に引っかかる。


「サァ~~~~~~ヴァ~~~~~~~ントッ!!」


「そんなの効きませんっ! 『バリア』!!」


「サヴァッ!?」


「はぁぁ!? 攻撃が止められ」


「畳みかけます! スキル『魔力増幅』! 『魔力収束』! 『魔力操作』!」


「ばっ、無理無理無理! 撤退撤退!! いやーーーー!! 死にたくな」


「ディープアクアロッドフルパワー! 『黒魔法』! ウォーターーーバスタァァァァーーーーー!!!」


「サァ~~~~~~ヴァ~~~~~ンボッッ!?!?」


 ドゥッ!!


 俺がちょっと考え事をしている間に、何か重いものをぶち抜く音とともに勝負がついた。


「みんなの平穏は、私が守りますっ!」


 ファンシーに爆発する敵に背を向けて、ピクシーアクア、勝利のポーズ!

 『自動地図』を見ながら改めて魔族の存在をチェックしたが、反応はもうどこにもなかった。



「雄星さんっ」


「おかえり、ピクシーアクア……っとぉ!?」


 一仕事終えて、文字通り飛んで帰ってきたピクシーアクアをお迎えする。

 勝利テンションのせいか抱き着いてきた彼女を受け止めよしよしと頭を撫でれば、普段よりも感情をあらわにしただらしのない笑顔を披露してくれた。


「えへへぇ……私、勝てましたっ! あんなにすごいサーヴァントも、もう敵じゃありませんっ!」


「すごいすごい。これも今日までの練習の結果だな」


「はいっ。ありがとうございます、雄星さん!」


 心からの感謝の言葉に、俺も胸の中から熱いものがこみあげてくる。


「ピクシーアクア、いや、アクアちゃん。キミはもう、立派な魔法少女だ」


「~~~~ッッ!! はいっ! ありがとうございますっ! 雄星さんっ!!」


 彼女のキラキラに、少しでも俺の手助けが役に立ったと思えたのが誇らしくて。


「よし、勝ったご褒美に何か美味しいお菓子でも買ってあげよう」


「! ありがとうございますっ!」


 もっとこの子を喜ばせたくなって、俺は自然とそう提案していた。

 我ながらだいぶんこの子に対して甘くなっているな、なんて思いながら。


「さて、買うとするならドーナツか、はたまた……」


「さっき駄菓子屋さんがありましたし、そこでもいいかもですねっ」


 まさか、こうして繋ぎ育てた縁が、大きなうねりとなって俺に返ってくるなんて。



「……想像以上。これは、チームピクシーのみなさんを集める必要がありそうですね」



 この時の俺は、まったく想像だにしていなかった。

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