第4話 負けないで雄星さん! 励ましの夜とドライブデート


 魔法少女のアクアちゃんを弟子に取ってから、もうすぐ1ヵ月。


「『魔力操作』習得のコツは、制御するための魔力リソースを常に確保し続けること……」


「……ふぅ」


 公園の芝生に座り込み、今夜も俺はアクアちゃんの練習を見守っている。

 けれど、ここ数日の俺の心は、どこか違うところばかりを見ていた。


「……はぁ」


 間條まじょうさん、電撃退職。

 次の日嬉々として弁当屋へと向かった俺を待っていたのは、おばちゃんからの残念な報告だった。


「あぁ、あの子ねぇ。家庭の事情ってことで、バイト辞めちゃったとよ」


 思った以上にショックだった。

 ようやく出会えた運命の人は、一夜の夢の如く消え去ってしまったのである。



「…………さん?」


「ふぅ……」


「……星さん?」


「はぁ……」


「……雄星ゆうせいさんっ!」


「うおっ!?」


 耳元で響いた大声にびっくりして顔を向けると、そこにはむくれっ面もかわいいアクアちゃんがいた。


「雄星さん。私、『魔力操作』、覚えました」


「えっ、ほんと? うわぁ、それはすごいなぁ」


「……覚えたところ、見ててくれなかったんですね?」


「うっ、申し訳ない……」


 こっちのミスだってのに、怒るというより心配そうな顔でこちらを見ているアクアちゃん。


「ここ数日、やっぱり様子がおかしいです。何か、あったんですね?」


「いや、えっと……」


 さすがにこの年で失恋したなんて話を、こんな小さな女の子に話すわけには――。


「雄星さんっ!」


「うおぁっ!?」


 バチンッ!


 両頬を挟むように叩かれ、俺は無理やりアクアちゃんと目を合わせさせられる。


「私の目を見て、話をしてください」


「……!」


 月明かりに映る彼女の瞳は、どこまでも俺を深みへ沈めるかのような、濃い海色をしていた。


「何日も抱えてしまうくらいの思いなんです。一度くらいどこかで吐き出した方がいいと思います」


「でも」


「私、雄星さんにはいっぱいよくしてもらってます。だから、今度は私の番です」


「アクアちゃん……」


 まいった、この真剣な瞳からは逃げられない。


「……わかった。情けない話だけど、聞いてくれるかな?」


「! ……はいっ。もちろんですっ!」


 あまりにも心強い満面の笑顔に観念して、俺はアクアちゃんにすべてを話した。



「――現実にはいないと思っていた理想の人と似た雰囲気の人に出会えたけれど、その翌日には行方知れずで縁が切れてしまった……ですか」


「早い話が、勝手に恋をして勝手に失恋した気持ちになったってだけの話さ」


 我がことながら、これで心を崩すとはなかなかに情けない。

 これでも一度、世界を救った実績持ちだっていうのに。


「――かった」


「ん?」


「あ……えっと。仕方なかった、じゃなくて、ええと……その…………」


 慰めの言葉を選ぼうとしてしどろもどろになってしまったアクアちゃんに、俺は少しだけ軽くなった心で言葉を返す。


「大丈夫。長い人生、こういうこともあるさって切り替えるさ」


「あう……」


 今の俺には、話を聞いてくれた上に慰めようとしてくれる、こんなにも優しいこの子の気遣いが、何よりも嬉しい。


「……そういう人がこの世界には存在するってわかっただけでも、未来は明るいよな」


 またいつか、間條さんに会える。

 なんとなくだが、そんな予感があった。


「話を聞いてくれてありがとう、アクアちゃん。おかげでだいぶん楽になったよ」


「そう、ですか? それならよかった、です……」


 自然と伸びた手で彼女の頭を撫でれば、恥ずかしがりながらもそれを受け入れてくれる。


「……運命の人、ですか」


「ん? ああ、そう。運命の人……アクアちゃんにもいつか、そういう出会いがあるかもしれないな」


「………」


 俺の言葉を受けて、アクアちゃんがうつむき考え込む仕草を見せる。

 真剣に何かを考えるその姿は、真面目で一生懸命な彼女らしい、よく目にする所作だった。



「……あの、雄星さん」


 考え事に区切りがついたか、顔を上げたアクアちゃんが俺に問いかけてくる。


「小柄な女性って、魅力的に見えますか?」


「え?」


 まさかの質問内容だった。

 でも、こちらを見つめるアクアちゃんの表情は真剣そのもので。


「うーん、そうだな……」


 だから俺も真剣に頭を悩ませて、今の自分なりの答えを探す。

 初恋の人の記憶から連想したせいか、自然と考える起点が似たところになった。


(あの作品、続編のヒロインが小柄で清純な子だったな。か弱そうな見た目に反して芯の強いところがあって、悪の心に屈さずに、主人公とともに歩む道を選ぶ強い子だった)


 あの小柄なヒロインは憧れの人とは違ったけれど、当時年の近かった俺にとって、守ってあげたい、彼女の力になりたいと本気で思ってたっけな。


「……どうですか?」


「小柄な女性、魅力的だと思うよ。守ってあげたい、傍にいて支えてあげたいって思うよな」


「!!」


 どうやら俺の答えに満足してくれたらしい。

 心細げにこちらを見ていたアクアちゃんが、今ではこれ以上ないくらいにキラキラしていた。


「……あのっ、雄星さん!」


「なんだい?」


「今度のお休み、デートしてくださいっ!」


「…………はい?」


「私と、デート、してくださいっ!」


 キラキラモードのアクアちゃんは、ごり押し戦法が得意だった。



      ※      ※      ※



 翌日曜。

 俺はくまモト市外南部の大型ショッピングモールへと、車を走らせていた。


「わぁぁ! こっちの道も、本当にずーっと車が走ってるんですね」


「この道の先に高速道路のインターチェンジがあるからね。陸の物流のために開発された道路なんだよ」


 混み合う車を助手席から楽しげに眺めている“白川さんちのあくあちゃん”と話しつつ、車線変更を示すウィンカーを点灯させる。


 今日のアクアちゃんは外行きの秋らしいカットソータイプのシャツにカーディガン、足首までのロングスカートにブーツという、いかにも大人の女性を真似しましたといったいでたち。

 青い髪色を目立たせないよう大きめのハンチング帽を被っているのが、実に愛嬌があってかわいらしかった。


「あ、隙間作ってもらえましたよ! 雄星さん!」


「ふふっ、そうだな」


 ハイテンションで指をさすアクアちゃんの姿に、自然と笑い声を零してしまった。

 声に気づいたアクアちゃんが恥ずかしげに姿勢を正すのをチラ見して、俺は空けてもらったスペースに入り、右折車線へとさらに車を移動させた。


「もう着くよ」


「じゃあ、ドライブデートはおしまいですね」


 アクアちゃんのおませな言葉にそうだねと返しつつ、デートという言葉を頭の中で反芻する。


(さて。俺と彼女が並んだとして、親子に見られるか年の離れた兄妹に見られるか)


 年の差16、凸凹サイズのおデートである。

 そして、こちとら魂の年齢で言えば20年先を行く大先輩だ。


「お買い物。楽しみですね、雄星さんっ」


 この小さなレディを、今日はきっちりエスコートしないとな。



 休日の午前というだけあって、広大な駐車場はそのほとんどが埋まっていた。

 中をぐるぐると移動して、ようやく空いている場所を見つければ、結果的にはモールの入り口に近いところに停められてラッキーだった。


「さて、到着したらまずやることはわかってるかな?」


「ふふっ。もちろんです」


 解放感に伸びをしてから、互いに顔を見合わせる。

 そして、おもむろに意識を集中させて――次の瞬間。


「「スキル『邪念探知』」」


 スキルを発動。周囲数百m四方に存在する邪念を持った人や物を把握。


「続けて」


「『魔力操作』からの……『白魔法』――センスエビルっ!」


 アクアちゃんと一緒に『邪念探知』で放った力に追加の魔力を注ぎ、『白魔法』による邪悪な存在を暴き出す効果を上乗せ!

 本来ならその瞬間の視界内しかカバーできないセンスエビルの範囲を拡張させる、大胆なアレンジである。


「最後」


「以上の情報を『自動地図』に転写、固定……でき、ましたっ」


「お見事」


 これで、魔族やそれに類するもの……つまり人に植え付けられた欲望の種グリードシードなんかもキッチリ把握できるというわけだ。


「生育中の欲望の種に防衛能力はない。見かけた時には軽く『白魔法』のディヴァインライトを当てればOKだ」


「はいっ。人体への影響も最小限にとどめることができます……本当にすごいですっ」


 今のアクアちゃんなら、これくらいの芸当は片手間でもできる。

 デートをする上で気になる要素は減らしたいと、事前に二人で取り決めたことだった。


「植え付けられたグリードシードを直接浄化するなんて……前代未聞なんですよ、雄星さん?」


「ん、何か言ったか? 人混みが騒がしくてちょっと聞き取れなかったんだけど」


「これで心置きなくデートできますねって言いましたっ!」


「ははっ。じゃ、行こうか」


「はいっ!」


 自然と差し出された手を掴み、俺たちはショッピングモールに向かって歩き出す。


「あっ」


「『白魔法』ディヴァインライトっ」


「うっ!! ……あれ? なんかすっきりした?」


 道すがら、ピッピと欲望の種を摘みながら。


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