第3話 緊急事態! 麗しのマジョンナの甘い罠?
魔法少女のアクアちゃんの師匠になってから、早くも3週間が過ぎていた。
「もう一度、集中!」
「はいっ! んんーっ!!」
ライフラインであるサブカル堪能生活のかたわら、異世界の技術であるスキルを彼女に教える日々は、思った以上に充実した時間だった。
真面目で頑張り屋な、まさしく絵に描いたような魔法少女であるアクアちゃんがメキメキと力をつけていくのを後方師匠面で見守ることに、俺はどこか懐かしい気持ちも抱いていた。
(俺が研究して習得したスキルを、勇者くんたちに教えてた頃を思い出すなぁ)
異世界ファンタルシアで俺がやってたことは、勇者くんたちの冒険のサポートだ。
困難な道のりである魔王討伐の旅を少しでも優位に進められるよう、様々なスキルの研究、開発を重ねては、危機的状況で駆け付けたり、長い移動期間の間にスキルを教えたりと、矢面に立つ場面こそ多くなかったが忙しい日々を送っていた。
あの時はとにかく生存賭けての必死の強行軍だったのもあって、楽しむといった余裕はほぼほぼなかった覚えがある。
それでも、彼らとともに過ごしていた時間の中には、今こうしてアクアちゃんと一緒に過ごす時間と似たような、穏やかな時も確かにあったんだ。
「会いに来たぞ、オレの運命ーーー!!」
「それじゃあ今日の総決算だ。やってみよう」
「はいっ! スキル『魔力増幅』! 『鷹の目』! 『黒魔法』ウォーターバレット!!」
「今日こそはオレの名をキサマにうぐおおおおおおおーーーー!!」
そうそう、今のこの状況も覚えがある。
冒険も終盤ともなれば、そこらで出てくる敵もボスクラスが多くて大変だったなぁ。
「オレは! オレは何度でも舞い戻」
「『魔力収束』! 『黒魔法』!! ウォーターーーバスタァァァァーーーーー!!!」
「ぐぉわああああああーーーーーーーー!!!!」
今日もマッチョな魔族さんが空へぶっ飛んでいくのを見届けて。
「さて。区切りもいいし、明日は丸一日休みにしよう」
「えっ? いえ、私はもっと雄星さんと……」
「根を詰めすぎたらダメだって、言ったろ?」
「ぁ……はい、わかりました」
「よしよし、アクアちゃんはいい子だな」
「あ、えへへ……」
頑張ったご褒美ということで最近要求されてるなでなでノルマを達成しつつ、夜空を見上げる。
(明日は会社も休みだし、馴染みの弁当屋さんで昼と晩買い込んで、サブスクアニメパーティーしよう!)
魔法少女と出会うなんていう予想外の事態こそ起きたが、俺の異世界帰り生活は現状、おおむね良好であると言えた。
そして、翌日。
そんな平穏は一瞬にして破壊される。
「な……ぁ、ぁぁ……」
俺は、運命と出会った。
「こちらおつりの10円になります。ありがとうございましたー」
会社のお昼なんかでよく利用していた弁当屋に、その人はいた。
「次のお客様どうぞー。こちら温めますか?」
レジに立ち愛想よく振る舞うも、その表情にどこか隠せぬ鋭さを持った絶世の美女。
年の頃20の半ばを過ぎた……つまり俺と同じか少し上くらいの成熟した姿。
「一万円から? 大丈夫ですよ」
弁当屋の制服に包まれていてもわかる、出るところの出た抜群のプロポーション。
光の加減で青にも薄紫にも見える銀の長髪。
「はい、こちら大きい方が五千と三千、細かい方が322円になります」
銀の髪と白い制服。
それらと対をなすように、彼女の肌は日に焼けたのではない天然の褐色で。
「ありがとうございましたー。次のお客様どうぞー」
そう言って俺を呼ぶ彼女の声に導かれるまま前に立てば。
(あぁ、そうだ。俺は……この人と出会うために生まれてきたに違いない)
俺の心の一番深いところが、彼女に鷲掴みにされてしまっていた。
あまりにも、俺が初恋して、その日からずっとずっと追い求めていた人そのものだった。
幼い日に見た物語に登場していた、褐色ムチムチのお姉さん……!!
(俺の、運命……!)
最近よく聞くせいで、俺の語彙がミーム汚染されていたがしょうがない。
そうとしか言えない。
「…………!?!?!?」
なぜだかこちらを驚いた顔で見ている彼女の、たぷんっと揺れる胸には。
“
※ ※ ※
その男と目を合わせた瞬間。
わたしは死んだ。
正確に言えば、目で見た対象の情報を引き抜くわたしの異能が、わたしに死んだと錯覚させた。
麗しのダーク四天王マジョンナは、この瞬間、確かに死に触れた。
「……あの」
「…………ハッ!? あ、はい! いらっしゃいませ!!」
声をかけられて正気を取り戻したわたしは、動転した心をどうすることもできずにルーティーンをこなす。
スパイ活動のために体に徹底的に教え込ませた動作が、わたしの命を繋いだ。
「………」
視線を感じる。
目の前の男(男? 化け物の間違いでは?)からの強い視線だ。
もしかしてわたし、疑われてる?
「えっと、こちらですね」
レジ台に置かれたお弁当のバーコードを読み取りながら、わたしはブット・バスの言葉を思い出していた。
(“会えばわかる。見た瞬間に理解する”って、こういう……)
今も目の前の男から感じる異様な気配。
わたしのことを隅々まで分解して粉々にしてしまいそうなほど深く射貫くような視線に、冷や汗が止まらない。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……)
今は南の水の子の師匠やってるって話がある以上、こいつは敵。
わたしが
(落ち着きなさい麗しのダーク四天王マジョンナ。わたしは魔族一の
たとえ相手が化け物であろうとも、騙しきってみせるわよ!!
「あの」
「いひゃああああい!!」
「え?」
「あああっ、すいません。ちょっと汗が背中を伝ってビックリしちゃって……」
「あぁ。秋は寒暖差激しいですしね」
「そそそそそそうですそうです。うふふふふふふ……困っちゃう、うふふふふ……!」
「それで、ちょっとお尋ねしたいんですが」
「ひゃいっ! なななななんでしょう?」
「俺、よくこのお店を利用するんですけど、お姉さん初めましてですね?」
はいキター! 探り入れてキター!!
さっそく疑われてるわ! もうこの世の終わりよ!!
「あ、えっと、その……はい。その、新しいバイト……で」
「やっぱり」
「ひぇっ」
あー、わたし、死ぬんだぁ……。
「あぁっと、それが変だって話じゃなくて。こんな美人がいきなりいて驚いたっていうか……」
「へぇぁ……?」
「その、あー……えっと。これからバイトされるんなら、ぜひよろしくしていただければというかなんというか……」
「え?」
あれ? この反応は……。
「ぜひともここのバイトを長く続けていただければいいなぁっと……何言ってんだ俺」
「………」
このいかにも女慣れしてない童貞の如きもじもじムーブは、もしかして。
(わたし、バレてない?)
「……しばらくは、ここでアルバイトを続ける予定です」
「そ、そうなんですか!? あ、すいません声上げちゃって……ハハハ」
「………」
……っしゃあああ!! バレてない! バレてないわよこれは!!
「具体的に何曜に入られるんです? 俺、通いますんでっ!」
あああああああぁぁぁい! 監視対象! 監視対象だったわ!!
童貞ムーブ決めながらぐいぐい来るフリして尻尾掴む気だわこの化け物!!
「えっと、その……」
「あ、すいません。プライベートな質問でした。でも俺、これから毎日通いますからっ!」
「ひぇっ」
絶対に疑われてる!!
すでに首に手がかかってるくらいに疑われてる!!
(すぐに撤退を……って、ダメダメ! 自分から正体晒したらその瞬間に仕留められる!!)
「こらっ、
「うああっ、ごめんっておばちゃん! お会計済ませまーす」
「あ、合わせて1028円になります」
「ペェペ払いで」
「ではスマホをこちらへ」
「はい」
ピロリンッ
「こちらレシートになります」
「ありがとうございます。また来ます。間條さん」
「はいっ。お待ちしております。ありがとうございましたー」
ピロリロンッピロリロンッ。
化け物、退店。
「……はぁ~~~~~~~~~~~!!!」
生き延びた~~~~~~~~!!
ピロリロンッピロリロンッ。
「あ、俺。
「ひょぁぁぁぁぁ!?!? マジョーリンナですよろしくお願いしますぅ~~~~~!!」
「! はい、ではまた!」
ピロリロンッピロリロンッ。
「…………」
お、終わった……。
「凛凪ちゃん。雄ちゃ……あの常連さん、しつこかようだったら出禁にしてよかけんね」
「店長……。いえ、大丈夫です」
すでに目を付けられて監視されている可能性がある以上、必ず接触できるって場所がある方が、こっちとしても対応できる。
「あの人の対応は、わたしがします。させてください」
「おや? おやおやまぁまぁ。そぎゃんことなら応援するよ。うふふっ」
「……戸尾鳥、雄星」
………。
「店長」
「なんだい?」
……ッスゥー。
「家の事情思い出したんで、やっぱり今日限りでバイト辞めます」
「あんれまぁ」
来るのがわかっている死から、わたしは逃げることを選んだ。
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