第2話 闇の一族! 不死身のブット・バス将軍


 ピシャッ、ゴロゴロゴロ……。


 雷鳴鳴り響く魔族の国、デモニカエンパイア。

 その中心部にそびえ立つ、ダーク大帝の住まう暗黒城ダークキャッスル。


「まさか、あんたがここまで追い込まれるなんてね。不死身のダーク四天王、ブット・バス将軍?」


「……お前か。麗しのダーク四天王、マジョンナ」


 医務室の治療ポットの中で目覚めたマッチョな魔族を見上げる、美麗な女魔族。

 魔法少女リリエルジュと相対する魔族デモニカ勢力の幹部である彼女は、想像だにしなかった大敗を喫した同僚から、事情聴取するべく足を運んでいた。


「ほんと、どういうことよ? あの地域であんたの体を7割吹っ飛ばすなんて芸当、誰にできるっていうの? 北の火の子が目覚めでもした?」


「………」


「南の水の子に目をかけてたのは知ってるけど、ついに覚醒でもしたの? この前見に行った時は相変わらずへっぽこのぷーだったけど」


「………」


「あれかしら、中央の子と連携してあんたを罠にはめたとか?」


「………」


「なんにしても、魔族一のタフさを誇るあんたがそこまでやられるって考えられないのよね」


「………」


「……ねぇ、目覚めたんなら少しは情報提供しなさいよ。いかにわたしが美を司る麗しの存在だとしても、あんたほどの男がやられる一撃なんてもらったら、跡形も残らないんだからね!?」


「……ククッ」


「? なによ?」


「ククッ、グククッ、グァーーーーーーッハッハッハッハッハッハァァァァァ!!!」


「ちょ、はぁ、えっ!?」


 突如として始まった、ゴボゴボと泡を吐きながらの大笑い。

 マジョンナが困惑して見守る中、治療ポットが治癒完了のランプを点灯させれば、直後。


「オレは、運命と、出会ったっっっっ!!」


 バリィィィンッッ!!


 派手な異音と共にポットを破壊し、マッチョな魔族……ブット・バスが飛び出した。


「マジョンナ。オレは、運命と、出会ったっっっっ!!」


「二度も言わなくてよろしい! で、どういうことよ?」


「あの男は、オレがもっと強くなるために必要な存在だ。アイツがいれば、オレはどこまでも強くなれる!!」


「男? リリエルジュに男なんて……」


「会えばわかる。見た瞬間に理解する」


「えぇ? って、ちょっと。どこ行くの!?」


 溶液を滴らせ、のしのしと歩き出したブット・バスを呼び止めるマジョンナだったが、ムキムキの双脚は止められない。


「あの男に会いに行く。あの男と戦って、戦って、戦い続けて、オレはもっともっと強くなる!」


 どこか夢見心地の、それこそ恋する乙女にも負けない獰猛な笑顔を浮かべ、医務室を後にするブット・バス。

 一人部屋に取り残された麗しのダーク四天王、魔法少女との戦いのほかに諜報活動も役割として負っているマジョンナは。


「……いやいやいや、全然参考にならないから! もうちょっと詳しく教えなさいよ!! わたし、死にたくなーーーーい!!!」


 てんで役に立たない情報提供に、声を荒げるのだった。



      ※      ※      ※



 真夜中の流町公園。

 あの日、魔法少女と出会ったその場所で、俺はその魔法少女にスキルを教えている。


「『黒魔法』……ウォーター!」


 アクアちゃんが、スキルで魔法を発動させる。

 彼女の持った杖の先からチョロチョロと水が飛び出したのを見届けて、俺は頷いた。


「わぁ! やりました! 私、やりましたよ! 雄星ゆうせいさん!!」


「そうだな。コツはしっかり掴んだようだし、『黒魔法』については、あとはいろいろと試していくだけだろう」


 歓声を上げて飛び跳ねるアクアちゃんの姿に、俺の表情筋も緩みっぱなしだ。


「私、スキル好きです! 出力が安定するし、型がちゃんと決まってて……!」


「魔法少女の魔法といえば、イメージこそが力、だもんな」



 アクアちゃんは、魔法少女の中でも落ちこぼれだったのだそうな。

 魔法の国ではみんなに後れを取ってばかりで、地球にやってきてからも、魔族たちにいいようにやられっぱなしだったのだという。


 その原因は、魔法の出力を安定させられなかったこと。


 魔法少女自体にその傾向があるのだというが、彼女はそれに輪をかけてイメージする力が乱れやすく、強すぎたり弱すぎたり、力加減がさっぱり利かなかったのだとか。


「『黒魔法』……ウォータースプラッシュ! わぁ! ちゃんとハジけましたっ!」


 ところがどうだ。

 俺の弟子になってから一週間。目の前のアクアちゃんは今、水を得た魚のように、望む形で出力を調節し魔法を発動させている。

 思う心こそすべてといった魔法少女の魔法より、同じ魔力を用いるとしても、いくらか理屈が存在するスキルの方が、彼女には合っていたのだ。


「見てください、雄星さん! 私、ちゃんと魔法が使えます!」


 これまでにどれだけ苦労してきたのだろう。

 自分が力を正しく使えていることに、アクアちゃんは目に涙までためて喜んでいる。


「よかったな、アクアちゃん」


「はいっ! ありがとうございますっ! ほんとうにほんとうに、ありがとうございます!」


 “そもそもこっちで他人にスキルを教えられるのか?”などの問題もあったが、やってみて成功した今、それは杞憂だった。

 あくまで彼女が異世界出身だったからできたって可能性はあるが、それを特に検証するつもりはない。


(魔法少女なんていうとんでもない存在と関わって、その上さらに交流関係を広げようなんて、とてもじゃないが俺のキャパシティを越えている)


 剣と魔法のファンタジーな異世界があって、地球にも魔法少女が存在する以上、俺の想像を超えてこの世界は広い。

 趣味に生きたい身の上としては、藪をつついて蛇を出す真似は控えたかった。



「さて、それじゃ今日はこのくらいにしようか」


「えっ。あの、もうちょっと……」


「いくら夜中にこっそりやってるとはいえ、白川さん家をいつまでも空けるわけにはいかないだろ?」


「う……」


 俺の指摘に痛いところを突かれたという顔をするアクアちゃん。


 彼女が地球で活動するためにお世話になっているのが、白川さんという方だ。

 老年のご夫婦だそうで、アクアちゃんは今“白川さん家のあくあちゃん”として、ご夫婦の家から近くの小学校に通っている。


 知れば知るほど物語の魔法少女そのものなアクアちゃんに、ため息がこぼれる。

 サブカル大好きおじさんとしては、まさに奇跡のような存在だった。


「ほら、帰る準備しような」


「はい……」


 だからこそ、適切な距離感を保つことに注力する。

 あくまで俺のような存在は、枠の外に立つものであるべきだ。


 次回作のヒーローが活躍する裏でひそかに戦う前作のヒーローのように、俺なりの形で魔族と相対しながらも、彼女たちの戦いそのものに直接割り込むことは避けるべきである。


 なぜなら彼女たちはこれまでも魔族と戦ってきた歴史を持っていて、それはこれからも変わらないだろうと聞いたから。


 あくまで俺は一個人の裁量で収まる範囲で協力するべきだと、そう思っている。


(創作と現実は別。俺は夢の時間を浴びるほど楽しみながら、残りの人生を過ごすんだからな)


 一度は世界を救った身。

 今や半分世界の異物みたいな俺の果たすべき役割は、このくらいで十分なのだ。



「……あの、雄星さん。やっぱり私、もう少し練習を――」


「見ぃつけたぞぉぉぉ!! オレの運命ぃぃぃいいいいいいい!!!」


「「!?」」



 アクアちゃんが何か言おうとしていたところで、突如叫びとともに姿を現すマッチョ。



「デモニカ……!」


「ぐわははははは、聞け運命! オレの名前は」


「スキル『黒魔法』!! ウォーターーーバスタァァァァーーーーー!!!」


「ぐぉわああああああーーーーーーーー!!!!」



 飛び上がったその巨体を、アクアちゃんが習得した最も強い黒魔法でぶっ飛ばした。

 アクアの名前の通り、水を扱うことに長けた彼女らしい、滝のような水流の波動による一撃だった。



「……ふぅ。やっぱり出力がまだ完璧とは言えませんね」


「そうかな?」


「だってほら、倒せてませんから」


「お、本当だ」



 見れば、途中で水流から逃れたのか、マッチョが地面に這いつくばりながらも健在だった。



「練習しますので、見ていてくれますか?」


「そういうことなら、いいよ」


「お、オレの、うんめ……」


「『黒魔法』!! ウォーターーーバスタァァァァーーーーー!!!」


「ぐぉわああああああーーーーーーーー!!!!」



 その後、数十分の間。

 アクアちゃんのスキル発動の声とマッチョな魔族の絶叫が、夜の公園に響き渡った。


 彼の扱いが、アクアちゃんのスキルの試し打ち相手になった瞬間だった。

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