第一話

 俺は若瀬遊馬、17歳。


 平均的な高校の平均的な2年生で、イケメンでもないが不細工でもない。目立つような陽キャではないが、存在感がないほどの陰キャでもない。モテはしないが女子の友達はまあまあいる。部活は将棋部。

 有名私大に通う姉と、1コ下で俺より出来のいい弟がいる。だが姉弟に対して特に劣等感はない。親が分け隔てなく育てたからというのと、俺も特に僻む性格でもないのが大きいのだろう。


 俺の現実はこんなもんだ。時には人間関係で問題が起きる事もあるが、都度どうにか解決する。身近にいざこざはあってもいじめはない。俺は多分随分ましな方なんだろう。

 しかし時々うすら寒い気分になる時がある。

 俺だって本当は、平均点以上の人生を歩んでみたかった。少なくとも幼稚園の頃にはでかい夢があった。世界を救うヒーローになりたかった……まあこれも、幼稚園児としては平均点か。

 でもまあ、大半の子どもがそうなるように、俺は特別な人間にはなれなかった。17年も生きれば、自分がこれから歴史に残る程のものになれる可能性があるかないかくらい、わかってしまう。なりたかったのに、世界が俺を必要としていなかった。――まあ、こんな事、普段意識してた訳じゃないんだが。「世界を救いたかった」なんていつも考えてる高校2年はやばいよな。

 だが、何を思おうと自由で、誰にも気兼ねしなくて構わない瞬間というものがある。それは……死ぬ瞬間だ。こんな時には、俺がイタい奴かどうかなんて気にする必要はない。俺がどんな奴であろうと俺は消えるのだから。


 という訳で。

 俺は死んだ。学校帰りにトラックに撥ねられて死んだ。頭と全身の猛烈な痛みに襲われて自分の身体が自分のものじゃないみたいだった。

 苦しんだ時間はほんの僅かだったと思う。友人たちがパニクって叫んでいるのはわかった。自分の人生に対する不満とかは消え去って、死にたくねえなとばかり思っていたが、しかし死んだ。


 そして。

 俺は女神の声を聞いた。


「そなたは死にましたが、第二の生を与えます」


 え。まさかこれは。


「そなたを異世界に転生させてあげます」


 マジか!

 ……いやいや喜ぶな俺。このラノベ的展開は、死の苦痛にあえぐ俺の脳が苦し紛れに見ている夢の可能性が高い。ラノベはラノベ、現実とは違うのだ。もしここで喜んだりしたら、もしかしたら実際には、葬儀場で涙ながらに見つめられている俺の死体がにやけてしまうかもしれん。俺は平凡な人生の死に際を汚したくはない。

 そこで俺は、この声を意識から追い出す事に努めた。後から考えれば、意識がある事がそもそもおかしかったのだが。


「なぜ返事をしないのですか」

「まさか、嬉しくないのですか」

 

 答えるな、俺。異世界転生の女神と見せかけて、ただの死神かも知れん。返事をしたら魂を奪われるとか。流行り出してせいぜい十数年の異世界転生テンプレよりも、昔から伝わってきた物語テンプレの方が、現実としては可能性が高いと思う。

 無視していると、女神の声に焦りが混じり出す。


「疑っているのですか」

「異世界転生ですよ。そなたの世界では流行りなのでしょう?!」


 無視。 


「嬉しい筈でしょう? それとも怖気づいているのですか? え? 死んだのに何が怖いというの?」


 おいおい、無視してたら、なんかキレて煽ってくるよ。

 最後の台詞はなんだかやけくそじみているようにも感じた。

 しかし、異世界転生が流行りだと知っているとは? 急に俺の考えが揺らぎ始める。もしかして、本当なのだろうか? 昔ながらの死神なら、そんな台詞を吐くわけない。このご都合的な世界観、まさか本当に異世界転生の開幕なのだろうか?


「そなたのように満たされない若者は、異世界転生に憧れている筈です!」

「うるせーな! 満たされてないとか決めつけんな。だいたい、異世界転生ったって、色々あるもんな。転生先がモンスターとか奴隷とか武器とか。そんなモンに転生したところで、俺にはラノベみたいに知略を尽くして成り上がる、なんて出来そうにない。今までの人生では、普通に生まれて普通に生きてきた。マイナスのスタートなら、マイナスのままに決まってる。ザコモンスターのまま知能も退化して人間に狩られておしまいみたいな転生なら、しない方がましだってもんだ!」


 思わず返事してしまった。心の底から思った事を叫んでしまった。

 言った事は全て本心だ。

 確かに、俺は段々、これが本当に異世界転生の開幕かもしれない、と思い始めている。

 しかし、転生できるだけありがたい、などとは全く思わない。命さえあれば死ぬよりはいいかもしれない? いや、今死にかけている身であればまだそう思えるかもしれないが、既に死んで、もうこれ以上イヤな事も降りかかってこない、という状況なのに、あえて外れ籤みたいな転生をしたいなんて思わない。だってそれは、トラックに轢かれるよりもっと苦しい目に遭って死ぬかもしれない、って事だからな。それくらいなら、死んだままの方がましってもんだ。

 と考えると同時に。俺がそう考えているのは予防線でもあった。つまり、最低ラインの転生を想定していれば、逆にビックリするほどチートな転生が待っているかもしれないじゃん、という微かな期待だ。俺は、「がっかりしたくないから期待しない」がモットーの、つまらん人生を歩んできた男だ。だが、期待しなければ嬉しいサプライズがあるかも……って、死んだ時くらい期待したって、死んでるんだから今更バチはあたるまい。


「え? つまりそなたは、人外に転生するのが嫌だから転生を拒否する、と言いたいのですか?」


 と、女神は戸惑ったような反応だ。


「まあ、そんなところだな」

「では、どんな存在に転生したいのですか?」


 おっ。これはなかなかいい流れじゃないか? 要望を出したらなんとなく叶えられ、「今まで転生させた者にはその発想をする者がいなかった」なんて理由で俺だけチートになれる流れじゃないか?

 いや、いかんいかん、簡単に気を緩めてはいかん。油断させておいて何を企んでいるかわからん。

 それでも、俺は答えた。


「俺は、もし転生するなら、力を持って転生したい。転生する奴には、面倒事を避けてスローライフを希望する奴もいるかもしれないが、仮にスローライフを送るとしても、無力ならいつトラブルで命を落とすかわからねえ。だから、とにかく安心して過ごせるような『人間』に転生したい。誰もが敵わないような『人間』ってことだ」


 女神は暫し考えているようだった。そして言った。


「つまりそなたは、世界の誰もが敵わないような力を持った人間に転生できればいい、と言っているのですね?」

「お、おお」


 改めて言われると、少し傲慢にも思える。

 ザコキャラに転生するくらいなら死んだ方がましだが、そうでないなら生をやり直す事自体は歓迎ではあるのだ。もう少し謙虚になった方がいいのだろうか? と迷いが生まれた。

 だが女神は、なんだか元気よく言った。


「なるほど。わかりました。安心してよいのですよ。そなたは、世界中で一番強い人間として転生します!」

「お、おお?!」

「そなたの宿命は、世界を救う救世主になる事です。そして、その為の力を持って生まれます。たとえば、『大魔導士』『剣聖』『覚醒』『導き』……」

「マジか?!」


 思わず叫んでしまう。そんな転生ならチートじゃん。現世の俺が平凡だったとか最早なんの関係もない、

 世界を救って人々、特に美女たちからちやほやされる、そんな未来が転生後にあるなんて、そんな幸運があり得るのだろうか?!


「いや待てよ」


 と俺は言った。俺は用心深いのだ。


「いくら力を持ってても、世界観によってはやっぱ難しい事もあるだろ? 例えばもしも奴隷だったら、いくら力があってもそもそもいつも虐げられてて力を使う機会もないかもしれないじゃないか」


 まあ、難癖と言えなくもないが、ここまでくると俺もとにかく100パー安心したいと思ってしまっていた。


「奴隷? そんな心配はいりません。そなたは、聖王国の国王夫妻の一粒種に転生します」

「はあ? それは、俺が王太子だってこと?」

「そうです」

「しかしその聖王国とやらは弱小じゃねえの? 俺は人質に大国にやられるとか?」

「聖王国アカトリアは七国の一の国、創世神の加護を得た尊い国。弱小など、とんでもありません」

「え。つまり、世界一の国の王太子に俺がなって、おまけに救世主になってモテモテ、ってこと?」


 一拍置いて女神は答えた。


「モテモテ、に関しては約束できませんが」


 ――後から俺は、なんでこの『間』についてもっと考えなかったのか、とひどく悔やむ事になる。尤も、考えたからって、結局転生を拒否なんて出来なかったのかもしれないが。

 「モテモテかどうか約束できない」とは、やたら転生先を大判振る舞いしてくる女神らしからぬ濁した言い方だった。でも俺は普通に、「いくらハイスペックでもモテるかどうかはあんた次第」って言ってるんだろう、と緩く解釈した。散々疑ってたのに、俺のバカ。

 でもまさか、「女なんかいないからモテる訳ない」って意味だなんて思いつくわけない。俺が思いついたのは、


「え、じゃあもしかして、能力と地位はすごいけど、ルックスが残念すぎる事になんのか?」


 別にめっちゃイケメンになりたいとか思ってる訳ではないが、王子であってさえも女がみんな引く程のブサメンになるのは出来れば避けたい。


「ああ、いいえ、そうではありません。そなたの両親は、世界一、伝説級とうたわれる程の美男美女。その息子のそなたの顔面は、授かる能力と同じくらい保証されています」

「え? じゃあ何が問題なんだよ?」

「ですから、『そなたには』何一つ問題などありません! そなたは世界最強の力を持ったイケメン救世主として転生するのです。まだ、怖いのですか?!」


 まさか、問題が大有りなのは世界の方だなんて考えなかった。いや、救世主というからには、世界はそれなりの危機を抱えているのだろう。だが、それを救う力を持っていれば、怖いものなどないのではなかろうか。

 ――救う対象の世界が既に滅んでいるとか、普通思いつかないよな?


「いや、流石に怖くない。女神サマが嘘ついてる、とかがなければな」


 最後の詰めだ。当たり前だが、この話が全部嘘で、結局俺の魂を持っていきたい死神に騙されてるっていうなら何もかも終わりだ。

 だがこの頃には、俺は女神が女神である事には疑いを持っていなかった。なんというか、死神にしては軽い。ラノベのノリだ。


「嘘などいいません! わたくしは女神。わたくしが言った事は全て真実です!」


 ああ、確かにな、と後から思った。

 チートな力をしこたま授かった、聖王国の国王夫妻の一粒種。そして顔面を約束された血筋。俺自身には何一つ問題なかった。ただ……。


「わかった。信じるよ」

 

 ばかな俺。


「では、転生を受け入れるのですね? 世界を救ってくれると」

「あんたの言葉が本当なら、たやすい事だろ?」

「わたくしの言葉は真実です!」

「わかったってば」


 ああ、何もわかってなかった。


 こうして俺は、女神の口車に乗って、導かれるままに、白い霧を抜けた。


 そしてこれが、俺のぼっち異世界生活の始まりだった。


―――


 白い霧を抜けて、光の方へ向かう。

 足を進めていく内に、前の生を捨てて新しい生に向かっているのだと感じる。


 新しい生で、俺は聖王国の王子だ。モテモテの(言われてない)イケメンの運命だ。一歩ごとに期待が膨らみ、疑念は去っていく。

 新しい世界はどんな世界だろうか? 文明はどの程度だろうか? そのへん、もっと女神に聞いておけばよかったかな。まあいい、今からわかることだ。


 引っ張られるような感覚に襲われ、ああ、今から生まれるんだな、と思った。あくまで精神的な感覚、だぞ。


 しかし、異世界転生で、生まれる瞬間からこんなに意識があるっていうパターンは読んだ事なかったな。

 言い忘れていたが、俺はラノベはまあまあ読んでる方だ。文化部だしな。

 まあ今はラノベではなく、これが俺の現実なんだから、パターンに沿ってなくてもおかしくない。

 生まれたら、そこは煌びやかな王宮で、大勢の女官たちにめちゃめちゃ大事にされるんだろう。それから、乳母……。乳母……乳……。

 は? とその気づきにカミナリに打たれた気がした。おいおい、赤ん坊と言えば主食は乳(液体)だ。乳(液体)を摂取するには、乳(肉体)を……?

 やべえ。転生やべえ。

 ちょっと待て、大概、俺が読んだ転生モノでは、そんな描写はなかった。子どもになってから前世の記憶を取り戻すパターンの方が多かったしな(あくまで俺調べ)。

 王子なんだから、乳(肉体)は母親ではなく乳母だろう。いくら前世の人格でも、母親じゃマズイ気がする。いや、マズくないのかも知れないが俺的にマズい。乳母なら……いいだろう?


 そんな風に、転生途中に自分内でテンションおかしくなってきた時、俺は光に包まれた。


 そして、目を開けた。

 ふわふわした、意識だけの時とは異なり、自分の身体だとはっきりわかる。身体の目を、俺は開けたのだ。カモン、女官、そして乳母!


 だが。

 どうした事だろうか。

 俺は王子で、ここは王宮の筈だ。

 なのに、誰もいない。人の気配がない。明るい光もなく、とても薄暗い。

 ってか、生まれたてなのに傍に母親がいない、ってのがまずおかしいだろ?!


 いったいどうなっているのか?

 俺は起き上がる。起き上が……る? 俺は新生児の筈なのに?

 でも起き上がり、手を伸ばす。なんか、白くてべたべたしたものに触れた。膜のようなそれを、俺は破った。外に出た。

 白くてべたべたしたものは、繭のようなものだった。後から俺は、それが千年の間俺の身体を守ってた結界だったと知る。時が来たので千年の封印は簡単に破けた。


「なんだ……?」


 声が出た。新生児なのに、子どもの声だ、

 これも後からだが、俺の身体は生まれる前に、7歳程度には成長していたのだ。

 新生児では、ひとりで生きていけないから。ひとりで?


「なんだ、なんだ、ここは?!」


 そこは、洞窟だった。発光性の苔がうっすら放つ光だけが光源で、ひどく薄暗い。王宮どこいった?

 俺は焦った。女神に騙された、それ以外ない。でも、信じられない……。


 走った。

 ぬめった地面に何度も足をとられて転んだが、7歳の身体は柔軟で、すりむいても大けがはしない。

 そして、洞窟は非常に入り組んだ迷路のようだったが、何故か足は迷わずに出口にまっすぐ向かった。

 そんな、そんなばかな。なんで誰もいないんだよ?


 不意に開けた場所に出て、その向こうに太陽の光が見えた。ずっと薄暗かったので目が痛い程だ。俺はゆっくりと光に向かって進んだ。突然、足元が続かなくなった。


「うそだろ……」


 光の中に進むと、そこは洞窟の出口で、切り立った崖の中腹だった。

 そこから、外の世界が見えた。

 見渡す限り、森と砂地。人里なんて、地平線までどこにも見えなかった。


※字数不足すみません。間に合いませんでした。


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③滅亡した世界の最後の一人に転生してしまった 青峰輝楽 @kira2016

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