!?

カフェオレ

!?

「あ、ほらここよく見えるよ」

 はるかに手を引かれ俺は石段を登る。

 俺と幼馴染みの遥は二人、小高い丘の上にある神社で花火大会を見ていた。ここは会場から少し遠いが、見晴らしがいいため会話をしながら花火を楽しむことが出来る。人気ひとけのない穴場であるため今日のためには打ってつけだった。

「ねぇ、いい加減教えてよー」

 遥は笑顔でそう言った。

 世界の全てを幸福にしてしまうような彼女の微笑み。この一瞬を切り取って永遠に眺めていたくなる。これ以外のあらゆるものを、もう目に入れたくない。

「……嫌だ」

 かろうじて俺は声を絞り出した。

「いいじゃん。好きな子教えてよー」

 俺たちは恋人同士ではないので、もちろん付き合ってはいない。ただの仲良しといったところだが他人からしたらまさに青春を謳歌している二人だろう。

 花火がよく見える場所に行こうとなり、その道すがら、遥が急に恋愛の話を始めたのだが、弱った。俺は最後の花火が上がった瞬間、ずっと想いを寄せていた遥に告白しようと決めていたのだ。それをこんな形で、勢いでしてしまうなんてのは情けない。最も最後を飾る花火と同時に告白なんてのも勢いと言ってしまえばそうなのだが。

「じゃあさ、あの……花火が終わったら教えてやるよ」

「本当に? 絶対だよ!」

 遥は、はしゃぎながら花火と俺を交互に見やる。

 一体遥はどんな気持ちで俺と一緒に花火を見ているのだろうか?

 幼い頃こうして一緒に花火を見たのを思い出す。あの頃はただ花火や祭りを楽しむのに一生懸命で遥の存在を意識することなんてなかった。だがいつからだろうか? 遥のことを次第に意識していったのは。今だって花火なんてちっとも見れちゃいない。かといって遥のことを直視出来ないでいる。

 隙を見てその横顔を見る。遥はこんなに綺麗だっただろうか? おてんばであわてんぼうな彼女がこの時はなんだか大人に見えた。遥は少女から大人の女性に変わろうとしている。それを感じ取り、俺はなんだか焦りに似た感情に囚われていた。

 遥、俺を置いて行かないでくれ。祈るような気持ちになる。そのためにはここで想いを伝えなければ。

 遥がやっと花火に集中したので俺もそちらを見る。ちゃんと見ればやはり綺麗なものだ。

 同じ花火を見ているのに感じていることや意識していることは違うのだろうか? 遥も俺と同じ気持ちだったらどんなにいいだろうか。またしても俺は半ば祈るような気持ちになっていた。

「なんかこの感じ懐かしいね。小学校の時はよく一緒にお祭り来てたのに。二人でイカ焼き食べながら見たよね」

「え? ああそうだな。……いや、たこ焼きじゃなかったっけ?」

「違うよー。イカ焼きだよー」

 そうだったろうか? 全く覚えていない。幼い頃の記憶とはこんなにも曖昧になってしまうのだなと時の流れを実感する。

 中学の時、俺と遥は若干疎遠になっていた。いや、俺の方から距離を置いたのだ。遥に対する自分の気持ちに戸惑いを覚えていた。自分がもう子供ではなくなることに焦っていた。だが今の遥を見ていると自分が酷くガキ臭くて彼女と吊り合っていないと思ってしまう。

 昔から遥は可愛かったが、高校に上がるとますます綺麗になった。これは遥ではないのではないか? そんなバカみたいな疑問を抱いたほどだ。

 そして高校最後の夏。俺は勇気を振り絞り彼女を夏祭りに誘った。久しぶり過ぎて誰か分からなかった、と彼女はおどけながらも、いいよと言ってくれた。

「まさか、告白されるんじゃないかと思ったよ」

 そう言われた瞬間、焦りを悟られないよう俺は必死に取り繕った。懐かしくて誘ったなどと見栄を張ったが見抜かれてはいないだろうか? むしろ見抜かれていた方がいいのかもしれない。その方が向こうも答えを出しているに違いない。だが俺の知ってる遥ならきっとそんなこと考えもしないだろう。

 もうすぐ最後の花火が上がる。遥もそれに気づきソワソワし始めた。

「あー、終わっちゃう。ねぇちゃんと教えてよ? 花火の音にまぎれて聞こえないとかなしだよ」

「大丈夫だよ」

 そう大丈夫だ。この気持ちはちゃんと伝える。

 最後の花火が上がる。一番綺麗なこの瞬間。よし今だ。

「遥、俺はお前のことが好きだ!」

 遥がこちらを見る。え? などと聞き返してくるので俺はもう一度同じ台詞を叫んだ。

 すると彼女は困惑したように顔がこわばる。

「俺が好きなのはお前だよ。遥」

 何も言わず顔がこわばったままの遥。ちょっとアホっぽいけどやはり可愛い。そこに幼い頃の面影を見て少し安心した。

「おい、遥。ちゃんと言ったぞ。別に返事が欲しいわけじゃねーけど……なんか言うことあんだろ」

 すると今度はにやけながら、手のひらで口元を覆い「えっ、えっ」と繰り返す。口元から手を離すと同じように何度も自分の顔を指差す。俺はその度に黙って首を縦に振る。もう言葉はいらないだろう。

 ようやく落ち着いたのか遥は口を開いた。


「いや、あの——私、けど?」

 あれ? こいつ誰だっけ?

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