第二話気まぐれの行き先

天坂勝子は垂玉温泉瀧日和という地獄温泉の手前の温泉にまで取材のていで行った。


「地獄温泉に行きたかったなぁ」


愛本鋭斗、もとい山末愛斗は残念そうだった、それはそれで違う味わいがある。


全身を細かく洗い、湯船につかり、湯気にまみれ、それでも、一定の癒しはある。


「地獄、地獄ねぇ」


養鶏所の鶏は天然の目覚めし時計だった、しかし、あらゆる犬には吠えられる。


犬には何かが分かっていた。


幼なじみの家には吠えられた、しかし、近場のよくいく家の方のは去勢されておらず、子犬を生んでいた、そこの母犬には何故か、懐かれていたのかもしれない。


「野犬、いつから野に放り出されたのか、地獄温泉、やっぱり行きたかったなぁ」


天坂勝子は隣の女湯でこんな事を思う。


「少し前の小説家には博打と酒をしてなんぼのものという人もいた、破滅願望と隣り合わせ、出版業界の売れるか売れないかも天運、天職かどうかという事もあるけど、彼にあったのは自己顕示欲と虚無感、自己顕示欲はともかく、虚無感はいびつね、自分さえよければよいと犯罪する人間はいるけど、自分さえどうでもいいと思い犯罪するタイプだわ」


悲しい、そして寂しく哀れである。


涙さえ滲んでくる事を何故か思う。あれはそう、自殺の事を二十四時間頭の片隅にいれている希死念慮の化身、男気、男らしさを求めたならば阿修羅、だが、それに死神が混ざっている、日本の死神は自殺現場に溜まる澱みを妖怪とした者だ、彼個人だけでそれと同等の澱みがある、歩く事故物件だ。婚活市場とは別の需要と供給が必要だと思った。


「‥‥‥殺した方が良い、というのはとても楽、それは責任の放棄よ、今日日、政治家みたいに国民を愛するってスケールのデカさは分からないけど人一人愛せるとは思う」


愛と希望、あらゆる創作の基礎、基本、ベース、それが彼から欠落していると見た。


生きる希望、あの深海二万マイルのように闇の深い両目、死んだ魚の目というのがまさにある、それは戯言めいているだろう。


「人間の腐った性根を肌身感覚で熟知している、それの言語化すれば失礼というのには理解があるから、鈴虫程度の脳味噌ではないんだろうとは思うけれども‥‥‥」


彼の事を考えるだけでのぼせそうだ、そうこうしているうちに全ての指がふやけた。


その後、旅館の豪勢な料理にお互い舌鼓を打つ、そこには会話はない、給食の時間、女子達と机を揃えていたならば何も話さないタイプの童貞らしかった。

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