深海アブノーマル
田土マア
第1夜 カニ、貝、うみがめ
僕が普通じゃないと感じたのはいつからなんだろう。沢山いる魚の中でも僕は違う存在として扱われる。
子供の頃はみんなと同じように同じ種類の魚を愛して、みんなと同じように子供に恵まれ、そして気づかないうちに子供たちは大人になっていく。そして寿命を迎えるものだとばかり信じていた。
いつからか同じ種類の魚を愛することは叶わなくなってしまった。それがどうしてなのか、どうするべきなのかも分からないまま大きくなってしまった。
僕にはもう子供に恵まれるという幼い頃の夢ももう叶わない。集団で生息する僕らはみんな同じように生きて同じように寿命を迎えていく。その中で僕は周りと違うことに気がついた。もちろん可愛く見える子も居たし、恋も良いものだとも感じた。何度かお付き合いをしたこともあったけれど、やっぱり何かが違うと思ってしまう。僕が求めているのはこれじゃない。居場所はあったけれども、居心地は良くなかった。
みんなが寝静まった頃に僕は一人で泳いでいた。僕と同じように夜な夜な徘徊していたカニさんと出会った。
「お魚さん、こんな夜中に何をしているんだい?」
カニさんは僕に優しく話しかけてくれた。
「実は僕は魚じゃないのかもしれない。」
「どうしてそう思うんだい?」
カニさんは僕の話を聞いてくれた。
「僕はみんなと違って同じような魚に魅力を感じなくなってしまったんだ。僕は…」
「そうかい、そうかい。」
カニさんは僕の言葉を一つ一つ噛み砕くように飲み込んでくれた。
「別にみんなと同じじゃなくちゃいけない事なんて無いんじゃないのかい? 誰にだって個性ってもんはあるだろう? 魚なんて僕にとっちゃあみんな同じに見えるけどさ、君らは個別の名前があってそれを見極められる何かが君らにはあるだろう?」
僕を諭すように優しく話す。それに僕はそうか。と頷く。
「ありがとう、カニさん。 僕、少しだけど元気が出たよ! それじゃあお気をつけて」
そう言うとカニさんとはさようならをした。
それでも僕の小さな胸につっかえたナニカは消えなかった。そのまま僕はまた泳ぎ出した月光が少しだけ暗い海を照らしていた。夜光虫も微かにキラキラとしている中僕はゆっくりと泳ぎ続けていた。
その時微かにぽわぽわと泡が上がってきた。その元を辿っていくと、ひとつの二枚貝が呼吸をしていた。
「あなた、こんな夜中に出歩くもんじゃないよ」
二枚貝に怒られた。
「でも…」
「どうしたの? 好きな女の子にでもフラれてショックなの?」
二枚貝は僕の話を遮るように話してくる。
「あんた見たいな魚はそこら中にいるじゃない! たかだか一回フラれたくらいでそんななよなよするんじゃないよ。 もっとしゃんとしなさい」
「違うんだ。 僕の話聞いてくれるかい?」
二枚貝はパカパカと頷いた。さっきカニさんにしたような話を二枚貝のお姉さんに話した。
「なるほどね、周りと違って…か。 さっきは悪い話をしてしまったね。 その好きになってしまったのは女の子じゃないってことなのかい?」
「んー。 どうなんだろう。 確かに女の子を好きになったこともあるんだ。 もちろん友達を好きになったこともあるよ。 でも、違うんだ。何が違うのかは詳しくは僕にも分からないんだけれど。」
「あんた、ちょっと難しいやつだね。 いいじゃないか、女の子を好きになろうが、それが仮に男の子だったとしてもさ。 あんたが何を好きかなんて周りのヤツには関係ないんだよ。 私は、小さな真珠を持っているんだ、私はそれが好きだからね。 でも中にはその真珠が大きいのが好きなヤツだって居るんだよ。 そいつらはそれが好きだからそれを持っているんだろう? 中には好き好んで真珠を持たないヤツだっているのさ、だから好きにすればいいのさ。」
僕は黙り込んでお姉さんの話を聞いていた。
「それが周りと違って嫌だなんて思わなくていいんだよ。 あんたはみんなを好きになれる才能を持っているって事じゃないか、何かを好きになれるって幸せな事だと私は思うよ。 中には好きなものがない、って悩んでるヤツも居るんだ。 あんたは何かを好きになれる、それを想うことができる良い奴なんだから自信を持ちな。」
僕は静かに頷いた。それでは、と言い二枚貝のお姉さんを後にした。
夜も更けて小さなあくびをしながら泳いで居たら目の前に急に大きな壁が現れた。それは大きなウミガメだった。
「ごめんなさい! 少し眠くなってしまって…」
咄嗟に謝るとウミガメは
「気にしなくていいさ、それよりボク、一人でこんな夜中に出歩いてどうしたんだい?」
太く優しい声で声をかけてくれた。
今までカニさんや二枚貝のお姉さんに話したような話をウミガメにもする。
「んー。それは難しい話だなぁ」
と頭を抱えた後に思い出したかのように話し出す。
「ボク、人間と魚が愛したって言う逸話を聞いたことがあるかい?」
僕は首を横に振る。
「人魚姫っていう話らしいんだけど、なんでも魚のお姫様が人間を愛してしまう話なんだけどよ、それも君と少し似てないか? 同じ種類でなくとも愛することは出来るし、形はそれぞれさ」
妙に納得のいく説明をされて僕はただ目をポカーンと開けて聞いていた。
「だから、君は君の好きな物を好きになればいい。それが周りと違ったっていいのさ、世の中は広いぜ?」
ウミガメは何百年と生きるので、大きくなった甲羅が世の中を沢山見てきたのだろうと感じさせた。
そう言うとウミガメはどこかへと泳いで行った。
すっかり眠くなってしまった僕はゆっくりと住処へと帰った。夜中に出歩いていたことがバレてしまったら大事になるので、みんなを起こさないようにそっと眠りについた。
深海アブノーマル 田土マア @TadutiMaa
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