第8話 愛のために、一生アバターとだけ会い続ける
次の日は、後ろめたくてカフェに行けなかった。
コンビニに行くと、レジには「ポル君」がいる。たぶん、眉毛犬さんの彼氏なんだろうなと思う。
「いらっしゃいませ」
レジに商品を出す。会計は自分の端末からの非接触通信で済む。ほぼやることはなく、店員さんがホットスナックとかを手渡すためだけにレジがある感じだ。ポル君は向き合うと自分にわかるように、ちゃんと会釈してくれる。
「一昨日は、失礼しました」
超絶イケメンアバターは、長い
「どういたしまして」
―――この人の、リアルな顔って、どんななんだろう。
超美少女の眉毛犬さんと、この彼のアバターなら美男美女カップルだろうけれど、彼のリアルな姿は、おそらく日本では見れない。
藤田君にこの問題を相談したら、心臓にグサグサくるアドバイスをもらってしまいそうで、まだ心の準備ができない。霧は授業をサボってカフェに行った。
―――雫さんは……いないな。
もともと、シフトに入っていない曜日だ。目の端で眉毛犬のアバターを見つけ、でも声をかける勇気もなく、ただミルクティを飲んでデッキテラス越しの川を眺めた。
ことん、と水の入ったコップがテーブルに置かれる。顔を上げると眉毛犬のアバターが立ちはだかっていた。
「私、あと十五分でシフト終わるんだけど……」
「あ、あ、じゃあ、外で待ってます」
無言の
デッキテラスの傍で突っ立って待っていたら、三十分後に眉毛犬さんが来た。おもわずちょっとメガネを指で上げ、アイドルみたいなキュートな顔立ちを
「だいたい、男はみんなそうやってリアル顔を見るんだよ」
「すみません」
反射的に謝ってしまう。麗さんは「どうせ男なんて、顔しか見てない」と呟いた。いや、失礼ながら胸も見ますよという突っ込みは、きっとしないほうが平和だと思う。
彼女はすごーく嫌そうな顔をしながら、向きなおって頭を下げてきた。
「この間はごめんなさい」
「へ?」
あのあと、ポル君に説教されたのだという。
「誰かが手伝って無理やり作ったカップルは、続かないって……」
本当に何とかしたかったら雫も自分から動くはずだし、動かないとしたら、「その程度の気持ち」なのだと言われて、余計なことをしたと思ったらしい。
「私としては、ちょっとお節介したら、あとはうまくいくんじゃないかと思ったんだけど」
でも、そうしたら雫はずっとあのままだし、霧はずっとリードし続けなければならない。
「藤田君、だっけ? の言う通りだとしたら、そういうの霧君も苦手なんでしょ」
そうしたら、ポル君の指摘どおり、無理が生じる。関係は長続きできないだろう。
「だから……ごめん……」
気難しい顔をしても、可愛い顔立ちはやっぱり可愛い。罪悪感を覚えながらも、メガネを押し上げる指を外せない。
「全然、気にしてないです。むしろ、彼に怒られちゃったんですね。すみません」
さっき、ポル君にコンビニで会ったというと、彼女の顔がやわらかくなる。
―――わあ………。
好きっていう感情は、なんて正直なんだろう。あんなにツンケンしてたくせに、ツンデレの威力を遺憾なく発揮している。
「あの……ポル君て、外国からログインしてるんだよね?」
「うん、アフリカ」
「アフリカ………」
マリ共和国だそうだ。麗さんはこのカフェでバイトを始めて、あのコンビニを使うようになって知り合ったらしい。
「じゃあ、アバターでしか会ったことないんだ?」
「うん、もちろんそうだよ」
「え、でも、外国なんでしょ。ずっとアバターでしか会えないってことでしょ?」
リアルなポル君の顔は知らないという。そんな仮想だけの付き合いでいいのか……と思わず漏らすと、麗さんはメガネの向こうでマジック描きの眉毛を歪める。
「いいの。本当の顔なんか、お互い一生教えなくていい」
「……」
「……バカ面の、眉毛犬の私を好きになってくれたのは、ポル君だけだった」
―――うわー、こじらせた系か。
藤田君の
―――いや、でも出会いは
「私の中身を好きになってくれたのは、ポル君だけだもん」
遅番のシフトが終わったあと、夜食を買いに行くようになって、あれこれ話し、仲良くなったのだと思う。
「このバカ面で愛されたいんだもん。一生このままがいい」
「でも……ポル君のアバターはイケメンじゃないですか」
自分は外見しか見てもらえないとこじらせたのに、惚れたのはポル君のイケメンぶりだとしたら、それはダブルスタンダードだ。
指摘すると、麗さんは頬をふくらませる。
「いいんだもん。ポル君の国は遠いから、絶対リアルでは会わないんだから、私にとってのポル君は、ずっと永遠にあのアバターなんだもん」
だから、絶対がっかりすることはないと言われて、思わず口をついて出てしまった。
「もし、素顔がイケメンじゃなかったら、がっかりするってことですよね」
顔を赤くして、麗さんは頷いた。自分の矛盾には、ちゃんと気が付いていると彼女は言う。
「でも、しょうがないじゃない。あのアバターをかっこいいと思っちゃったんだもん」
「……」
人のことは言えない。自分も雫さんのアバターを好きになったのだから。
自分も、一生リアルな雫さんに会わなければ、この二人のように、仮想空間のカップルとして生きていけるだろうか。
―――まして、雫さんは足が不自由なんだし。
だから、ずっと専用胡椒で行動してきたのだ。彼女も、自分からリアルに会いたいとは、決して言わないのではないだろうか。
これからも、リアルな姿を見たことは決して言わず、今まで通りアバターで会う。そうしたら、少なくとも自分は、心惹かれたあの可愛らしいエルフと一緒に過ごせる。
Vスーツと仮想空間さえあれば、リアルに会うことなく、疑似的なセックスさえ可能なのだ。
―――……。
誰も傷つかない、誰も失望しない解決方法は、それしかないような気がした。
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*本作は、「小説家になろう」にも投稿しております。
逢野 冬
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