第7話 コミュ障同士の恋愛って、どうすればいいんですかね


 翌日、きりしずくの通う夜間のデザイン専門学校に向かった。彼女の胡椒は学校の所有ではないから、帰る時はリアルに電車に乗るはずだ。


 学校の道路向かいにあるファストフードで時間をつぶし、生徒たちが帰り始めたころに、彼女のアバターを探す。


 ―――いた。雫さんだ……。


 やはり学校にはちゃんと来ていたみたいだ。メガネをちょっとずらして見ると、白いロボットがぽつんと駅に向かっている。


 声をかけようと道路を渡ろうとして、信号に引っかかった。慌てて追いかけたけれど、彼女は駅の改札を通ってしまった。


 迷ったけれど、自分も電車に乗った。


 ―――車内で、いきなり声をかけるとかは……まずいかな。


 びっくりされたり、泣きだされたらどうしよう……。悩んでいるうちに電車は池袋に着き、彼女は私鉄のほうへ向かう。だんだん、霧はただストーカーのように後ろをついていくだけになってしまった。


 自分の住まいが田園都市線だと話してある。何の関係もないこの駅で、“偶然ぐうぜんばったり”会うのは無理がある。


 彼女の最寄り駅に下りたらにしよう、とか、自宅に帰る途中で声をかけたら、それこそストーカーだと思われるのでは……と引け腰になっているうちに、声をかけるタイミングは完全に逸してしまっている。


 ―――これじゃ、ただ家を突き止めにいくだけみたいだよなあ。


 むしろ、こんなタイミングで後ろにいるのがバレるのはまずいと思う。学校からつけてきたのが丸わかりだ。


 バカだったなと反省するけれど、どうにもできない。霧は、車道脇の細い道をとぼとぼと歩く胡椒を、離れた場所から目で追った。


 街灯に、白いボディが無機質にかえる。さすがに、この時間に歩いている人のほとんどは生身の人間で、うなだれて歩く胡椒はリアルな眼で見ると目立つ。でも、スマートグラスを戻せば、帰宅の波にいる一人だ。


 俯くと、はかなげなうなじがあらわになる。しょぼんとしているのが遠目とおめにもわかって、なんだか可哀そうだ。


 ―――悩ませちゃったのかあ。


 自分がもっと積極的にいかなければいけなかった。でも、彼女がコミュニケーションが苦手なように、自分も苦手なのだ。


 できれば、相手から積極的に来てほしい……。そういうのは、やっぱり楽をしたがってるってことなんだろうか。


 ―――好きな人に、ガンガン来てほしいというのは、違うのかな……。


 属性が同じすぎて駄目なんだろうか。コミュ障同士って、相性あいしょう最悪なのか? と自問自答しているうちに、彼女は川沿いの住宅街の一角に入った。


 同じようなデザインの駐車スペース付き戸建てが並んだうちの一つだ。胡椒はドアフォンでセキュリティを解除し、玄関の扉を開ける。


 ―――あ、灯りが消えた。


 二階の端の部屋が暗くなる。そしてしばらくして、リビングから賑わいが聞こえてきた。シャッターを下ろしてなくて、白いカーテン越しに、人の気配と声がする。


 のぞき見するつもりはなかった。ただ、川沿いに帰ってみようと思って、家の前を通り過ぎ、土手に続くコンクリートの階段を上がったら、ちょうど出窓でまど側に出てしまったのだ。


「………」


 出窓は、カーテンを引いていなかった。霧は上りかけた途中で足を止め、リビングテーブルを囲む四人を見た。

 背中を向けた男の人。料理を運ぶ女の人……多分、雫さんのお父さんとお母さんだろう。その向かいには明らかに中学生くらいと思われる女の子と、十代後半くらいに見える女性がいた。


 ―――右側が、雫さん……?


 中学生の妹がいると言っていた。テニス部に入っているという。たしかに、ちょっと日焼けしてるように見えた。

 くりっとした黒目がちの目元。丸いおでことふっくらした頬。健康的で明るいスポーツ少女という感じだ。


 そして、雫さんはとても骨っぽい、というより、ガリガリに近い感じの女性だった。


 妹よりやや面長で、頬骨が高い。目は大きいけれど、妹のような華やかさはない。


 ―――すずし気……と言えばいいのかな。


「……」


 最初に感じたのは「さびしそうな顔」だった。


 あの、アバターのようなふんわりした感じはどこにもない。薄い唇も骨ばった細い顎も、想像とはまるで違った。


 ―――………。


 ショックで動けなかった。


 ―――いや、何にショック受けてんの………。


 頭の中は冷静だ。アバターはどこまでいってもアバターでしかなく、本人とは別なのは、わかっていたはずだ。


 ―――でも、僕はショックを受けてる。


 自分が好きになった雫さんのアバターのエッセンスはどこにもない。


「……」


 自分は、加藤雫という女の子の、どこを、何を好きになったのだろう。


 霧は、後退るように階段を降り、駅へと走りだした。





 家に帰っても、ショックは抜けなかった。


 ベッドに倒れ込み、目に焼き付いた家族団らんの光景を思い返す。


 ―――見間違いとかじゃ、ないはずだ。


 ほがらかに笑う妹の隣で、硬い表情で食事をしていた、あれが加藤雫さんだ。


 ―――見た目は、関係ないだろ。


 やわらかく微笑む、はにかんだように笑う。アバターの雫さんは、彼女の本質を現している。自分は、そんな彼女を好きになったはずだ。


 けれど、もし、出会う順番が逆だったら、最初にリアルな雫さんを知って、それからあのアバターに会ったとしたら、自分はあんなにキュンキュンしただろうか。


 ―――ルッキズムは悪とか言うけど、そんなの綺麗ごとだよ。


 見た目の悪いアイドルはいない。見た目を「個性派」としているアーティストやモデルはいるけれど、基本的に、容姿の優劣は厳然と存在する。


 ―――見た目……。


 見た目で判断することは良くないことで、見た目で差別するのは悪だ。自分だって、足のことであれだけ悩んだ。だから、誰かを見た眼でジャッジするのは絶対に嫌だと思う。


 でも、心の中ががっかりしていることを、どうしても消せない。


 あの愛らしくてふんわりした「雫さん」は、リアルには存在しないのだ。


 ―――見るんじゃなかった………。


 そう思いながらも、もし彼女と付き合うとしたら、いつかこの現実は避けて通れなかっただろうとわかっている。


「……」


 リアルな彼女を、嫌いというわけじゃない。学校でいえば、きっと学級委員とかやりそうな、真面目でいい子だと思う。でも、本当に綺麗事抜きで本音を言うなら、真面目で地味な子より、可愛くてふんわりした子に惹かれる。


 そうやって、外見を重視する自分は、ひどい奴だと思う。でも、あれほど胸を締め付けていた恋心が、すーっと温度を下げていくのがわかる。


「……サイテー」


 ぽんぽんと枕を殴る。自分が見た目で差別されるのが嫌なのに、相手にそれを求めるなんて………。


 ―――どうすればいい?



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どうぞよろしくお願いします。


*本作は、「小説家になろう」にも投稿しております。


逢野 冬




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