第5話 Vスーツで疑似セックスできちゃうんだなあ


 恋―――。こういうのを“恋に落ちた”というのだろうか。なんだか、気が付くと常にしずくさんのことを考えている。


 ―――やばいなあ。


 藤田君には、とても話せない。学校では黙っている。でも、本当は誰かに相談したくて仕方ない。気持ちばかり盛り上がって、自分の中で持て余している。しかも、ここからどうやって嫌われずに近づけるかが、まったくわからない。

 自宅に帰ってから、「付き合う」「女子」とか、「仲良くなる方法」「デート」「誘う」とか、あれこれ言葉を変えて検索してみる。


 でも、それをやると役に立つノウハウのほかにも、たくさんの広告が付いてきてしまう。


―――これ、道でも関連ついちゃったらヤダな。 


 道を歩いてる時に、風俗店の広告ポップとかが上がっちゃったらどうしよう、と心配になる。もちろん、自分の見てる視界は自分だけのパーソナルなもので、たとえ藤田君が隣にいても、おススメのお店の広告は自分の端末にしか現れない。表示されるものが違うのだ。だから、大丈夫だろうと思うんだけど、でもこんな恥ずかしいのを検索してるとばれたら……という不安は尽きない。


 アダルト広告が、どう紐づけされるのか、表示がどこまで出るのか、つい心配で調べ続けてしまったら、逆に「安心して使える風俗」の説明も大量に出てきてしまった。


 ―――へえ……Vスーツでも、“そういうこと”ってできるんだ……。


 ちらりと聞いたことはあるけど、ちゃんと調べたことはなかった。ついつい、ドキドキしながらも「Vスーツオプション」を見てしまう。


 Vスーツは、全身タイプが基本だけど、パーツだけでも装着できる。腕しか動かない人は腕だけですべてが操作できるように、足が不自由な人は足の機能を大腿部で拡張できるようにとか、いろんなオプションタイプがあるのだ。

 そして、普通の全身のスーツにオプションで付けられる別売りパーツもある。股間部分だ。


 Vスーツの内側に、もう一枚かませるやつで、本当にパンツみたいな形をしている。「Iゾーンタイプ」と呼ばれるやつで、そのパーツだけは、すごく柔らかくて伸縮性が高い。


 内側にも外側にもよく伸びる。つまり、男性が穿けば生殖器が質量を増してもそれをちゃんと包んでくれて、女性が穿けばそれが内側に伸びて体内に入る。


 疑似セックス用のパーツなのだ。


 Vスーツを着たまま、ネットの向こうでお店に行く。そこにはアプリがかませてあり、お互いにそのアプリを通して、特定の相手とVスーツどうしが同期する。相手が抱きしめてくれば、自分のVスーツにはその情報が同時に伝わって、抱きしめられた圧が起きる。「キス以外は何でもできる」がウリで、実際のセックスと同じ感じを味わえるらしい。

 ちなみに、キスだけはできないというのは、呼吸を確保するために、Vスーツは口と鼻のあなは必ずいているからだ。


 ―――ほんとかな……。


 いくらオプションパーツがあっても、リアルなセックスは無理なんじゃないか……と疑いつつ、いろんな説明動画を見てしまう。


 熱をもって膨張ぼうちょうしたものは、しっかりオプションパーツに包まれている。そしてVスーツ越しの女性に脚を開いてもらい、ちゃんと中に入れば、体内の圧も熱も感じるらしい。その時、女性側のオプションパーツは同期して身体の内側に入り、空気圧で挿入される質量を再現して内側を押し広げていく。もちろん、中を動いていく感覚も、ばっちり同期して、双方愉しめるという。


“店に行かないから誰にもばれない”とか“低価格”とかいう謳い文句のほかに、“好きな子の顔にできます”という文言が、もう目に焼き付いてしまう。


 そのお店には、リアルな女性たちがログインして働いているけれど、もちろん視界上は全員アバターだ。そして、お店にいる間は、お店が用意したお店専用のアバターを使っている。顔も身体も自由に選択できて、お客さんは理想の女の子といちゃいちゃできる。


「………」


 ―――やば……どうしよう。


 黄緑色の髪をした、ふわふわで癒し系の顔が浮かんでしまって、そのやらしい妄想に自分でも赤面する。でも、店の宣伝は、0.5秒おきに次々と女の子のアバターを変え、あらゆるタイプの女の子が快感に頬を染めて喘ぐ様子を繰り返している。


 セクシーな美女、清純そうな女性、可愛らしい女の子……全キャラを網羅もうらする宣伝画像に、いつの間にか雫さんの顔を投影している自分がいる。


 ―――いや……なに考えてんの。


 飛躍ひやくしすぎ。そう思うけれど、興味もあって、そのサイトから離れられない。そのうち右下のポップから“女の子と話してみませんか? 30秒間無料!”と一押しくる。


 働いている女の子の側の、営業トークということだ。霧は「無料の時間だけ」とタイマーを付けてオンにした。

 オンにすると、店に入ったことになる。ここは、監視カメラには映らない部屋で、店の用意した仮想空間だ。


 自室の机に向かい、椅子に座った状態なのに、空間だけがやたらセクシーなベッドルームになる。


「会ってくれてありがとー!」


「わっ!」


 横から声をかけられ、思わず椅子から落ちそうになる。わかってたけど、まるで自分の部屋にいきなり生身の女の人が現れたような感じだ。


「わんちゃんだ、可愛い!」


 犬のアバターのままでも、全然問題ないのよ……と言われる。ふと見ると、この空間には椅子が映ってないから、座った姿勢の自分と、ピンクのハイヒールを履いたボディコンシャスな服のお姉さんとは、変な体勢で見つめあっているように見える。


「あ、あの……お姉さんは、このお店のアバターなんですよね?」


 自分は、素のままだ。道ばたですれ違ったら、“前にお店に来た犬の子だ”と、バレてしまうんじゃないかとビクビクする。


 お姉さんは、いきなり女子高生に変わった。


「まだ学生さん? びっくりさせてごめんねー」


 あなたのアバターも、こっちでは勝手に変えるから大丈夫よー、と笑った。


「私、どのお客さんも、やるときは細マッチョの塩顔に変えてるの。そうすれば、いつでも好きなタイプとやってることになるし」


 ―――それ、できるんだ。


 驚きだ。お姉さんは、リアル風俗より仮想空間のサービスのほうが稼げる金額が少ないけど、こっちのほうがいいという。


「病気をもらう心配ないし、通勤要らないし、自分の好きなタイプに変えられるし……だから、君のアバターも、全然覚えないから大丈夫よー」


 Vスーツを通して、見知らぬ人とセックスする。お互いが、お互いの好みのアバターにして、向き合ってるけど、まったく相手を見ないで、すれ違ったまま性欲だけをぶつけ合う……。そういうのを想像すると、盛り上がっていたエッチな気持ちがしゅーっと下降する。


 冷静になると、自宅のベッドでVスーツを着たまま、一人で腰を振ることになるのだ。その姿を想像したら、みごとに萎えてしまった。


「あ、ありがとうございました。もうちょっと、大人になったらまた来ます」


「うん、待ってるねー」


 無料お試しタイムがギリギリで終わり、課金せずに店を出る。興奮と冷静の間をいったりきたりして、どっと疲れた。


 ―――でも、確かに、これならハードル低いよな。


 リアルな店に行くほど勇気のない人とか、二次元嫁とやりたい人用に、アニメアバター専門の風俗店とかもある。キャラを演じる女性たちも、念入りにアニメを学習して、ちゃんとなりきって演じてくれるらしい。そっちも大繁盛だと聞いている。わざわざキャラ付けしたAIではなく、生身の女性が働いているのは、お約束の仕草に満足できない、「リアルさ」を追及するお客さんのためだ。


 大好きなアニメのキャラそっくりな子とセックスする。“中の人”は生身だから、抱きしめればVスーツは重量を電圧で伝えるし、温度も呼吸も生々しく味わえる。まして、オプションパーツで膣圧まで感じることができるなら、好きな人はやみつきになるだろうなと思う。イケメンキャラアバターによる、女性用風俗も、大盛況市場という噂だ。


 アダルトアバターで働くという求人も、よく出てくる。それまではあんまり見る気もしなかったけれど、“恋愛”が身近になったとたん、この世界がすごく目に入ってきた。


 誰かと“そういうこと”をしたい。もっと言うと、雫さんとそんなことになったら……という妄想が止められない。


「いや……失礼だよ」


 付き合ってもいないのに、何を先走ってるんだ……と椅子に座ったままため息をつく。いきなり風俗店まで突っ走るのは明らかに行き過ぎだ。


 落ち着いてくると、やっぱりふんわりと微笑んだ顔ばかりが浮かぶ。その手を取って、抱きしめてみたいけれど、その前に超えなきゃいけないハードルが多すぎて、やっぱりため息を吐き出す。


 ―――アニメみたいに、一気に行ってくれたらいいのに。


 異世界とかで、モンスターを倒すとかすごいかっこいいことをバーンと見せて、さっさと惚れてもらって、あとは成り行きに任せてどんどん相手が自分に迫ってくれて……だったら、楽なのになあと思ってしまう。


 ―――でも、現実は何一つ進まない。


 何週間も、川沿いのベンチで二人で会っているけれど、おしゃべり以上のことは何もない。そもそも、付き合ってもいないのだ。雫さんも、嫌いだったらわざわざ来てくれたりはしないだろうから、嫌われてはいないと思うけれど、恋愛感情までもってくれているかは、よくわからない。


 ―――告白って言ってもなあ。


 自分から、勇気をもって告白すれば、相手に気持ちが有るか無いかははっきりする。でも、そもそもどうやって話題を恋愛方向にもっていけばいいのかがわからない。


 ―――いきなり脈絡なく告白とかも、無理筋すぎる。


「そうだよなあ。現実って、そんなもんだよねえ」


 パソコンの横で机に突っ伏す。相手から告白してくれるとか、迫ってもらえるほど、自分はイケメンじゃないんだから。


 ―――やっぱり、藤田君に聞いてみようかな。


 女きょうだいがいる彼なら、雫さんの気持ちを確かめる方法とか、うまく告白までもっていく方法をアドバイスしてくれるかもしれない。


 ―――でもなあ……。


 恋愛話ができるほど、深い間柄というわけでもないのだ。


「ふう………」


 霧は、諦めてパソコンを落とした。



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どうぞよろしくお願いします。


*本作は、「小説家になろう」にも投稿しております。


逢野 冬


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