第4話 なんでアバターで学校に行ったかっていうと

 それから、僕は毎週水曜日の午後に、しずくさんのバイトするカフェに通った。


 雫さんは一生懸命頑張っている。


 対人関係が苦手だというのは、見ていてすごく分かった。そして、どうやら雫さんのビクビクした態度を、一部の人たちが嫌がっていて、当たりが強いのも、観察していて察しがついた。


 そんな雫さんをフォローし、励ましてくれるのが、先輩のうららさんなのだそうだ。麗さんも、なかなかバイトの人たちの輪になじめなくて苦労したので、雫さんのことがほっとけなくて、さりげなくかばってもらっているという。


 そういう話を、雫さんのバイトが終わってから聞く。僕はテイクアウトのお茶をサーモマグに入れてもらい、川沿いの歩道で待っている。


「おつかれさまです、宮地さん」


「あ、加藤さん……お疲れ様です」


 歩道と川沿いを分ける植え込みに沿って、ところどころにベンチが置いてある。霧は、タブレットから目を上げた。

 スマートグラス越しには、雫さんの可愛いアバターが、長い黄緑色の髪をらして微笑んでいる。


「あ、どうぞ……動きっぱなしで、疲れたでしょう?」


 ベンチで、一人分右にずれる。胡椒は腰部分を曲げてベンチに座ったんだと思う。金属の重さが下りた振動が伝わるけれど、視界は華奢きゃしゃな女の子が、すごく遠慮がちに、スカートのすそを整えながら座ってくれる。


 雫さんの通っている学校は、社会人向けの夜間部があって、雫さんはそちらに籍を置いている。昼間働いて、これから絵を学びに行く。夕方の、休憩のひと時を一緒に過ごせるのは、すごくうれしい。


 今日はどんな仕事だったかとか、やらかしてしまった失敗、上手にできるようになったこと……可憐な声で聞かせてくれる雫さんの日常を聞くだけで楽しい。


「あ、すみません……自分ばっかり……」


 こんなこと聞かされても、困りますよねと雫さんが恐縮する。霧は手を振って一生懸命否定した。


「そんなことないですよ。すごく楽しい」


 女の子と、こんな風に話すことが、こんなにくすぐったい幸せだとは思わなかった。彼女としゃべっていると、話す内容なんて、なんでもいいと思ってしまう。


 雫さんも僕を“話しやすい”と言ってくれた。アバターが麗さんに似ているから、緊張せずに話せるのだそうだ。


「似て……ますかね」


「はい! 色が白くて、どっちもワンちゃんで……」


 ―――まあ、そうだけど。


 そういわれると、眉毛犬のアホ面と、裸眼で見る麗さんの、ちょっと繊細そうな美少女顔が思い浮かぶ。


 アバターはどちらも犬だけど、僕と麗さんはだいぶ違う。


 ―――雫さんの好みの男子って、どんな感じだろう。


 こうやって何度もあっているうちに、いつか藤田君みたいに、リアルで本人と会うことができるかもしれない。でも、できればその前に、自分の見た目が雫さんの好みに合うのかどうかを、確認しておきたい。


 ―――リアルで……会えたら………。


 考えただけでドキドキしてくる。


「宮地さん?」


「あ、あいえ、なんでもないです」


 やましい感情だろうか。


 ―――でも……。


 女の子と、付き合う………。そういうことを望まなかったわけではないけど、それはすごくハードルが高いことだと思っていた。


 まず、リアルに登校ができて、バイトもちゃんと決めて、サークルとかでも仲間ができて、その延長線上に、そんな青春じみたものもあるかもしれない……くらい遠い。


 ―――1光年以上ありそうだったんだよ。


 もしかして、自分は今、光の速さを超えて、遅れてきた青くてしょっぱい春を取り戻しているのだろうか。


「……」


 僕が時々、胡椒の雫さんをチラ見するように、雫さんもそういう視線を向けているんじゃないかと思うことがある。

 僕は、リアルにこの場所にいる。僕はメガネを外せばリアルな胡椒を見ることはできるけれど、胡椒にログインしている雫さんは、胡椒のカメラ越しにしか僕を見れない。


 ―――でも、雫さんは、足が悪いんだし。


 僕らは、このままだったら永遠にお互いの本当の姿を知らない。


 もし、このまますべてのアバターが消えたら、世界のどこかで偶然にリアルなふたりが出会っても、お互いに顔がわからないままなのだ。


 大げさだなと思うけれど、今、雫さんと自分を繋いでいるのは、この川沿いのカフェだけなのだ。もし雫さんがバイトを辞めてしまったら、もう会えない。


「宮地さん?」


「加藤さんて、どの辺に住んでるんですか?」


 僕は、田園都市でんえんとし沿線えんせんで……とぺらぺらしゃべる。細かい住所を聞きだしたいわけじゃないんだよ……と、必死で言い訳してるみたいだ。


 ―――本当は知りたいけど……。


「同じ沿線だったら、いいなあ……なんて思って」


 そうしたら、“偶然ぐうぜん”に駅で出会ったりするかもしれない。流行はやりのお店情報なんかでも盛り上がれるかも……そういう下心で振ってみたら、雫さんはきっちり町名まで教えてくれた。


「埼玉県志木しき市なんです。新河岸川しんがしがわ沿いで……」


 平凡な住宅街だと言われる。電車の相互そうご乗り入れすらない地域で、がっかりが半分なのと、“行こうと思えば行ける”という距離なのとで、気持ちは半々だ。


 ―――北海道とかじゃなくてよかった……。


 趣味友だちは、なぜか北陸地方とか九州に多いのだ。だから、リアルで会ったことはない。


 ―――でも、雫さんはそんなに遠いのに、胡椒でわざわざ移動してるんだ。


 やはり、足が不自由だから、本人は家から簡単には外出できないのかもしれない。そう思うと、気軽に「リアルで会いたい」とは言い出せない。


「あ、もう学校に行かないと」


「引き留めちゃってすみません」


「いえっ……」


 ふんわりとした癒し系のアバターが首をふる。


「宮地さんにちゃんと報告できるようにがんばろうって、そう思うから、バイトを休まずに来れるんです」


 なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。


「ありがとうございます」


 そういって丁寧に頭を下げ、微笑む彼女に心を奪われる。


「僕なんかでよかったら、いつでも話を聞きますから」


 そう言って「ポストン」を表示した。ハガキとか、封筒入りの手紙を相手に届けられる人気のアプリだ。

 連絡先を表示する。相手が受け取ってくれれば、そこからはいつでもやり取りができる。テキストだけでも、音声だけでも、もちろん、リアル画像やアバター画像での通話も可能だ。


 彼女の顔がほんのり高潮して、ありがとうございますと頭を下げ、照れたように走り去っていく。


「またね」


「はい! また!」


 それでも、アドレスを受け取ってくれたのかどうかはわからない。これは社交辞令のようなもので、人間関係を悪くしないように、相手がアドレス登録をしたかどうかは、わからない設定になっているのだ。

 相手にその気があれば、向こうからメールなり、画像なりが送られてくる。


「……」


 待つ間が、すごく長かった。


 ちょっと、前のめりすぎただろうか。嬉しそうに話してくれるのも、毎回この場所に寄り道してくれるのも、やっぱり社交辞令しゃこうじれいの一つだったのだろうか。


 ―――重かったかなあ………。


 自分に、恋愛はまだ早かったかもしれない。そう反省したころに、ぴろりんと音がして、アバターのポケットに封筒が届いた。僕は犬のアバターだから、首輪にある小さな袋がポケットの役をする。


 ―――来た!


 開くと、可愛らしいフォントで、雫さんの名前とアドレス、番号が書かれていた。


<アドレスありがとうございました>


 手紙メールを、一番大事なフォルダにしまう。文面では、社交辞令なのか、礼儀として返してくれたのか、さっぱりわからないけど、それでも気持ちは「く~っ」と叫びそうだ。


 ―――女の子からの、初めてのメールだ。


 プライベートでもらった、初めてのやつだ。霧は、うきうきと家路に着いた。


***********************************


読んでいただいて、ありがとうございます!



もし、「面白いな」と思っていただけましたら、ぜひ★やブックマークで評価していただけたら嬉しいです。


読んでいただけるのをモチベーションに頑張ります!


どうぞよろしくお願いします。


*本作は、「小説家になろう」にも投稿しております。


逢野 冬


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る