陶芸家上村悟史
ふらっと上村がやってきた。手に何枚かの皿を無造作に模造紙で包んで、姿はツナギの作業着。泥は付いていないが今日は陶芸家の顔で…
「あれ、髪切りましたね」
「へへ、どうしてもジンジャーの一味?奏さんの言うところの、小さいうちに会いたくて早く行かないと大きくなってしまうかなあと焦って、出かけてしまいました」
「あ、だから、ホントに好きなんですね。顔がデレデレなんですけど」
上村は恥ずかしそうに笑うと、刈り上げた髪をなで上げた。そして、車からバスケットを大事そうに抱えて作業台の上に載せた。
「どうぞ!ジンジャーの二人目の男の子、僕が名前を付けました。あそこじゃお母さんは茶々と呼ばれてるんですけどね。お父さんのクレオそっくりで、パトラって付けました」
「ハハハ、クレオは向こうじゃなんて?」
なんか判じ物みたいで可笑しい。
「それがね。寅次郎ですよ。まるで別人。茶トラの男の子でしょだから寅次郎、楽しくなっちゃって。そんなことより可愛いでしょ。僕にとってはクレオパトラのパトラですよ。寅次郎のパトラじゃなくてね」
と言って涙が出るほど笑った。手のひらに乗る小さな猫はあまりにも可愛くて奥さんを呼んで愛でた。
「ふわふわですね。遂に抱きましたか。夫は動物苦手で…」
そんなことは忘れてしまいそうなほどかわいい仔猫だった。
「猫苦手なんですか。そうなんですか。それは知らなかった」
そんな昼下がり。
「これ最近焼いた皿なんです。この新しい家のイメージに合うかなあと思って、大家さんも気に入ってて、ここでずっと焼き物する予定でいたんですけどね…
なのに、父が突然倒れましてね。父も陶芸家なんでそこの登り窯を使うことにしたんです。立派なのがあるんで、ほっとくのが申し訳なくてね。今までと作風変わるかなと心配したんですけど…案外しっくり良いものが出来ました」
「ああ、だから猫を残して…心残りだったでしょうね」
「パトラを迎えて気持ちが安定しました。天使です。大きい猫たちは到底僕の手には負えない。抱っこなんて出来なかったですからね」
精神安定剤のパトラは作業台の上でよちよち歩き回った。
「あ、これ見ますか。理容室の香ちゃんのバイオリンです。もう少しかかりますけど、取りに来ちゃったらもう会えない。これが見納めですよ」
小さな分数バイオリン。おもちゃみたいだけど一人前の芸術品だ。香ちゃんのイメージに合わせて色は明るめのライトブラウンに仕上げようと思っている。
「可愛いなあ。香ちゃん、この仔猫みたいに可愛いですよね」
上村の目の下がりようは果てしなく優しかった。
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