星空のシンフォニー
扉を開けるとバスケットを抱えた美里ちゃんが立っていた。
奏の婚約者。今回の独立劇の立役者。
婚約が決まって、そろそろ仕事場を持たないかと周りから心配され、のんきな奏がまだいいよと照れるのを押し切られてバタバタ決まった引っ越し話。
「里美ちゃん、今夜は泊まっていく」
「はいそのつもりで家の御飯作ってきました。こっちは奏さんの分」
「有り難いな。今夜は天気が良さそうだからさ、見せたいものが有って、楽しみ。夕食の後ね」
「うわあ、これ小さいバイオリンの設計図ですか?」
「うん、さっきまでオーナーさんが来てたんだ。可愛い。香ちゃんと言ってねそのバイオリンの持ち主。あ!それがね、あの噂の猫、閉じ込め事件の首謀者だったんだよそこの家」
「まあ、じゃあ行方不明の猫たちはそこにいたんですか」
「その猫こっちじゃジンジャーって言うんだけどね。妊娠して保護されちゃった猫。そこの家じゃ茶々って呼ばれてるらしい。見てみたいよね仔猫」
美里ちゃんは目をまんまるにして驚いた。
「嬉しそうですね。だんだん猫にも慣れてきました?」
「猫はどうやら飼うって感じじゃ無いんだな。もっと自由な感じ。それなら大丈夫かなって。家もたくさんあるみたいだし、此処じゃ御飯食べないしね。昼寝するだけ」
自分の人生の中におもむろに猫が横たわる1ページが加わるなんて想像もできない奏だった。
「あ、そうだ。お弁当、庭で食べます」
そう美里ちゃんが楽しそうに言うから。アトリエから適当なテーブルを運び出してベンチの前に置いた。ちょうどぴったりなサイズで、日頃は飾りに近いリビングのランタンをニセアカシアの枝に引っ掛けたらキャンプのような風情になった。
どうせならもっと暗くしよう。アトリエも母屋も電気を消してランタンの灯り一つで楽しもう。バタバタと走り回ると素敵なディナーになった。
そして、食事のあと、ランタンを下ろした。この家の一番のご馳走。奏は自慢げに美里ちゃんに披露した。
「じゃあ、いくよ」
灯りを消すと…あたりは真っ暗になり、目の前に一面の星空が出現した。此処は農村と言って構わないだろう…裏が竹林でその後ろは山。表は田んぼと麦畑。ポツンポツンと空き家が何件か有ってすべてを包む大きな空。何処にも明かりがないので正に真っ暗だ。
「わあ綺麗ですね。まさか…あれ天の川、天の川ですか」
「ホントだ。ISSも時間が合えば見えそうだね。この星空に気がついた時は驚いてね。美里ちゃんに見せようと思って、今日が晴れるように祈ってた」
「贅沢です。満天の星空って見えるんですね」
「虫対策は必要だけどね。天然の中で暮らしていると虫にやられる」
そう言って奏は自分の幸福に少し汚点を付けて満点を帳消しにしようとした。思わず手に入れた星空は、多分…誰の琴線にも美しい音を奏でる。小さな庭がシンフォニーで満たされる。
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